第5話、TS転生。
「……なあ、ハリスン君、そろそろ機嫌を直してくれないかい?」
いつものごとく、ケンブリッジ大学史学部量子魔導研究室にて、柄にも無く助手の僕に対して猫なで声をかけてくる、室長にして直属の上司である、スター教授。
──しかしそのくらいのことでは、僕の傷ついた心は、微塵も癒やされることは無かった。
「……そんなしおらしい態度を装っても、無駄ですよ。もう二度と、騙されたりするもんですか!」
「そんなこと言わずに、な? な? 実は次の『実験』のプランも、もう出来ておるのじゃ。今度も楽しいぞお?」
「なっ、実験、ですってえ⁉」
こいつ、装うも何も、僕をあんな目に遭わせておいて、何も反省していないじゃないか⁉
「もう、知りません! これ以上あんな、人を人とも思わない実験をやらされるくらいなら、この研究室を辞めやさせていただきます!」
──そうだ。
ゲームと言われて、調子に乗って、太平洋戦争末期の大日本帝国海軍航空隊の兵士として、何度も何度も転生して、何度も何度も特攻することによって、あたかもゲームの駒を使い潰すかのようにして、実際にあの時代を生きていた若者たちを、何度も何度も殺すことになってしまったのだ。
……実験? 何が、実験だ!
『異世界転生』は、実験でも、ゲームでも、Web小説でも、無いんだ。れっきとした、『現実』なんだ!
もう二度と、異世界で実際に生きている人たちを、ゲームの駒にして使い潰してしまうような、狂った実験やWeb小説のために、手を貸したりするものか!
そのように僕が、たとえ研究者生命と引き換えにしょうとも、自分の意志を貫こうと、決意を固めた、まさにその時──
「……残念じゃのう、今回の実験はこの前のお詫びもかねて、ハリスンくの好きなように、どんなタイプの『転生』でも叶えてやろうと思ったのにのう。──何せ、この『異世界転生マシン』は、異世界転生に関するどのような願望でも叶えることのできる、文字通りの『夢の実現化装置』なのじゃからな」
「──ということは、教授、『TS転生』も可能なんですか⁉」
自分の台詞に食い気味に前のめりになって迫り来る僕に、さすがの傍若無人な教授も、若干退き気味となってしまった。
「…………は? な、何じゃその、TS転生って?」
「はあ? TS転生も知らねえで、異世界転生の実験とかしているのかよ、このじじい⁉」
「──言葉遣い! 何がそんなに、君を駆り立てておるのじゃ⁉」
「だから、TS転生だよ、TS転生! 異世界転生した途端、男が女になって、女が男になるという、いわゆる『性転換転生』のことですよ!」
「……ああ、TSとは、性転換のことか。それが一体、どうしたかね? 異世界転生する時に、性転換することなんて、別に取り立てて騒ぐ必要も無い、極当たり前のことではないか?」
………………………………………はい?
「な、何ですか、TS転生が、極当たり前のことに過ぎないって⁉」
「……ったく、これも考え無しの、異世界系Web小説の氾濫の弊害なんじゃろうなあ。いいか? 『異世界転生』なんて言わずに、普通に『転生』──つまり、『生まれ変わる』場合を考えてみい。その際に新たに『男』になるか『女』になるかは、原則的に『半々』の確率じゃろうが? つまり君の場合、何かの拍子に異世界転生した場合、二分の一の確率で、お望み通りに『女』になることができるというわけなのじゃよ」
「なっ⁉ い、いやでも、ほとんどのWeb作品においては、主人公が男の場合、ほぼ例外なく、異世界転生しても男のままではないですか⁉」
「それはほとんどのWeb作家が、自分の脳みそを使って作品を創っておらず、ただテンプレに従っているだけだからじゃ。──それでいて、本来なら当たり前のことに過ぎないのに、男の主人公が女に転生した途端、『TS転生』とか言って騒ぎだすのだから、本末転倒もいいところじゃのう」
「──ちょっ、そのように他人様の作品ばかり悪し様に言っているけど、この研究室のこれまでの実験だって、男である僕が何度異世界転生しようが、すべて男になっていたではないですか⁉」
「そりゃあ、実験の目的が、『織田信長』や『神風特攻隊員』に転生することだったのだから、性別的に男性にならざるを得なかっただけで、もしも君が女性だった場合は、逆にすべてにおいて君が言うところの、『TS転生』とやらになっていたはずじゃぞ?」
──うっ。た、確かに……。
「あっ、と言うことは、『クレオパトラ』や『楊貴妃』のように、歴史上著名な女性を指定して、TS転生することはできるわけですね?」
「──やけにこだわるな、TS転生に! そんなに女になりたいのかよ⁉」
