第13話、『異世界転生事始め』②日本語こそを共通言語に⁉
「──ハリスン君、もういっそのこと全異世界的な『共通言語』として、読み・書き・会話の別を問わず、すべて『現代日本語』に統一してみては、どうだろうか?」
「………………………は?」
毎度お馴染みの、ケンブリッジ大学史学部量子魔導研究室へと、唯一の研究員である僕が訪れたところ、室長にして直属の上司であるスター教授が、開口一番いつもながらに珍妙なることを宣ったのであった。
「……ええと、教授、ゴールデンウイーク中の旅行届けを作成してきましたので、ご確認お願いいたします」
そう、もうすぐ待ちに待った、大型連休の始まりなのである。
しかも今回は休み中に、元号が切り替わるという、文字通り歴史的ビッグイベントが控えているので、期待感も現時点において最高潮に盛り上がっていた。
そこで今年は思い切って、京都・大阪・奈良の、古都三府県を一気に巡ってみようと思うので、長期に研究室を離れることに対して、上司である教授に前もって許可を取ることにしたのだ。
「──いやいや、私の台詞をガン無視して、普通に話を進めないでくれないか⁉ 一応上司なんじゃぞ?」
「……チッ、せっかくスルーしたのに、しつこく食い下がってきやがった」
「舌打ち⁉ いくら何でも、それはないだろう、ハリスン君!」
「だって、教授があまりにも馬鹿げたことを言うから、悪いんですよ?」
「何が馬鹿げたことじゃ、これぞまさに『妙案』ではないか!」
「……まったく、何が妙案ですか? そもそも知性を持つ生物としての人間にとって、最も重要とも言える、言葉を無理やり変えられたりしたんじゃ、この世界において遙か過去のナポレオン時代なんかによくあったように、まさしく『敗戦国民』扱いじゃないですか? たとえどんなに寛容な異世界人であろうが、とても了承してくれるとは思えませんよ」
「そんなことはない、むしろ快く了承してくれるよ。だってそのほうが、異世界の人々にとっても、メリットが大きいんだから。何せ異世界人側においても、この『言語問題』については、大いに頭を痛めているところだしな」
「はあ? 自分たちの言語を無理やりに変えられるのに、メリットがあるですって⁉」
「毎度お馴染みの日本産の異世界系Web小説を例に挙げれば一目瞭然なのじゃが、この『言語問題』についてのそれぞれの作品における対応の仕方ときたら、まさに百花繚乱といった状況であって、最も多いのは、一番最初のシーンで異世界に転生することが決まると同時に、女神等からスキルとして与えられるというやつなんじゃが、この時点ですでに、『スキルを与えることを明言する』パターンと、『何も言わずに与えられていて、異世界において初めて気がつく』パターンとの、二つのケースに分かれてしまうといった有り様で、更にそのスキルを細かく分けると、『会話もできるし文字も読める』パターン、『会話はできるが文字は読めない』パターン、『お互いに別々の言語を話しているが、自動的に翻訳されている』パターン、『明らかに日本語の読み書きをしているのに、「……ニホン語って、何ですか?」などと、あくまでも異世界人がすっとぼける』パターン等々、まったく統一が取れていないといった体たらくじゃからなあ」
「──っ」
……た、確かに。
「しかも最近じゃ、すでに『異世界で日本語が通じるのはお約束』みたいになっていて、『言語問題』には一切触れない作品も少なくないしのう」
「ま、まあ、そうは言っても、やはり異世界転生とか転移をしてからすぐの、誰かと会話をした後での最初の感想が、『おお、こんな西欧風な世界でありながら、日本語が通用するんだ⁉』といったパターンが、まだまだ多いみたいではないですか?」
「うん、Web作家って輩は、そのように先行作品の『猿真似』をするのはうまいが、最も肝心な『なぜ異世界で日本語が通じるのか?』について、自分の頭で真剣に考えて、Web小説界共通の『統一ルール』をつくろうなんて気概のあるやつなぞ、ただの一人もいないんだよな」
「……ああ、うん、言い方は少々きついですが、まったくその通りですね。やはり教授のおっしゃるように、これぞすでに『異世界で日本語が通じるのはお約束』になっていると、作家連中が勝手に決めつけていることこそが諸悪の根源であり、やはり明確なルールを作る必要性があると言うには納得しましたが、一足飛びに『現代日本語を共通言語にする』というのは、どうなんですか? それよりも異世界独自の『共通言語』を決定しておいて、転生してきた日本人がそれをマスターするといった流れこそ、より現実的ではないでしょうか?」
