最強の布陣
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翌朝を迎え、昨日と同じように村の広場へカシアが行くと、ランクスとエミリオがいるだけで、ギードたちの姿はなかった。
ランクスが「おい!」とカシアに呼びかけてくる。
「カシア、早くしろよ。もう師匠たちは目的地へ向かったぜ」
一番乗りのつもりでアイーダの家から出てきたのに……あ、ジジィだから朝も早くて当然か。
内心悪態をつきながらカシアはランクスたちに駆け寄った。
「ジジィたちはどこに行ったんだ?」
「この大陸の北にある島国です。魔物が大群で押し寄せて、国ごと乗っ取られているらしいですよ」
淡々とエミリオは答えると、両腕を広げて移動魔法の準備に入った。もう内容は分かっているので、言われる前にカシアは彼のベルトをつかむ。
瞳だけを動かして二人がつかまったことを確かめると、エミリオは上へ浮かび始める。完全に足が地面を離れて間もなくシュンッという音が鳴り、カシアの視界が真っ白になった。
思わずカシアがしきりにまばたきすると、もう辺りはまったく違う風景に変わっていた。
暗雲が立ちこめる空の下、山々に囲まれた廃墟と化した街の中ほどで、ギードやルカ、オスワルドの老人三人衆が、大量の魔物と対峙している最中だった。
赤や黒のドラゴンに、小山ぐらいの大きさはある巨人ギガースといった一匹でも厄介な魔物がたくさんいる。今にも頭が雲を貫かんばかりの巨大な岩のゴーレムも、老人たちの前に立ちはだかっている。
廃墟の入り口に着地すると、ランクスが「あ、今の内に言っておくが」とカシアに話を振ってきた。
「エミリオが強力な結界を張ってくれるから、絶対にここから一歩も動くなよ。あと念のために、自分で結界を作っておけよ。死にたくなかったらな」
不穏な発言だったが、目前の状況を見ていれば一目瞭然だ。カシアは前方から目を離さず、神経を集中させていく。
「たくさん魔物がいるから、いつ襲われるか分からないってことか?」
これだけいるんだから、気まぐれにこちらを狙ってくる魔物だっていてもおかしくない。
警戒を強めていくカシアへ、ランクスは「いや」とあっさり否定した。
「師匠たちの攻撃が、こっちに飛んでくるかもしれないからだ。山ひとつくらい軽く斬っちまうんだ、巻き込まれたら瞬殺されるぜ」
かなり距離も離れているのに、巻き込まれる訳がないだろう。しかも山ひとつ斬るだなんて、大げさな……とカシアが高を括っていると――。
――ギードの大剣が放った斬撃が、前にいた魔物たちを一刀両断し、さらには遠くへ望む山々さえも斬ってしまった。
一瞬だけ山の裾野に横一線の隙間が空き、ズズン、と大きな地響きとなってカシアたちの体を揺らす。
今の、なに?
何度か目をまたたいてから、カシアは目をつり上げてランクスを見た。
「山ひとつどころか、いくつも斬ってるじゃねーか! 今まで戦ってきて味方も真っ二つにしたことあるだろ!」
「あー……まだそれはないな。ギード師匠と一緒に戦う人間は、流れてきた攻撃を避けるか、強力な結界で身を守るかぐらいはできる実力はあるヤツばっかりだから」
つまり、今まさにギードの近くで戦っているオスワルドとルカは、それだけの力量を持った人間。それを知ってカシアは愕然となる。
さらにランクスは追い打ちをかけてきた。
「それに師匠は打たれ強いから、中途半端な攻撃じゃ傷つかないぜ。よく見てみろ、今だって鎧なんか着てないだろ?」
言われるままにカシアが目を細めて老人たちを見る。他の二人は普段とは違うローブを身につけているが、どう見てもギードは村にいる時と変わらない軽装――理解を超えた強さに、カシアの口は開きっぱなしだった。