第4話、リアルゲーム、『カミカゼアタック』
『──こちら母機一式陸攻操縦席、『桜花』操縦手は、直ちに配置につけ!』
──ついに、来たか!
『──敵米海軍機動部隊輪形陣を、肉眼で確認! 現在芙容決死隊が敵邀撃戦闘機部隊を翻弄し、一時的に制空権を確保! 直ちに貴機を発射する! 四式1号噴進器、点火!」
「──こちら桜花、四式1号噴進器、点火!」
『──四式1号噴進器、点火を確認。直ちに本機より空中分離する! 桜花、発進!』
「──桜花、発進!」
唯一の発動機である、固形ロケットブースター三基すべての点火とともに、母機の一式陸攻の胴体下部から空中分離されて、猛烈なGを発生しながら、現在沖縄近海に展開中の、アメリカ海軍機動部隊の輪形陣目掛けて疾駆する、人類史上最悪の非人道兵器、『特別攻撃機、桜花11型』。
「──早い早い、時代錯誤の固形型とはいえ、さすがはロケットエンジン、敵駆逐艦及び巡洋艦の、近接信管砲弾を中心とする対空砲火の雨あられを、あっという間にすり抜けたぜ!」
そしてみるみる迫ってくる、『目標』の敵航空母艦。
……ええと、こういう時、何か叫びながら突っ込んでいくんだよな? 確か──
「──ハイル、ヒッ○ラー!!!」
……いけね、これじゃ、『大日本帝国』じゃなくて、『ナチスドイツ』じゃん。
ま、いいか、僕のような二十一世紀のイギリス人からすれば、似たようなものだし。
──次の瞬間、我が機は見事空母に直撃し、盛大なる爆発を引き起こした。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──どうじゃ、念願の『カミカゼアタック』を、リアルに体験した感想は?」
今回の『実験』も無事終了し、ケンブリッジ大学史学部量子魔導研究室に備え付けられている、試作型の『異世界転生マシン』のカプセル型ベッドから身を起こせば、上司であり室長のスター教授が、相変わらずの胡散臭い笑顔で聞いてきた。
しかし現在の僕は、そんないかにも腹黒そうなマッドサイエンティストのことが気にならないほど、これまでになく興奮していたのである。
「──いやあ、ほんと、すごいですねえ、生の『カミカゼアタック』って! 一応痛覚は遮断しているとはいえ、『実体験』ならではのガチのスリルと死の恐怖! もはや完全に病みつきになってしまって、最初は乗機を『桜花』にしようが『零戦』にしようが、ほとんど途中で撃墜されていたのに、最後のほうでは命中率がほぼ100%になりましたよ!」
「ほう、それは重畳。それでこそ、『異世界転生マシン』を君のリクエストに基づいて、苦心して改良した甲斐があったというものだよ」
教授のほうもまんざらでないようで、得意げに胸を張りながら宣った。
──そうなのである。
前回の『織田信長』へのいわゆる『戦国転生』においては、この『異世界転生マシン』によって集合的無意識にアクセスして、織田信長の『記憶と知識』を脳みそにインストールすることで、彼の人生を追体験したわけだが、それはあくまでも『史実通りの織田信長』になるだけに過ぎず、自分の意思で行動することなぞまったくできず、まさしく『織田信長になった夢を見ていた』だけでしかなかった。
それではとても『異世界転生』とは言えないじゃないかと、教授にクレームをつけたところ、何と『有名な過去の歴史の一場面』に転生しながら、自分の意思で行動して、下手すれば歴史を改変することすらも成し得るように、『異世界転生マシン』の基本システムを大改良してくれたのだ。
──いや、『改良』と言うよりもむしろ、いよいよ『本領』を発揮し始めたと、言ったほうがいいだろう。
なぜならこの『異世界転生マシン』は元々、過去の世界や未来の世界を、ただ単に夢や仮想現実世界として見せるだけという、当研究室旧来の(インチキ)『タイムマシン』とは異なって、
──過去の世界や異世界を、『ゲーム』そのものに変えてしまう、全世界のゲーオタの皆さんの究極の夢を叶えてくれる、文字通りの『奇跡のマシン』だったのだから。
確かに、脳みそに『過去や異世界の人物の記憶や知識』を刷り込んで、夢を見せる形で、その人物の人生や半生をそっくりそのまま追体験させることによって、限定的ではあるが異世界転生や戦国転生を実現させることは、理論上においてはけして不可能ではないだろう。