「馬鹿もん! それでは現代日本人が異世界転生した時点においては、周囲の人々とコミュニケーションがはかれないという、最大の問題を解決できないではないか⁉」
………………………あ。
そ、そうか、そうでした。これでは我ながら、『本末転倒』というものではないか。
「そもそもだな、Web作家どもが何も考えずに、『なぜか異世界においても普通に日本語が通用する』といった、どう考えてもあり得ない超常現象(笑)を、すでに『既成事実』にしておるのは、そのほうが自作のストーリーを円滑に進める上で、都合がいいからなんじゃよ」
「……またそんな、あからさまなメタ理論を」
「メタで大いに結構、前回も述べたではないか? もはやすべての異世界において、現代日本からの異世界転生が当たり前のものとなっており、現代日本の最先端の科学技術と、異世界古来の魔法技術とが融合して生み出された、『量子魔導文化』が花開いているのだからして、同じように転生者のもたらした『日本語』についても、科学技術をより深く理解するためにこそ、異世界人の間で受け容れられていても、別におかしくはないだろうが?」
いや、わかるけど! そもそも非現実的な『異世界転生』なんてものを、現実のものとして話を進めるには、メタを否定することはできなくなるのも、理解できるけど! それを言っちゃ、おしまいなんじゃないの⁉
「……大体がですねえ、『現代日本語』なんていう、各異世界における一般市民の皆さんにとっては、まったくの未知の言語を、そう易々と習得できるものですかねえ?」
あまりに極論じみたことを言われ続けたために、辟易しながら言い返した、我ながら至極もっともなる意見。
しかしその時教授の口から放たれたのは、更なる予想外な言葉であった。
「ははは、他ならぬ君が、何を言っているのかね? 異世界人が『現代日本語』を習得するのが、それほど困難なことでも無いのは、もはや自明の理ではないか?」
「ど、どうしてそんなことを、断言できるのですか?」
「どうしてって、そりゃあ当然だろう? そもそも今現在、君と私が使っている言語って、一体どこの言葉かと思っているのかね?」
は? 課長ったら、何を当たり前のことを、聞いているんだ?
「──そりゃあ、『現代日本語』に、決まっているじゃないですか?」
………………………………あれ?
「そうだよな? 特に我々ケンブリッジ大学史学部量子魔導研究室所属の研究員──いやさ、Web小説『ケンブリッジ大学史学部シリーズ』の登場人物は、一応『イギリス人』ということになっているのにかかわらず、なぜかこの作品が開始されて以来、ずっと『現代日本語』で会話をしているよなあ。いやそれどころか、今回君ときたら、『ゴールデンウイーク』がどうのこうのと、まさしく『日本人以外の何者でもない』ようなことを口走っているくらいだしなあ。これってどうしてだかわかるかね? ──ヒント、実は私自ら、これまでの台詞の中でズバリ『正解』を、すでに述べておりまーす♡」
「ええっ、そうでしたっけ⁉」
「ちゃんと言ったではないか、『たとえ登場人物がほとんど異世界人だろうが、最初から当たり前にようにして日本語をしゃべらせたほうが、自作のストーリーを円滑に進める上で、都合がいいから』と」
「──あんたとことん、『メタ路線』をひた走るつもりかよ⁉」
「じゃが、実際問題、私たちが英語で会話していたら、ほとんどの読者様は理解できないと思うぞ?」
「だからって、僕たちイギリス人が、普段から『日本語』を使っていたら、おかしいのではないですか⁉」
「言わば我々は、生粋のイギリス人ではなく、イギリス人という『役割』を与えられた、日本産のWeb小説の『登場人物』に過ぎないのじゃよ」
「ちょっ、そこまでメタを突き詰めたら、もはや作品としておしまいではないですか⁉」
「──いいや、むしろメタであることを認めてこそ、異世界系Web小説は、新たなるステージに進むことができるのだよ」
……何……だっ……てえ……。
「異世界系Web小説の、新たなるステージとは、一体……」
「もはや異世界において、『どんな言語を使っているのか?』とか、『何で日本語が通用するのか?』とか、いちいち問題提起すること自体が、無駄以外の何物でもなく、そんなことに余計な手間をかけるくらいだったら、本作が『基本的な指針』としているように、すでに現代日本からの異世界転生が当たり前のものとして受け容れられていて、それによってもたらされた最先端の科学技術をより深く理解して使いこなしていくために、日本語こそが異世界における共通言語として定められているという、世界観を設定するといった、大胆な試みこそが求められておるのじゃよ」




