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不良チックな世話焼き



ピンポーン


あいつの為に私は家の外に出た。

「よう。」

「ぉはよう。」

イケメンを前にしても決して変わらない自分のアルトボイスが出しにくい。そういえばさっきから喋っていなかった。

「家に入るぞ。」

「どうぞ。」

耳には銀色に輝くアクセサリーを、髪の毛は一つにまとめたこの男は久方ぶりにできた友達だ。

「学校は?」

不良チックに学ランを着こなしているこの男、岸峰きしみねはじめは何故か私の事を気にかける。不登校児の私は始業式にでてから一か月は学校に通っていたがそれからは学校に行っていない。

学ランを着ているこの男は成績優秀、品行方正なのに何故か恐れられている。そして、現在学校に行っている時間なのに私の家に来ている。

「早退した。それよりもお前ご飯食ったか?」

「食べた。」

「…」

無言の視線が私を貫く。実際に食べた。だが、それは乳酸菌飲料65ml一杯だけだ。

「本当か?」

「嘘です。」

「何食った?いや、…飲んだ?」

「…ヤ〇ルト。」

「やっぱり。」

「ごめんなさい。」

「いい。作ってやるから。台所借りるぞ。」

「そんなの言わなくてもいい、岸峰だったらいいよ。」

「なんでだよ。」

「ご飯が美味しいから。」

実際に美味しいので文句はない。下手したら母親より上手い。

我が物顔で私の部屋まで荷物を置きに行く岸峰の後を私はカルガモの子の様についてまわる。背の高い岸峰は私の部屋に入るときいつも背を屈める。着痩せするその体躯はとっても筋肉質だ。学ランを脱ぐと白いTシャツを着たちょっと不良な好青年が出てくる。矛盾している気がする。

「何がある?」

「何が?」

「材料。」

「わかんない。」

私の部屋を出て台所に向かう。

「そうか。」

「今日は何?」

冷蔵庫の中を確認する岸峰はお母さんの様だ。そして、私はその子供。

「和食。」

「ご飯と味噌汁?と、後は?」

「後は、適当に作る。」

「岸峰は食べないの?」

「食うぞ。」

「わかった。手伝いする。」

「ん。」

味噌汁は苦手だが、岸峰のは食べれる。美味しいのだ。何が違うのだろうか。

手伝いと言っても私は渡された材料を洗っていくだけで他は指示されたことをするのみだ。たまに包丁を握るときがあるが、岸峰の監視と指導付きだ。

「ザル出して。」

「はい。」

「ありがとう。」

「ん。」

岸峰の手元をじっと見る。男の手をしているが指が長い。格好良い手だ。144ぽっちしかない身長で高身長の岸峰は巨人に見える。そして、手もデカい。私の手はぷにぷにしていて、汗でびしょびしょだ。岸峰が動くと私も邪魔にならないようにそのあとを追いかける。


********


料理が出来てくると私は指示を出されてテーブルの上を片付ける。料理を並べ終わると岸峰は正面に座る。

「せーの」

合図と共に手を合わせる二人。

「「いただきます。」」

味噌汁を飲むとやっぱり美味しい。

「美味い。」

「そうか。」

嬉しそうに微笑みながら岸峰はご飯に手をつけていく。

今日の昼ご飯は白飯と味噌汁と野菜炒め風のあんかけだ。岸峰は野菜炒めを白飯に乗せてくれる。私がするとぽとぽとこぼすのは目に見えているからだ。

「横に座らないの?」

「そうするか。」

聞いただけなのだが……。

岸峰は席を立って器を私の隣に置いていく。

「勉強教えて。」

「いいぞ。」

岸峰は良い奴だな。お金が発生するわけでもないのにこんなに私に色々してくれて。

「ねぇ。」

「なんだ。」

「どうして岸峰は私にこんなにしてくれるの?」

「何だっていいだろう。」

「ふーん。あ、今度お菓子作りたい。だから、教えて?」

箸をとめてこちらをみる岸峰の顔は溜息が出るほどに整っている。美しい。耳に付けている普通の人がつけるとキザッたくなるシルバーアクセサリーも岸峰の引き立て役にしかならない。顔が近づいてきて私はその美しい顔に頬が熱くなって恥ずかしくなる。誤魔化すようにご飯を口にすると隣から「ちっ。」という舌打ちが聞こえてきた。

