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「それと儂は全く信じとらんが、仮にその小娘の言う通り隣国と戦闘状態にあった場合。先の大蜥蜴に乗った人間が単独でない可能性は低くとも有り得るとは思わんか」
「どういうことだよ?」
「国境線付近の砦を奪還するとか言うとったじゃろ。防衛線が後退したとなれば攻め易さは変わるものよ。しからば空から奇襲をかけて崩し、散り散りになる蟻を地上兵で一気に追い打つという筋書きも考えられる。つまりは」
「……なるほど」
「国攻めじゃ」
単独ではなく組織的な動きで詰め寄られて城を落され、残党狩りの包囲網まで敷かれた場合、こちらに対抗する力は無い。
「良いか。相手の目的なぞ知らぬがこちらは非力な儂と盗賊と気絶した女の三人ぞ。しかも丸腰じゃしの。これで戦地へのこのこ戻るのは馬鹿のやることじゃ。戻ったところで捕えられるか殺される」
ローヤはそれを聞いて床に転がった。
「じゃあマジで進むしかねえの? 灯りもねえのに?」
「それについては──」
イドは壁に添えた手をすっと浮かせ人差し指だけ改めて壁に添える。そして爪を立て──横一文字を切るように引っ掻いた。ちかりと火花が弾けると、イドの指先に小さな火が宿っていた。
指との間に僅かな隙間を設けて揺らめく灯りは、周辺温度との差異を空気の歪みの波で以って体現する。地上の振動によって天井から舞い落ちる埃が灯りに当たってじゅわりと音を立てた。
目の前に湧いて出た光源に、ローヤは飛び起きて目を剥いた。
「地下通路の魔力が濃ゆいからもしやと思うたが、ふん。それでも──手遊び程度は出来るようじゃ」
魔力。
それは単に一つの力、存在であるのみならず、一つの作用、資質および状態である。換言すればこの語は、名詞であると同時に形容詞、動詞でもある。つまり魔力は資質であり、実体であり、動力源である。要するにこれは、どこにでも存在する要素なのだった。
そしてそれを駆使して特定の現象を起こせる存在が、
「イド……アンタ、魔術師だったのか」
ローヤの言葉を、しかしイドは首をかしげて反芻する。
「魔術師? なんぞそれは」
火を起こす程度の。しかも人差し指の先に灯るくらいの矮小な力など、扱うに造作もない。だがイドはようやく魔力を手で編めたことに思わず安堵のため息が出そうになった。
牢で使おうとした時も。大広間外の廊下で力を引き出そうとした時も。そのどちらともが魔力からの反応が無かったのだ。
しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。