それに対して、自分の意思で実際の歴史を変えかねない、完全なる異世界転生や戦国転生などといったものを、一体どのようにして実現するかというと、文字通り『現実世界そのものの手法』を使ったまでのことであった。
と言うのも、いかにも『オタクの現実逃避的な夢や願望の反映』に過ぎないようなゲームであるが、実は小説や漫画やアニメ等に対しては、比べものにならないまでに、しっかりと『現実世界』に即したメディアなのであった。
なぜなら、最初から最後までストーリーの流れがただ一つに固定されている、小説や漫画やアニメ等に比べて、重要ポイントにおける『選択肢』の導入による、『分岐ルート』や『マルチエンディング』を誇るゲームこそは、限定的とはいえ、すべてに瞬間において常に無限の『選択肢』と無限の『分岐ルート』を有する、この我々の『現実世界』を、唯一体現しているとも言い得るのだ。
それでは、『異世界転生マシン』における異世界転生や戦国転生において、現実世界同様に無限の『選択肢』と無限の『分岐ルート』とを、どのようにして実現しているかと言うと、実は一口に『織田信長の人生』と言っても、前回のように『史実上のたった一つ』に限定せず、ある意味『パラレルワールドの織田信長』が無数に存在しているかのように、別の可能性が無限にあり得ることは、まさにその『史実』自体が文献によって様々な『違い』があることもからも一目瞭然であり、しかもそれは現在においてもWeb小説やラノベ等で、『女体化』したり『ゲームマスター化』したりするといった、バラエティ豊かな織田信長を新たに生み出すことによって、ますます多数の『分岐ルート』を生じさせていると言っても過言では無かった。
そのあくまでも量子物理学的論理を、どうのように具体的に当『異世界転生マシン』における、異世界や過去の世界のゲーム化システムに反映させていくかについては、実はここでこそ量子コンピュータが大いに貢献することになるのであった。
常に無限の可能性を秘めている量子の性質に基づいて構築されている量子コンピュータは、当然無限にあり得る未来の可能性のすべてを予測計算することができるので、戦国転生によって織田信長になった場合でも、一瞬ごとの無限の分岐パターンのすべてを自分の意思で選ぶことができて、まさしく現実そのままの戦国シミュレーションゲームを、リアルで体験し得ることになるのだ。
これは今回の『カミカゼアタック』の完全なるリアルゲーム化においても同様で、僕自身『異世界転生マシン』によって、当時実在した大日本帝国海軍の特攻隊員の『記憶と知識』を、集合的無意識を介して己の脳みそにインストールすることで、事実上の(戦国転生の一種である)『第二次世界大戦転生』を実現しつつも、前回みたいにただ単に特攻隊員の人生をなぞるだけでは無く、自分の意思で特攻機である『桜花』や『零戦』を操ることで、臨死体験をすることができるのみならず、更に『転生』を繰り返すことによって、別の特攻隊員となり、何度でも何度でも『カミカゼアタック』をチャレンジできるという、まさしく『フライトシューティングゲーム』そのままに、かねてより念願だった『カミカゼアタック』を、心ゆくまで体験できたといった次第であった。
「いやあ、ほんと、最高ですね、この『異世界転生マシン』って。異世界転生の仕組みを予想外の方向で活用することによって、これまでのWeb小説やラノベの常識を完全に覆して、何と異世界転生や戦国転生そのものをゲームにしてしまって、自分自身の心身の安全を完全に確保したままで、好きなだけ『カミカゼアタック』を楽しむことができて、しかも誰一人死なせることが無いという、まさに理想的な『歴史の追体験』を実現するなんて、ノーベル物理学賞や心理学賞や脳科学賞どころか、下手したら平和賞だって受賞不可能ではありませんよ!」
そのように有頂天になるあまり、あらぬことまで口走り始めた助手に対して、
──まさしく冷や水を浴びせるようにして、爆弾発言を投下する教授殿。
「いや、ちゃんと死んでおるぞ? 君が出撃するごとに、帝国海軍の特攻隊員が、一人ずつ」
………………………………………は?