「いいぞ。」

「うん。」

「誰かにあげるのか?」

「……うん。」


カチャン


岸峰がお茶碗に箸を置いた音だった。


「?」

「誰にあげる?」

「いつもお世話になっている人。」

「………男か?」

「うん。」

「…」

内心の動揺を顔に出すことなく質問をしていたが渡す相手が男となると考える必要があると岸峰は思った。

「誰だ?」

「内緒。」

「一緒に渡しに行くことはできるか?」

「いいよ。」

「…」

意味が解らない。正体は教えられないのに一緒に渡しに行って良いとなると訳が分からなくなってきた。

「名前は?」

「内緒。」

「何故渡す。」

「お世話になっているから。」

「何処で知り合った。」

「学校。」

「いつからの知り合いだ。」

「高校の入学式から。」

「…」

内心首を傾げまくっている。此奴、山崎やまさき牡丹ぼたんの交友関係は把握できていると自負していたが、どうやら見落としがあったらしい。

「……駄目?」

本人は無自覚にあざとく首を傾げてこちらを見上げる。目は潤んではいないが、充分な破壊力を持って岸峰にダメージを与える。

「……わかった。ただし、俺も行く。」

「うん。そう言うと思った。良いよ。じゃあ、お願いします。」

「…おう。」

若干渋々と頷く。


********


昼ご飯を食べ終わると岸峰と牡丹は洋菓子レシピ本を開いていた。

牡丹は左隣に座る岸峰の反応を見ながら慎重に選ぶ。

「岸峰は何のお菓子が好き?」

「…」

(此奴は俺の好みの菓子を相手にあげるつもりなのか?)

王道にクッキー、バターケーキ、カップケーキ、とみていく。

「岸峰は甘いの苦手?」

「いや、くどくなければ食える。」

「くどく?」

「甘ったるいのとかあるだろ。」

「あぁ、あれね。」

「そうだな。……………これとかいいんじゃないか?」

そう言って指さしたのは甘さ控えめのチョコケーキだった。

「チョコ好きなの?」

「まぁ、好きだな。」

「じゃあ、これにしよう。」

即決だった。


********


次の日


「それで行くのか?」

「え、何が?」

本当に何の話なのだろう?

「格好。」

「え、ジャージでしょ?」

私はピンクのラインが入った黒いジャージに白い無地の半袖Tシャツを着ている。肩には有名な赤い首輪を着けている黒い耳の白い犬のキャラクターの柄が入っているカゴバックだ。その中には無造作にがま口財布を入れているのみだ。

「近所のスーパーに行くだけなんだからいいじゃん。」

「ちょっと来い。」

「えっ?」

玄関で靴を履こうと思ったら二の腕を掴まれて立たされた。いったいっ!

「…すまん。」

「わざとでないのなら大丈夫。」

申し訳なさそうに謝る岸峰に大丈夫と告げる。二の腕を少し摩ると岸峰の顔が少し顰められる。どういう気持ちか私はエスパーじゃないからわからない。

「で、何処に行くの?」

今から一緒にスーパーにチョコケーキの材料を買いに行こうとしていたのに、私服姿の岸峰に後ろから引っ張られた。いや、私服姿は言わなくてもいいか。

「お前の服を変えるぞ。」

「は?」

「着替えるぞ。」

どうしてだと思い岸峰を見る。色の剥げていない綺麗なジーンズが岸峰の長くて綺麗な脚を際立たせている。黒いVネックのTシャツが嫌なほどに似合っている。その胸に輝くシルバーアクセサリーもチャラ過ぎず似合う。そこで私は気付いた。確かにこんなセンスのある色男の隣でジャージを着ているとなれば恥ずかしいのだろう。そして、私はセンスがないから選んで貰えると助かる。

ドタドタと階段を駆け上り私の部屋に入る。

「服を出せ。」

「いえす、サー。」

有無を言わせない雰囲気に少しおちゃらけて服を出す。着ていけるとしたら一本しかないジーパンと少ししかないスカート・ワンピース類。っていうか引き出しから出すと片付けが面倒なので直接見てもらった方が楽だ。

「岸峰。ちょいちょい。」

「?おう。」

岸峰を呼んで手招きすると不思議がりながらもこっちに来た。

「面倒だから勝手に選んで。漫画読んで待ってるから。」

「…わかった。」

少しの沈黙の後に岸峰は返事をする。私はそんなことを気にも留めずに漫画を読み始める。










暫くすると岸峰が数着の服を持ってきた。またこの中から厳選するのか?

