まったりしてないよ『まったり亭』
「材料のお肉が足らないから、今から狩ってくるわねー」
今から狩る? カシアが困惑していると――。外から猛々しい獣の咆哮が飛んでくる。怖がるどころかエマは瞳を輝かせ、「ちょうどよかったわ」と言って外へ出てしまった。
窓の外を見ると、顔はトカゲっぽいが全身は羽毛に包まれた魔物が何体か現れていた。昨日見た魔物と同じくらいの巨体で、すでに数人が対峙している。
今回も素手のアイーダが真っ先に魔物を殴りつけて、大きく後方へ吹き飛ばしていた。その表情は外で元気いっぱいに遊ぶ子供のようで、拳を振るうことが楽しくて仕方がないといった感じだ。
「……アイーダさん、すごいな」
虚勢を張ることも忘れ、素直な言葉をカシアは口にする。それを聞き、ランクスは「当然だ」と苦笑した。カシアが目だけを動かして彼を見ると、心なしか顔が青ざめていた。
「アイーダは武闘家なんだ。素手で岩を砕くなんて朝飯前だし、強くなるためにいつでも戦闘したいって思ってるようなヤツだし……悪いことは言わねぇ。アイーダの所で下宿を続けるなら、絶対に逆らうなよ」
「もしかして、ランクスよりも強いのか?」
初めて弱みを握れた気がして、カシアは鼻で笑う。すぐにランクスは言い返そうとしたが、拗ねたように顔を横に逸らした。
「素手なら勝てねぇ。でも武器があればオレだって――」
情けない言い訳をつぶやき始めたので、カシアはランクスを相手にせず、窓の外の戦闘に集中する。
今日も村人たちの圧勝という中、トテトテと小走りにエマが戦闘の真っ直中に突っ込んできた。よく見ると、万能包丁に鍋のフタといった装備だ。
(こんな状況で、どうしてあそこに出て行けるんだ? 天然にも程があるだろ)
あっさり魔物の尻尾に叩かれて、「あーれー」と言いながらぶっ飛ばされる……そんなエマの姿をカシアは想像する。
ちょっと面白そうだとカシアが笑っていると、エマは軽やかに跳躍した。
鈍そうに見えるのに、エマの小さな体があっという間に巨躯の魔物よりも上にくる。
そして、包丁の刃を鮮やかに閃かせ――魔物をバラバラに刻んでしまった。
目を見張ったまま、カシアはしばらく外を凝視する。
今、なにがあった?
必死に頭を働かせて、ようやく目の前の現実が理解できた。
「な、なんだよ、あの人の強さは……何者なんだよ!」
動揺で声が大きくなったカシアへ、エミリオがさらりと言い放つ。
「彼女は料理人ですよ。それ以上でも、それ以下でもありません。気が向いたらああやって包丁の腕をふるいますが、戦闘メインの人間ではありませんね。言うなればギード師や私たちが戦闘員なら、エマは普通の村人ってところですね」
「包丁の腕をふるうって……ふるう場所が違うだろ。しかもあれで普通って、どれだけおかしいんだよ、この村は」
普通の考えではやっていけない。カシアが半ば呆れていると、エミリオは嫌味ったらしく鼻で笑った。
「ここで生き抜くためには、あれぐらいできて当然ですよ。魔物が襲ってくるのは、ほぼ毎日なんですから」
「強くなるより、もっと安全な所に村を作ったほうが楽だろ? なんでこんな所に村なんか作ったんだ?」
そもそもギードたちは、どうしてここに住み始めようと思ったんだ? いつ魔物に襲われるかも分からない、危険極まりない所に……。
こちらの問いにエミリオの目がわずかに泳いだ。
「それは――」
エミリオが口を開いたと同時に、「お待たせー」と裏口から厨房に戻っていたエマが、にこやかな笑顔で料理を持って現れた。
カシアの前に出てきた物は、青々とした野菜の上にミンチ状の新鮮な赤い肉が乗ったサラダだった。
「今からメインのお料理も作るから、これ食べて待っててね。ついさっき狩ったばっかりのお肉だから、生でも美味しいわよー」
ついさっき……ということは。
カシアの全身から冷や汗が一気に吹き出す。
鼻歌混じりでエマが厨房へと戻っていく。
食べるのを躊躇するカシアへ、気を取り直したランクスが耳打ちした。
「その野菜と肉を一緒に食べたら、微量だが体力も魔力も上がるぜ。強くなりたかったら、息をとめてでも食えよ」
思わず「生で食えるか!」と反論しかけたが、一日でも早く強くなりたいという思いのほうが勝った。
勇気を出してカシアは魔物の肉サラダを頬張る。
初めて食べた魔物は、意外とクセがなくて美味しかった。