「いやいやいやいや、何をおっしゃっているのですか? 僕が体験したこと──体験したつもりになっていることって、集合的無意識を通じて与えられた、第二次世界大戦当時の人物の単なる『記憶と知識』に過ぎず、僕はそれをベースにあくまでも自分の意思で、ゲームをやっただけなんですよね?」
あまりに予想外なことを言われたために、つい我を忘れてまくし立てる助手であったが、あくまでも冷静に淡々と話を続ける、目の前の白衣の上司。
「安心せい、確かにこの『異世界転生マシン』は『仮想現実描画装置』のようなものに過ぎず、けして君自身が手を下したわけではないから。──ただしそれでも、『こことは別の世界』において、君が今体験したのとまったく同様のシチュエーションにおいて、『21世紀のイギリス人に乗っ取られたまま「カミカゼアタック」して死亡した、帝国海軍パイロット』が存在していることは、けして否定できないのだよ」
「な、何ですその、『別の世界』って?」
「前回も述べただろうが? この現実世界の無限の未来を具象化した、『別の可能性の世界』のことだよ。──それで、これまた以前も述べたように、『無限』すなわち『すべて』であるから、すべての世界は最初から存在していることになるのだ」
「へ? すべての世界は、最初から存在しているって……」
「君がこの『異世界転生マシン』によって実際に体験した、君自身はあくまでも『仮想的世界』に過ぎないと思っていた、『ただ単に織田信長の人生を再現した』世界も、今回の『過去の特攻隊員に転生しつつも、あくまでも自分自身の意思で行動した』世界も、君が『異世界転生マシン』に乗って実験に挑む以前から、すでに存在していたのだよ」
「……ええと、おっしゃっている意味が、よくわからないんですけど?」
「うう〜ん、むちゃくちゃわかりやすいように、ぶっちゃけて言っちゃうと、原作者の谷○流先生が考案する以前から、オリジナルの『涼宮ハ○ヒの憂鬱』そっくりな世界どころか、その二次創作そっくりな世界すらも、最初から全部存在していた──と言えば、わかってもらえるかのう?」
「ちょっ、具体的な小説作品とそっくりそのままな世界が、その作者自身が考案する前から存在しているどころか、二次創作とそっくりそのままな世界すらもすでに存在しているなんて、そんな馬鹿な話があるものですか⁉」
「いや、実は量子論に基づけば、けしてあり得ない話では無いんだよ」
──またそれかよ⁉ 何でも『量子論』と言っておけば済むと思ったら、大間違いなんだからな?
「前回君の脳みそに『織田信長』の全人生の『記憶と知識』という膨大な情報をインストールできたのも、それが英文学で言えば『アルファベット26文字』のみであるかのように、極基本的な情報の集合体に過ぎず、あくまでも君自身の脳みそによって『アルファベットを組み立てて意味のある言語にするかのように』、織田信長の人生を組み立てていたのであり、そしてまさに同様に、基本的な情報を与えられただけだからこそ、今回は自分の脳みそで、自分の願望通りの『ゲームとしてのカミカゼアタック』のシナリオを、組み立てることができたわけなのだよ。──しかも実はこれは、戦国武将や特攻隊員等の個人の人生だけでは無く、世界そのものも同様だったりするのだ」
「……え、まさか、教授。この現実世界そのものが、アルファベッド26文字でできているとか、言い出すつもりじゃないでしょうね?」
「ふふん、つもりも何も、もしもこの世界が、どこかの三流Web作家が創った小説ならば、その可能性も大いにあるではないか?」
──おいっ、だから、『メタ』はよせ、『メタ』は⁉
「まあ、それについては一応置いておくとして、我々は世界というものを、『織田信長の一生』だとか、『実録、神風特攻隊!』だとか、『涼宮ハ○ヒの憂鬱』やその二次創作のように、『一つの時間の流れ』として捉えようとしがちだが、実は量子論等に則ると、世界というものは、『一瞬だけの時点』に過ぎないのだよ」
……いや、よりによってこの『ハカセ君』、いい歳して、何かとんでもないことを言い出したぞ?
