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斯くして燠は暁に淀む  作者: えむ
第二章 深奥に滲む
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06-05

 体に内包する魔力(マナ)は出力すれば空になる。

 時間経過で充足はするものの、発散し続ける腕輪があるのでは溜まるわけもない。ゆえに力を使えるわけもない。

 ともすれば、あとは非力な腕力が残るだけの少年の出来上がりなのだった。

 ここまで聞けばローヤにも分かる。

 今の状態のイドが例えば敵国に拿捕された場合、戦力として持って行かれる可能性と交渉の材料として使われる危険性の二つの要素が生まれてしまう。

 更に別の懸念も出てくる、とミラベルは表情を曇らせる。


「現王もまた捕虜となったら、状況は一刻を争います……」


 役立たずが捕まったところで何の不具合になるのか。

 ローヤはそちらについてあまり深刻性を感じなかったが、少し考えれば分かる。


「現王は華燐王としては不全ですが、あの力は相伝の力。華燐王の力の源泉が敵国に渡った場合、後世に託すことは叶わなくなります」


 それ自体が大きな損失。

 ミラベルは焦燥をあらわにして足を踏み出す。


「そればかりか、現王は故ミッドエルム王の墓の在りかを知っています。左の魔女キリ。奴はその墓を探しています。もしあの女に現王が捕らえられたとしたら、最悪だ……!」

「どう不味いんだ……?」

「奴は”活動”と”裏返し”を操る女。その術式は死者蘇生と同義なのです」

「……ほう?」

「故ミッドエルム王の力は絵本通りの力」

 宙を舞う千もの刃と身の丈もある大刃を操る蛮力は、想像するだに恐ろしい。

 そのうえ実際に竜を討ったという話だ。文字通り一騎当千に値する武力であることは間違いない。

 そんな力が隣国の人間に渡ったとしたら、国交における戦略的主導権を握られるのは勿論のこと、国民の優位性の均衡が崩れることも考えられる。

 平たく言えば老樹の国(アトウッド)の奴隷化。

 それは避けなければならない。


「しかしながらその力というのはあくまで故ミッドエルム王個人のものでしかありません」


 つまり、華燐王としての力は別にある。


「故ミッドエルム王は言わずもがな王家の血筋。ともすれば、理論上は華燐王の力を継承することが出来ます」


 ここまで聞けばローヤにも分かる。

 不全の現王から力の源泉を取り出し、故ミッドエルム王へ継承すれば華燐王の力を引き出すことが出来る。

 そのうえ、死者蘇生で生き返らせた故人を意のままに操ることができるとすれば、華燐王の力の運用が実現可能となってしまうのだった。


「だとすれば、左の魔女の目的はおそらく」


 焦燥に満ちた表情でミラベルは言う。


「華燐王の力──”白の巨兵”の獲得」


 白の巨兵。

 それは、華燐王が持つ一騎当千の力。

 話がようやく分かり出した。とローヤは、歩み寄ってくるミラベルを見ながら頭を掻く。

 つまるところ、イドと現王の両名の保護が早急に求められているうえに、故ミッドエルム王蘇生の阻止をしなければならない、というのが現状らしかった。

 しかして今自分たちには何が出来る。

 目的地に辿り着くにはまず目的地がどこにあるのか見定める必要があり、その目的地には左の魔女がいる可能性があり、戦うことを余儀なくされる状況が見込まれる。

 それに、ミラベルの言う通り左の魔女が死者蘇生を扱うのであれば、あの華燐王と対峙する可能性があるとも言える。


「場所は分かってんのか」

「分かりません」

「勝算は?」


 その問いにもミラベルは否定の声を上げた。


「ですが、ローヤ様が居れば或いは状況を打開できるかもしれません。だから、」


 ミラベルは腰から外した鍵をローヤに突き出して乞う。


「貴方の力を貸して下さい。武器庫様」

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