「お前服少なすぎ。今度買いに行くぞ。」

「えー」

「大丈夫だ。お前は突っ立っているだけでいい。それだけだ。」

「えー」

「昼飯奢ってやる。」

「いいよー!」

自分のベッドでゴロゴロしていたがその言葉でガバリと起き上がる。

「で、それ着ろ。部屋の外で待っておいてやる。」

「ありがとう。」

「おう。」

ガチャリと部屋の扉を開けて退室する岸峰を見届けるといそいそと服を着替える。



********


岸峰が選んだ服にしては普通だなーと思いながら着替えていく。って、そりゃそうか。私の服がその程度しかないのだから。だから、服を買いに行くのだろう。何とも良いやつだ。見た目に反して善人過ぎやしないか?

「着替えたよ。」

ガチャリと扉を開けると岸峰がいないなんてことはなく、扉の横で座り込んでいた。む、寝てる?

少し俯き気味に座っている色男のうなじは乙女のエロチシズムが刺激されることだろう。私はされないが。寝ていると思い正面にまわりこみ四つん這いになって顔を覗き込む。少し口を開けて寝こけている姿は無防備だ。そしてそんな姿を見せられると悪戯したく気分になってきてしまう。よし、「起きたら顔が間近過ぎて心臓止まるかと思ったくらいに吃驚する作戦」だ。長すぎる様な気がするがそんなことはどうでもいい。私は早速その作戦を成功させる為に、そっと胡坐をかいている岸峰の脚の上に頭を乗せた。うむ、丁度良い高さだ。悪くはないが、ずっと寝ていたら頭が痛くなりそうだ。っと、よし。準備は整った。これから最終段階に突入する。

いざ!

「岸峰!」

パチッ

驚きの声を上げることなく目を開いたのみだ。ちょっとこっちが驚いたくらいだ。いや人が無言で無表情に目だけを開けると怖いよ。

「おはよう。」

「おはよう。」

私が声をかけると岸峰がはっきりと答える。ふむ。寝惚けてはいないようだ。返事がはっきりしている。

「吃驚した?」

「そうだな。」

「そうには見えない。もうちょっと奇声を上げたりしてくれたら指を指して笑ってあげたのに。」

「何気に酷いな。」

そう呟くと顔を上げて何処かを見ている。

「どうしたの?」

「……いや。取り敢えず着替えたのなら行くぞ。起き上がれ。」

「うん。」

起き上がると岸峰がため息を吐いた。不思議で聞いてみたかったが面倒になったので放っておくことにした。立ち上がると岸峰が端正な顔を歪めた。

「それ。」

「?」

「着方が可笑しい。」

「いや、ワンピースの上にシャツでしょ?あってるじゃん。それにこれを渡したのは岸峰でしょ?」

「そうだが着方が違う。今は大して暑くないから羽織らなくてもいい。ちょっと向こう向け。」

大人しく後ろを向くと岸峰がシャツを脱がしてくれる。「こっち向け。」と言うのでまた岸峰の正面を向くと今度は腰にさっきのシャツを巻いてくれる。ちょっと距離が近い気もしないがこんな地味すぎる女にいちいちドキドキもしていられないだろう。私も勘違いする程自惚れてはいない。

そして、現在の格好は紺色の半袖の無地のワンピース、腰に薄い水色の薄手のシャツを巻いている。

「洒落た着方だー。」

自分の格好を見下ろしながらそう呟く。

「そうか。じゃあ、行くぞ。」

「そうだね。」

階段を下りていく岸峰の後を追いながらそう返事をした。


********


家から出て最寄りのスーパーまでは歩いて10分の位置にある。

その道中を岸峰と談笑しながら歩いているとスーパーが見えてきたところで見覚えのある後ろ姿が見えた。その姿を見ただけで私は岸峰の腕を掴んだ。

「……待って。」

「?どうした?おい、大丈夫か?」

「こっち行こう。」

「は?スーパーはこっちだぞ。」

「お、お願い。」

声が少し震えていただろうか。それを押し殺してなんとかお願いする。

「わかった。」

なんとか声を絞り出せた後岸峰が私の手を掴んで先行して行く。やっぱり岸峰は良いやつだ。


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