「一度は、ロリ美少女とか、巨乳美人とかになることこそ、男の夢でごわす!」
「……言い切ったよ、こいつ。つまり女体化してから、自分の身体をつぶさに観察したり触りまくったりするといった、この手の性転換作品におけるお約束の、気色の悪い願望を抱いているわけじゃな?」
「気色悪くない! 男の夢だと言っているだろうが⁉」
「……やれやれ、どうやら君も、テンプレ異世界転生作品に、すっかり毒されているようじゃな」
「僕が、テンプレに、毒されているですって?」
「男がTS転生するということは、身も心も女になるということじゃ。すでに名実共に女になってしまっているというのに、女体に──特に自分自身の身体に、性的興味を覚えるなんてことが、あり得るわけがないじゃろうが?」
──っ。
「い、いや、確かに身体的には女になっているでしょうが、中身のほうは相変わらず、男である僕のままじゃないんですか⁉」
「……ああ、『TS転生』などと、わざわざ言っている意味が、ようやくわかったよ。そうか、『外見は女だが中身は男』とかいった意味じゃったのか? ──アホか、たとえTS転生しようが、これまたテンプレのいわゆる思春期の少年と少女の間で『人格の入れ替わり』現象が起ころうが、外見が女なら、その人物は女以外の何者でもないのじゃよ。──なぜなら、人間の『本質』というものは、『人格』とか『転生する前は男性だったという、いわゆる前世の記憶』とかいった、あやふや極まりないものではなく、『肉体』にこそあるのだからな」
「──なっ、人間の本質は、肉体にあるですってえ⁉」
「左様、まさにこれぞ肉体こそが、人々の『自己認識』の基準となるということであり、もしも万一異世界転生なんぞをしでかして、性別的に女性となってしまった場合には、たとえ前世である現代世界においては男性であったとしても、もはや現時点では女性以外の何者でもないということなのであり、そこには『肉体的』にはもちろん、『精神的』にも、以前通りにいまだに『男性である』ことなぞけしてあり得ないのじゃ。なぜなら、転生者等にとって、『自分は精神的には男なのだ』とする唯一の根拠は、例えば君の場合なら、『現代イギリス人としての前世の記憶』のみであるが、あくまでも現実的には、『前世の記憶』なんてまさしく『夢の記憶』のようなあやふやなものに過ぎず、既存の無数の異世界転生系のWeb小説みたいに、いつまでもはっきりくっきり明瞭に覚えておれるものなぞではなく、三日もたてば綺麗さっぱり忘れ去ってしまう類いのものに過ぎないのじゃからな。つまり、『……俺って、以前は男だったよな?』なんて寝ぼけたことを抜かしておられるのも最初のうちだけで、そのうち『おほほほほ、わたくしは生まれつき、女に決まっているざます』という、至極正常なる認識へと切り替わることになるじゃろうよ。
──‼
「前世なんて夢の記憶のようなものに過ぎず、三日もたてば忘れてしまうですって⁉」
ちょっ、だったらこれまでの異世界転生作品って、一体何だったんだ⁉
「これもすべては、ほとんどすべてのWeb作家が、自分の脳みそを使って作品を創っておらず、ただ単にテンプレだけに従って、劣化コピー作品ばかりをやみくもに生産しているせいなのじゃ。『肉体こそが、人々の「自己認識」の基準となる』なんて言うと、いかにも小難しそうだけれど、要は、「肉体が女性のものなら、精神も女性のものが宿る」という、極当たり前のことを言っているだけなのだ。──とにかくWeb小説家の皆様は、せめて一度だけでもいいから、自ら生み出したTS主人公の身になってみればいいのだ。果たして皆様は、1年365日1日24時間ずっと、女性の身体で女性の生理にかかずらっていて、『男性としての前世の自分』を維持していけるとでも思っているのかね? 何せ、周囲のすべてが、『TS主人公』のことを女性と見なしており、主人公自身も外面だけは完全に女性として振る舞っていて、内面だけは男性で居続けるなんて、あまりにも無理な話だし、事実多くの作品が途中で挫折して、ある時点から主人公を『女性そのもの』として描き始める始末ではないか? 確かにTS主人公は、非常にユニークな存在であり、あわよくば、『擬似的百合』や『擬似的BL』的展開も望めるが、結局は小説のような、特に語り手を担う主人公キャラ等を『内面』を中心に描写することを常とする、文字媒体の中だけに存在し得る『いびつ極まる徒花的存在』に過ぎず、長期連載を続けるほどに矛盾点が噴出してくるだけなので、安易な考えによる『TS作品』の乱発は、厳にお慎みになるよう、よろしくお願いいたします」




