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斯くして燠は暁に淀む  作者: えむ
第二章 深奥に滲む
21/42

01-01

 攻め込まれた時の逃走手段として抜け道を配備するのは城が有する機能として別段珍しくない。それがたとえ難攻不落の城塞であったとしても、籠城が功を奏す確率は絶対ではないからだ。

 多岐に渡る選択肢は転ばぬ先の杖。

 老樹の国(アトウッド)の城にも、それはある。

 城内一階、中庭の池に浮かぶ中島。そこに転がった大岩をずらすと顔を出す錆色の鉄扉を開けて梯子を下り、踊り場を三度挟んで下り続けると到達する。


「城にこんな所あったのかよ」


 降下の際、落ちないようにその辺にあった縄で身体に縛りつけていたミラベルを足元に下ろしながらローヤは声を漏らす。

 その隣でイドは周囲を確認して静かに頷いた。


 ──ふむ。少し濃い気はするが。


 懐かしい匂いがイドの鼻腔に広がる。

 ここは城内地下通路。

 逃走用の緊急脱出口はイドの知る範囲で健在だった。

 元々あった天然洞窟の一部を流用しているから強度面での心配は薄かったが、どの程度の衝撃まで耐えられるかという事までは分からないし、何より蓋を開けてみるまで壊崩の可能性は捨てきれなかった。

 それでも変わらずそこにある地下通路を見て、イドは旧友に出会えたような感覚を覚えた。


 ──良くぞ無事でいてくれた。


 胸中で呟き、壁にそっと手を添えると振動が微かに掌に伝う。あの大蜥蜴が暴れているようで、地上(うえ)の衝撃がこちらまで響いているらしい。


「で、これからどうするよ」


 ローヤの問いかけにイドは答える。


「上は無理じゃろうて。しからば進むしかあるまい」

「進むって……この先を、か……?」


 イドの視線の先を追うローヤの顔が引きつる。

 無理もない。

 その先にあるのは黒よりも暗い暗闇だからだ。

 二人が今いる所は外から入り込んで来た光が辛うじて残滓を横たえる程度の薄暗闇で保たれているのだが、十歩も進めば完全な黒に沈んだ空間がぽっかりと口を開けて待ち構えている。


「……灯りは?」


 あるわけなかろう。イドがそう返すとローヤは右手を上げた。


「提案があります」

「なんじゃ」

「ほとぼりが冷めるまでここで待機した方がいいと思いまーす」


 確かにその選択肢もある。

 しかし得策ではない。とイドは首を振る。

 左の魔女とかいう人間がどのような目的で強襲を行っているかは不明だが、騒ぎが収束するのを待つといってもそれがどのくらいの期間を要するものなのか不明だ。


「儂は別にいいが、長期間の籠城になったとして食料備蓄がなければ話にならんぞ」


 当たり前だが食料など持ち合わせていない。

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