第14話、『異世界転生事始め』③奴隷制。
「──やはり『奴隷制』あってこその、異世界だよな! ハリスン君も、そう思わないかい?」
………………………………は?
毎度お馴染みの、ケンブリッジ大学史学部量子魔導研究室へと、唯一の研究員である僕が訪れたところ、室長にして直属の上司であるスター教授が、開口一番いつもながらに珍妙なることを宣ったのであった。
「……何か、すごく不謹慎なことを言われたような気がするのですが、一応それって、日本産の異世界系のWeb小説の話と思ってよろしいでしょうか?」
「まあ、そうじゃな、突き詰めれば、『主人公理論』に至るわけじゃから」
「いや、『主人公理論』だか何だか知りませんが、そんな『メタ』っぽい話は置いといて、そもそも日本産のWeb小説にしたって、すべての異世界に奴隷制が設けられているわけではないのでは?」
「そんな至らぬ異世界があったらとしたら、これから新たに奴隷制を施行すればいいのじゃよ!」
はああああああああああああああああああああああ⁉
「新たに施行するって、どうしてですか⁉ 奴隷制なんて非人道的な制度なんか、むしろ撤廃するべきでしょうが⁉」
「しかし、あれだけ日本産のWeb小説の中に、奴隷制が当然のようにして登場しているということは、日本の作家も読者も、異世界に奴隷制が存在していることを、望んでいるということではないのか?」
「……え、でも、確か現代日本には、奴隷制なんか無かったはずでしょう?」
「現代日本には無くても、作者や読者にとっての、自分自身の秘めたる欲望の代行者である、小説内の登場人物としての『異世界転生者』が、『主人公となって活躍するためのパラダイスワールド』である異世界においては、まさしく『カクヨム』や『小説家になろう』等でお馴染みの数多のWeb小説そのままに、奴隷制が存在していないとまずいのだよ」
「──ちょっと、何ですか、たとえ剣と魔法のファンタジーワールドといえども、異世界の人々にとってはあくまでも現実の生活の場であるというのに、『パラダイスワールド』呼ばわりなんかして!」
「『パラダイスワールド』が駄目なら、『ゲームステージ』でもいいけど?」
「もっと駄目ですよ! ──それよりも、何でワンパターンの三流Web小説みたいに、異世界には奴隷制が無いとまずいんですか?」
「そりゃあもちろん、三流Web小説のワンパターン的展開を、踏襲するためだよ」
「はあ?」
「つまり奴隷たちは、転生者たちに『主人公』として、存分に異世界を堪能していただくための、『仕掛け』のようなものなのだよ。Web小説における、ワンパターンのシーンを思い浮かべてみたまえ! 街中でネコミミやダークエルフの少女が、奴隷商から鞭打たれているのを見かけて、その世界における社会常識を完全に度外視して、安っぽい正義感と、現代日本における無力な引きこもりとしてのこの上なき劣等感の裏返しとしての歪んだ優越感とによって、なぜか都合よく存在しているパトロン的存在の権力や財力や武力を笠に着て、奴隷商から奴隷少女を強引に引き取るという、お約束のイベントを!」
「しかもその後で、『……わかっている、こんなものは俺のエゴによる、一時しのぎの偽善行為に過ぎないんだ。だが見ていろよ! いつかこの手でこの世界そのものをひっくり返して、奴隷制度を無くしてやる!』と、心で誓うところまでが、ワンセットですよねw」
「そのくせちゃっかりと、その奴隷の娘をなし崩し的に、自分のハーレムメンバーに加入させたりしてねw」
「……うわあ、こうして改めてみると、クズの極みですねえ、現代日本からの転生者って」
「だからあいつらは、奴隷制の撤廃どころか、むしろ異世界においては、自分に対して徹底的に従順である、奴隷少女を求めているのだよ。──それもどんな要求でも素直に応えてくれる、『性奴隷』をね」
「そんなクソ転生者どもの、穢らわしい欲望を満たすためなんかに、わざわざ平和で平等な異世界の社会システムまで変えて、『奴隷制』なんぞを新設しなければならないなんて…………あ、でも、肝心の『奴隷』はどうするのです? 人間国家において当然存在している、人間の一般市民はもちろん、例えば魔族国家のダークエルフや猫耳獣人なんかを、さらってきて奴隷にしたりしたら、国際的に大問題になるんじゃないですか?」
僕の至極当然の疑問の言葉に、目の前の上司の男は、ほとんど表情を変えることなく、
──あっさりと、驚愕の言葉を宣った。
「別に問題ない、何せ奴隷のほうも、現代日本からの転生者を使えばいいからな」
……………………………………は?
