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ケンブリッジ大学史学部シリーズ  作者: 881374
第一章、これぞ最も現実的なタイムトラベルの実現方法だ⁉
3/22

第3話、忘却の旅人(SS版)。

 僕が所属するケンブリッジ大学史学部時空間研究室のスター教授は、いわゆる頭にマッドがつく科学者サイエンティストで、独力で量子コンピュータを開発したかと思えば今度は何と、五年だけとはいえ未来の世界へ一足飛びに跳躍ジャンプできるマシンを発明したのである。

 助手として初実験の被験者を仰せつかった僕は、期待半分不安半分のていでごっついフルフェイスのヘルメットを被り、量子コンピュータに接続されたコールドスリープでもできそうなカプセルベッドの中へと横たわった。


 そのとたん、急に眠気が襲い意識を失ったかと思うと、気がつけば見知らぬ安アパートのベッドの上にいて、更には何とすぐ横にはこれまた見覚えのない女性が寝ていたのだ。


 慌てふためく僕に対してその女性は、自分は僕のかつての恋人の妹で現在は同棲中の仲であり、しかも今は西暦2060年──そう。研究室で実験を行った時点からちょうど五年後の未来だと言うのだ。

 それを聞いて矢も盾も堪らず大学に向かえば、スター教授は平然と僕を迎え入れ、「どうやら実験は成功したようだね。ようこそ、未来の世界へ」などと言ってのけるのであった。

 彼によると僕は五年前の実験後すぐに前後不覚の状態となり、とても研究員として勤められなくなって大学は休職扱いとなり自宅療養を余儀なくされ、当時つき合っていた女性が親身になって介護してくれていたのだが、心労がたたってか突然の病で身罷ってしまい、その後は彼女の妹さんが引き続いて面倒を見てくれるようになり、そのうち共通の大切な人を亡くした連帯感から極自然に惹かれ合っていき、現在の同棲関係に至ったという。

 僕はすぐさま教授に過去の世界に帰してくれるように懇願したが、彼は申し訳なさそうに首を振るととんでもないことを言い出した。


 実は例の装置はタイムマシンなぞではなく、特殊なヘルメットを通じて人の脳内にナノマシンを注入することによって、一定期間のみ記憶喪失にさせるマシンであったのだと。


 当然のごとく僕は激高した。それでは未来へのタイムトラベルなんかじゃなく、ただのペテンである。

 しかし教授は少しも動じず、僕を諭すように言った。これこそが正真正銘本物の、未来へのタイムトラベルなのだと。


 この現実世界ではSF小説に出てくるようなタイムマシンなぞ造れるはずはないが、タイムトラベルという現象自体があくまでも主観的なものであることを理解できていれば、けして実現不可能とも言えないのだ。

 例えばタイムマシンで五年後の未来に行こうと、五年間記憶喪失になってしまおうと、本人の主観では一瞬にして五年後の未来に跳躍ジャンプするという認識においてはまったく同じなのであり、ゆえに一定期間人を記憶喪失にさせる装置を造り得たとしたら、それこそがこの現実世界における最も理想的かつ実現性のある未来への転移装置タイムマシンと呼び得るだろう。


 それを聞いて僕は、絶望のどん底に陥った。

 つまり僕はもう二度と過去には戻れず、最愛の女性の存在しないこの世界で、一人おめおめと生きていくしかないのだ。

 そんな僕の悲嘆ぶりがよほど哀れに見えたのか、教授がためらいながらも思わぬことを告げてきた。

 それほど過去に戻りたいのなら、この五年間をかけてやっと開発に成功したばかりの、過去への精神スピリット・体転送トランスファレンス装置・マシンを試してみないかと。

 ただしまだ実験段階の代物で、下手したらそのまま魂を過去の世界の中に閉じ込められてしまう危険性もあるとのことであった。


 しかしもう一度彼女に会えると聞いて、僕にためらうことなぞ何もなかったのである。


            ◇     ◆     ◇


「……つまり彼はミライよりも、カコを選んだのね」

 あれから一月後。我が時空間研究室を訪ねてきた助手のハリスン君のかつての恋人の妹殿は、カプセルベッドの中で死んだように眠り続けている彼の姿を見ながらつぶやいた。


「ええ。未来への転移装置が人の記憶を失わせるマシンなら、こちらのほうは新開発のナノマシンを脳内に注入することにより実現した、『過去の記憶を鮮明に蘇らせて夢として見せるマシン』なのです。よって夢を見ている本人にとっては本物の過去の世界ともいえ、万一本人が望むなら永遠にループし続ける夢の中に囚われてしまう危険性すらもあり得るのです。──そう。現在の彼のようにね」

 彼の上司でありこの研究室の主任教授でもある私の説明を聞くや、彼女は泣き崩れるようにしてその場にうずくまった。


 だがもはや私には、かける言葉はなかった。


 なぜなら私自身、結局タイムトラベルをなし得たところで、人の貴重な時間や記憶を奪い取り人生を狂わせるだけでしかないことに今さらになってようやく気づき、ただただ己の愚かさに恥じ入るばかりであったのだから。

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