麗しきザコ魔王との再会
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移動魔法は使えない代わりに空を飛行する魔法は覚えたので、カシアは屋敷のある崖まで行き、さっそく浮遊を開始する。エミリオよりも動きは断然鈍いが、それでも崖をよじ登るよりは早い。
屋敷の前に降り立つと、カシアはシルフィーの剣を抜き、大きな木製の扉を開けて駆け出した。
吹き抜けのホールには見張りのガーゴイルが二体おり、カシアを見た瞬間に奇声を上げて仲間を呼ぶ。その声を聞きつけた魔物たちが、一階からも二階からも集まってカシアを取り囲む。
細身のワーウルフにやや肉つきのよいワーライオン、左右に大きな牙を持ったサーベルタイガー……見た目は強そうだが、今のカシアは負ける気がしなかった。
「さっさとショボい依頼を終わらせてやる。どこからでもかかって来やがれ!」
カシアの怒号に一瞬だけ魔物たちは怯んだが、相手は一人とすぐに余裕を取り戻し、八方から一斉に攻撃をしかける。
魔物たちの手が届きそうになる刹那、カシアはその場に浮かび、真下へ向かって結界と、少し遅れて火の玉を五発打ち込む。一斉に魔物たちの悲鳴が上がった。
(よし決まった。飛行できるとやりやすいな、コレ)
手応えを感じてギュッと右手を強く握り、カシアは二階への階段に着地する。
後ろを振り返ると、ゴブリンを退治した時のように黒コゲには出来なかったが、魔物たちは火傷を負って床に転がっていた。
遅れてきた二階の魔物たちが、慌ててカシアへ向かってくる。すでに大半を倒してしまったのか、現れたのは二、三体だった。
それも軽く斬りつけて、よろけた隙をついてカシアは蹴り飛ばして階段へ落とす。
(これなら楽勝だな。絶対にランクスの悔しがる顔を拝んでやる!)
肝心の魔王はどこだとカシアは辺りを見渡す。
ふと一階の東側の廊下へ、一体のガーゴイルが這いつくばって向かう姿が見えた。
(もしかして、そっちに魔王がいるのか?)
カシアは階段を下りて東側の廊下に出ると、重傷のガーゴイルを踏みつけて奥へ進んでいった。
廊下の突き当たりには、ヘビの模様で埋め尽くされた赤銅色の扉が待ち構えていた。ここが特別な部屋だとあからさまに主張している。どうやら魔王というのは、自分の居場所を隠したがらないらしい。
バンッ!
カシアが勢いよく扉を全開にすると、そこは壁一面に並べられた本棚と、その中央に重厚な漆黒の机と椅子が置かれた巨大な書斎だった。
椅子には人型の魔物が一人、静かに本を読んでいた。
カシアに気づいて魔物は顔を上げる。
「ほう、娘。また会ったな」
見覚えのある顔に、カシアが口元を引きつらせた。
「お前か、シャンド!」
こんな貴族崩れのザコ魔王、一回会えば忘れようがない。カシアは剣を構え、歯ぎしりをする。
(よりによってコイツか! 結局倒すハメになるんだったら、洞窟で会った時に始末しておけばよかった)
考えてみれば、どれだけ魔王や魔物を倒しても、すぐに別の所に新手が出没して……のくり返しで、魔物退治にはキリがない。まるで家のあちこちで動き回って、捕まえても決していなくなることがないネズミのようなものだ。
そう思うと、労力を無駄に消費させられている気がして、カシアに怒りが湧いてくる。
「今回は見逃さないからな。お前を叩き斬って仕事を終わらせてやる」
頭に血を上らせるカシアとは裏腹に、シャンドは優雅にその場を立ち、漆黒のマントを翻す。
「私の領地で騒ぎを起こすのならば、この由緒正しき血統の私自らが相手をしてやろう。娘よ、光栄に思うが――」
ボウッ! シャンドが話している最中に、カシアは自分の頭より一回り大きな火の玉を作り出し、全力で投げつけ、シャンドの顔を見事に直撃した。
大した傷はつかなかったが、なぜかススで肌の所々が黒くなっていた。
「ゲフッ……話の最中に、なんて卑怯な。おかげでせっかくの化粧が焦げてしまったではないか」
「うざったらしい口上なんか言うな! 気取りやがって、目障りなんだよ」
吐き捨てるように言うと、カシアは剣を振りかざしてシャンドに飛びかかる。
軽やかに跳躍してシャンドは後退すると、ふうっ、と息をついて髪を掻き上げた。
「丸腰の相手に剣を突きつけるなど、卑怯の極みではないか。娘よ、そなたに誇りがあるならば、正々堂々と、私と対等に戦ってもらおう」
人を非難しながら、自分を優位に持っていこうとするのが得意なヤツだな。偉そうなフリするだけ器の小ささが見えてきやがる。このザコ魔王めが。
シャンドの提案を無視して剣を構えようとしたが、カシアはふと動きをとめる。
(ランクスとのやり取りといい、コイツの態度といい、ムカついてしょうがない。むしろ気晴らしするなら剣で斬るよりも!)
うっすらと笑いながら、カシアは剣を収める。
その刹那、全力で駆け出してシャンドとの距離を縮めると、拳を握って大きく振りかぶった。
強烈なパンチがシャンドの頬を直撃し、その体が床に叩きつけられた。
「ま、待て、まだ戦いを始めようとは言って――」
「問答無用! そんなお行儀のいいやり方、戦場で通じるワケないだろ」
カシアは言い終わらぬ内に何度も拳を繰り出し、容赦なく蹴りも入れて、腰が引けたシャンドを責め続けた。