「君だってご存じだろう? 実はこの現実世界というものが、常に無限の選択肢と無限のルート分岐があり得る、ゲームのようなものであって、つまりは世界というものはけして一本道では無く、『ぶつ切りの分岐シナリオ』の集まりによってこそ、歴史を紡いでいるに過ぎないことを」
「……ええ、まあ」
「言わばこの分岐シナリオ同士が、それぞれ『並行世界』的関係にあるのはわかるね?」
「あ、そういえば、そうですね!」
「と言うことは、分岐シナリオ一つ一つが、独立した『世界』であると言うことになるよね?」
「えっ、いや、分岐シナリオ一つなんて、世界そのものと言うには、短すぎるんじゃないですか⁉」
「だから、世界を『長い』とか『短い』とかいった尺度で測ること自体が、間違いなんだよ? だったら一体どこまで長ければ、君は『世界』として満足すると言うのかね?」
「そ、そりゃあ、むしろ世界ってものは、始まりから終わりまで、ずっと続いていくべきなのでは?」
「だからそれは、時代錯誤の『古典物理学』の考え方なのであって、未来には無限の可能性があるとする現代物理学の『量子論』においては、世界というものはまさしくゲームみたいに、常に無限の選択肢があり、常に無限の分岐ルートがあると言うことになっているんだろうが? それにそもそも君や古典物理学者の言うように、世界(=歴史)というものに一切の選択肢や分岐ルートが無いとしたら、どこまで行っても過去の世界や異世界に、『タイムトラベルや異世界転生という名のルート分岐』をすることができなくなり、話がここで終わってしまうぞ?」
……あ。
「以上の論点に基づいて、選択肢から選択肢までの間を限りなくゼロに近づければ、分岐シナリオ──つまりは世界そのものが、『一瞬のみの時点』になってしまうというわけなのだよ」
──‼
「言わばこの『一瞬のみの時点』こそが、前回で言うところの『アルファベット26文字』みたいなものであって、その中には『世界のパターン』がすべて存在しているので、それを思いのままに組み合わせることで、『織田信長としての人生』でも『ゲームそのもののカミカゼアタック』でも『涼宮ハ○ヒの憂鬱』でも、世界として組み立てることができて、そしてそれはあくまでも『可能性として』ではあるものの、現実の世界として存在し得るのだよ」
「ええと、それって『涼宮ハ○ヒの憂鬱』が谷○流先生が考案するかしないかとか言う以前に、人類の歴史が始まる前から存在しているって言っているんですよね、それがよくわからないんですけど」
「うん、ここでまたしてもノーベル賞ものの仮説をご披露しようと思うのだが、いわゆる『シュレディンガーの猫』を思い浮かべたまえ。すべての世界が最初から存在していると言っても、さっきも述べたように、あくまでもアルファベット26文字的な『一瞬だけの時点に過ぎない、世界のパターン』なるものが、最初から無限に存在していると言っているだけで、それを具体的に『涼宮ハ○ヒの憂鬱』として組み立てられたのは、谷○流先生に他ならないんだ。──しかし量子論に則れば、谷○流先生が『涼宮ハ○ヒの憂鬱』を組み立てた途端、『涼宮ハ○ヒの憂鬱』そっくりの『別の可能性の世界』が、最初から存在することになるのだ。──まさしく、箱の中の猫が実際に観測されて初めて、最初から毒ガスで死んでいたかどうかが確定するようにね」
「それって、まさか──」
「そう、これぞまさしく多世界解釈量子論における、『世界というものは、誰かに観測されて初めて、本物の世界となり得る』そのものというわけさ」
──おいおいそれって、もしも世界というものが、無数の『一瞬だけの時点』というパーツに過ぎないとしたら、いまだ世界の物理学界における最大の未解決定理と言われている、『シュレディンガーの猫』問題と、『多世界解釈における、世界の観測と確定』問題が、一挙に解決してしまうじゃないか⁉ こりゃあ、ノーベル賞どころの騒ぎじゃ無いぞ!
何せ最初から、時間の流れを持った『涼宮ハ○ヒの憂鬱』そっくりな現実世界が存在していると言われても、とても信じられないけど、あくまでも『世界というものは無数の一瞬だけの時点に過ぎない』ということについては、多世界解釈量子論で言うところの、この現実世界の『別の可能性の世界』──コペンハーゲン解釈量子論で言うところの、この現実世界の『未来の可能性』が、無限にあり得ることから証明されているし、しかも『無限』ということは、『すべて』の時点が最初から揃っているわけで、それらの時点の組み合わせによって、『ハ○ヒ』だろうが何だろうが象ることができるのだからして、人が物語やゲームの世界を創るごとに、それとそっくりそのままな現実の世界が、あくまでも『可能性の上』とはいえ、最初から存在していたことになるのも、けして否定できなくなってしまうよな。
「ふふふ、ようやくわかったようだね。そう、これはまさに今回の、君が体験した『カミカゼアタック』ゲームについても同様なのさ。君はあくまでも仮想現実的なゲームとして、何人もの特攻隊員に転生することで、彼らをゲームのコマとして使い潰したつもりでいるのだろうけど、そのように君が観測することによってこそ、君が体験したのと同じ世界が──つまり、特攻隊員たちが突然21世紀のイギリス人に憑依されて、自分の意思にかかわらず、『自ら率先して特攻して爆死する』といった、大日本帝国海軍の上層部大喜びの『勇壮なる美談』を演じて、後に続く特攻隊員たちから『拒否権』を完全に奪ってしまうと言う、『悪魔の所行』そのもののことが、実際に行われたことになってしまったんだよ」




