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斯くして燠は暁に淀む  作者: えむ
第一章 暗中に泥(なず)む
20/42

05-04

 そこまで叫んでイドは情動の吐露を塞き止める。

 原因は、窓の外側にあった。

 聳え立つ三本の塔。

 その側面を通過する一つの影。

 空を泳ぐ船とは全く異なる巨影は蝙蝠の翼をはためかせ城へ寄る。

 最初こそ全容は不明だったが近付くにつれ携えた赤黒い邪爪が。黒の厚鱗が。蜥蜴の頭部が明確に視認できるようになり、そしてその背に乗った帽子の人間の姿が見えた直後、ミラベルが静かに叫んだ。


「──左の魔女……!」


 風に遊ぶ黒いワンピースドレスの裾とショートの金髪。

 目深に被った大つばの下で広角が釣り上がる。

 黒衣に包まれた腕をゆるりと持ち上げる仕草は妖艶で、握り込んだ手を小指から順に開いていく様は艶美ですらあった。

 その動きに連なって蜥蜴が口腔を開け広げ、喉奥に赤の揺らめきを滾らせている事に気付いた時には、もう遅かった。

 刹那、蜥蜴の口腔から咆哮と共に灼熱が放たれた。

 閃光を伴って空を駆けた紅蓮は一瞬で城壁を包み息圧で吹き飛ばす。

 火炎が放たれた瞬間、ミラベルを掴んで壁の陰へ飛び込んだイドは突き抜けてくる圧に押されて絨毯の上を二転三転する。

 転がる最中、進行方向上にいたローヤを巻き込んで扉を突き破り、勢いそのまま廊下の壁に叩き付けられた。

 背に広がる衝撃に、肺の中にあった空気が一気に押し出されイドとローヤは嗚咽を漏らした。

 しかし倒れている暇はない。天井が崩壊を始めている。

 イドは痛覚を押し殺し、立ち上がってローヤを見やった。


「その小娘を頼めるかローヤ!」


 気絶したミラベルを背負う隣人から首肯が返るのを確認したイドは近くの壁を引っ掻き、しかし苦悶の表情を浮かべて吐き捨てる。


「このままでは持たん! 逃げるぞ!」

「はあ!? どこに逃げるっつうんだよ!」


 この城がイドが知っている通りの構造であるならば。


「地下通路じゃ! 助かる見込みがあるとすればそこしか無い!」


 言うが早いか走り出すイドの背を、ローヤはミラベルを担いで追う。


「ああもうお前に任せたぞイド!」


 半ば自棄になりながら駆ける廊下の崩落は加速度的に進行し、階段を降り始めた頃には通った道が殆ど崩れていた。

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