「──いやいや、何ですかそれ⁉ 転生者の奴隷に対する、歪んだ正義感やハーレム願望を満たすためにこそ、奴隷制を設けようというのに、転生者自身を奴隷にしては駄目でしょうが?」
「おや、常日頃から日本産の異世界系Web小説の愛好家を自認している、ハリスン君ともあろう者が、知らないのかい? 現代日本からの転生者には、最初から『英雄』であることを望む輩ばかりではなく、『成り上がり』願望や『不幸なヒロイン』願望にこそ基づいて、あえて異世界転生したばかりのスタート時点においては、『奴隷に身を堕とす』ことも大歓迎な輩も、大勢いることを」
……あー、そういえば。
「うんうん、それこそ最近のWeb小説において、腐るほど目にしておることだろう、『おっさん』や『悪役令嬢』なんかが、無実の罪をでっち上げられて、奴隷に身を堕とすというパターンを。もちろん彼らには転生者としての、無敵のチート能力やずば抜けた知能や身体能力等を与えられているので、いつまでも奴隷階級に甘んじておることなぞなく、たちまちのうちに『下克上』を果たし、それまで自分を蔑んでいたやつらに対し『ざまぁ』して、盛大なカタルシスによって、読者を圧倒的に魅了してしまうって寸法だよ」
「そうでしたそうでした、むしろ転生者の皆さんには大人気でした、『奴隷からの成り上がり』パターンて」
「よって、奴隷制と言ったところで、何も問題は無いんだ。何せ転生者同士で、自給自足しているようなものだからな」
「あ、いや、やはり少々、問題があるのでは?」
「ほう、何かね?」
「だって、それぞれの『転生者』の、『ハーレム要員入手欲』や『下克上願望』を満たすためには、その相手が自分と同じ『転生者』では駄目なのじゃありませんか?」
「ああ、そういうことか。いや、大丈夫、そもそもお互いに『転生者』同士であること自体を、秘密にしておけばいいんだしな」
「はあ?」
「何せ『英雄』願望の『転生者』のほうは御多分に漏れず、現代日本においては、非モテのヒキニートの穀潰しだったのだし、『奴隷』のほうも、『おっさん』は冴えないアラフォーのブラック企業の社畜だったのだし、『悲劇のヒロイン』は乙女ゲーム厨の孤独な非モテのアラサーOLだったのだし、お互いの素性がバレたら完全に幻滅してしまって、すべてが台無しではないか?」
「……うえー、つまり外見上は美青年ヒーローと美少女ヒロインでありながら、その正体は非モテの陰キャ同士に他ならず、当人たちはそれを知らずに乳繰り合っているわけですか? もはや吐き気しかもよおしませんよ」
「うん、よってこの件については、日本のWeb小説愛好者の皆様には、絶対に秘密だからな? 何せ『異世界転生』物語は、夢と希望こそがすべてだしねw」
「……いやむしろ、夢も希望も無いような。どうしよう、これから先、それこそ日本産のWeb小説において、転生者たちの『ハーレム展開』とか『下克上』の有り様を見せつけられても、素直に額面通りに感動したりうらやましがったりすることなんて、できなくなってしまいましたよ」




