第1話、織田信長。(前編)
「──はあ? 『異世界転生』を実現するマシンですってえ⁉」
久し振りに、本当に久し振りに、職場のケンブリッジ大学史学部の時空間研究室改め、『量子魔導研究室』を訪れてみると、上司であるスター教授は相も変わらずいかにも自慢げに、僕に向かってとんでもないことを言い出したのである。
「そうじゃ、ハリスン君、見たまえ、わしの自信作を!」
彼が得意満面で指し示した研究室の壁際には、巨大な試作量子コンピュータと接続された、コールドスリープでもできそうなカプセル型のベッドが鎮座していた。
「──ちょっ、それって前にも登場した、仮想現実シミュレーションマシンではないのですか⁉」
トラウマレベルの思い出が、大量に脳裏によぎる。
それはほとんど『フラッシュバック』とも、呼び得るものであった。
……また目覚めた途端、まったく別の世界に送り込まれたりしたら、堪ったもんじゃねえぜ。
「うん?…………ああ、違う違う! 確かにハード的な組み合わせはほとんどそのままだが、中身──つまりソフトウェアのほうは、完全に別物になっているんだよ!」
「……ほんと、ですかあ?」
「ほんとほんと! まあ、騙されたと思ってさあ、いつものようによろしく頼むよ♡」
「──いつもいつも、本当に騙されてひどい目に遭っているから、嫌なんですよ! それに何ですか、いきなり『異世界転生』とか宗旨替えして、うちの研究室の最大のテーマは、『タイムトラベル』の実現じゃなかったのですか⁉」
「だって、今回この作品が突然何の前触れも無く、しかも前後の脈略をガン無視して復活したのは、ひとえに『第七回ネット小説大賞』の一次選考を通過したからだし、ここは『郷に入っては郷に従え』に則って、『なろう系』を目指すことにしたんじゃよ。………それに、タイムトラベルについても、ネタが無くなったことだし」
「何その、メタ丸出しの理由⁉ しかも最後には、本音がぽろっと出ているし!」
「まあまあ、本当はキミだって、興味くらいあるんじゃないのか? 何せ『異世界転生』は、昨今のWeb小説界においては、最大の『トレンド』じゃからな」
「……まあ、いい加減食傷気味ですが、いまだ人気ジャンルであるのは、間違いないですね」
「そうじゃろうそうじゃろう、何せどんな引きこもりの社会不適合者でも、何の苦労も無く、剣と魔法のファンタジー世界において『勇者』になれて、ハーレムを築いてモテモテになれるんだからな!」
「言い方! 何か異世界転生系の作品の主人公の現代日本人が、他力本願かつ運任せの、人間のクズみたいに聞こえるではありませんか⁉」
「異世界行ってから本気出すくらいなら、リアルでももう少し真面目に生きろって言うんだよ」
「ヤメテ! わかりました! わかりましたから! もうこれ以上、暴言かまして、各方面に無駄にケンカを売らないでくださいよ⁉」
いろいろな意味で手遅れにならないうちに、僕は慌ててカプセルベッドの中に潜り込んだ。
「そのように最初から、素直に言うことを聞いておればいいのじゃ、手間をとらせおって!」
「……何か、悪党の常套句みたいになっていますよ? それはともかくとして、本当にこんなインチキSF臭いマシンなんかで、僕はこれから異世界に行けるのですか?」
「ああ、悪い、説明が足りなかったか。このマシンはシステム上、被験者自身が異世界に行くのでは無く、別の世界の者がこの世界に転生してくる際の、『受け皿』となるための装置なのじゃよ」
「へ? ちょっとおっしゃっている意味が、いまいちわからないのですが……」
「あくまでも君の立場で言えば、『異世界の勇者』とか『日本の戦国武将』とかの、『前世の記憶』が甦って、いわゆる『前世返り』することを促すマシンなのじゃよ」
「え? 何で『前世返り』を促す装置が、『異世界転生』を実現するマシンってことになるのですか?」
「異世界人からすれば、現代のイギリスという『異世界』において、君という別人に『生まれ変わる』のだから、これも立派な『異世界転生』というわけなのじゃ」
「そ、そりゃあ、イギリスは異世界人からしたら異世界に当たるでしょうが、てっきり僕自身が異世界に転生できると思っていたのに、何か詐欺にでも遭ったような……」
「ちなみに、戦国武将の前世の記憶が甦る場合には、いわゆる『戦国転生』の逆ヴァージョンということになるのじゃ」
「あれ? 待ってください。このマシンによって『前世の記憶』が甦るということは、僕ってこれから、『異世界人』や『戦国武将』に、自分の精神を乗っ取られるということなんじゃ……」
「──さあ、早速実験をスタートしよう!」
「ちょ、待てこら、このマッドサイエンティストが⁉」
「真理の追究には、犠牲は付き物なのじゃ、むしろ光栄に思うがいいぞ?」
「ふ、ふざけるな…………あ、あれ、意識がだんだん、遠のいてきたぞ」
「くくく、どうやら実験は成功のようじゃな。おやすみ、ハリスン君。──『新しい君』に、目覚めるためにな♡」
「──お、覚えてろよ⁉ このクソ教授ううう〜!」
それが僕があくまでも『僕』自身として口にした、最後の言葉となったのである。
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「──ここはどこで、おまえは一体誰なんだ?」
しばらくしてから再び目覚めたハリスン君は、文字通りまったくの別人であるかのような、鋭い目つきと鋭い口調で、上司である私ことスター教授に向かって問いただした。
「う、うむ、ここは西暦2019年(今回の『なろう系』への路線変更に則して変更)のイギリスの、ケンブリッジ大学史学部の量子魔導研究室であり、私は室長兼主任教授のスターと申す者じゃが、そういう貴殿はどなた様であろうか?」
「……エゲレスだと? すると貴様は紅毛人というわけか? 俺は尾張の織田信長と申す者だが、何ゆえ日の本にいたはずの俺が、外つ国であるエゲレスにいるのだ?」
「なっ、織田信長じゃと⁉ つまり転生は転生でも、一般的な異世界転生では無く、『戦国転生』の逆ヴァージョンというわけか⁉」
少々特殊な形とはいえ、一応実験としては大成功を収めたことで、喜びに浮かれていれば、『信長』氏が突然カプセルベッドから立ち上がり、私へと食ってかかってきた。
「異世界転生だってえ? そうか、貴様か! 貴様が諸悪の根源だったのだな⁉」
「ちょっ、苦しい苦しい、いきなり胸ぐらを掴み上げないで! 何か知らんが、わしが異世界転生の実験を行ったのはこれが初めてであり、貴殿から恨みを買う覚えはないぞ⁉」
「ぬ、それは真か?」
「まこと、まっこと、だから落ち着いてくれ!」
「……良かろう、ただし、事情を詳しく聞かせてもらうぞ?」
「それはこっちも望むところじゃ。交渉成立ということで、まずそちらから教えてくれ。──そもそも何で戦国武将であるはずの貴殿が、『異世界転生』のことをご存じだったのじゃ?」
そんな私の至極当然なる問いかけに対して、さも忌々しげに顔をしかめながら、
戦国武将としては、とても信じられない爆弾宣言を言い放つ、目の前の『転生者』。
「そりゃあ、知ってるさ。何せこれまで、うんざりするほど目にしてきたのだからな。──自分のことを『現代日本からの転生者』だと言い張る、ふざけた者どもをな!」




