プロローグ3
以前から居るもの達にとっては周知の事実であるが、新人職員達は何が起こったのか全く理解できていない。
思考停止、理解できない状況に、誰もが声を出すことすら忘れ、口が半開きの状態で固まっている。
ここの職員達の注目は間違いなく子供達に注がれていた。
故に、一瞬たりと目を離すことなんていない。
なのに、突然消えて、いつの間にかマジックミラーの反対側、最終防衛ラインに居る。
驚くのも無理はない。
「でもね、あの子達はそれだけではないの」
先ほどの子供達の話は終わっていないと云わんばかりに、新人職員達が騒然としているなか口を開く時雨。
「発現した魔法が、世界に及ぼす影響力を五段階のレベルで分けられているけれど……あの子達の世界影響レベルは……全員が最高ランクなのよ」
「「「――」」」
絶句。
公式で確認されている魔法保持者が、世界でも五千人。
その中で、世界に影響しうるレベルを一から五段階まで設けているが、もちろん自然とピラミット状になっている。
彼ら彼女らの、特異性は語るまでもない。
全員が理解したのか、驚きのあまり、もう誰も声を出すことすら出来ないようだ。
一方、りこの魔法により、最終防衛ラインまで転移してきた彼ら彼女らは。
「うわー、もうすぐ最終防壁も突破してくるねー。早いねー。まだ理性あるのかなー?」
「どっちにしろ、やるしかねーだろ。ノクト、あれ先にやっとくか?」
「んー、怜太が相手だ。僕の魔法は元々戦闘向きではないし、あれは裏技、諸刃の剣だ。時間制限ありの防衛で、先にこちらが倒れる可能性は避けたい」
「まぁ、それもそうだな。巴月はどう思う?」
「そうですね……」
少し考える様にして、もうすぐここへ到達する兄と、周りの皆を一瞥する。
巴月の目に映る世界は、他の人々が見ている世界とは、まったく異なっている。
肩の動きや呼吸の一つに対しても脳内で計算されており、行動パターンやその確率をまるで走馬燈のように瞬時に処理し続けている。
彼女が持つ魔法の特性故に、寝ても覚めても処理をし続けているのだ。
「今の兄さんの状態や行動から、完全に理性がなくなっている可能性は五パーセント前後だと思われます。対魔獣催眠ガスを散布されて七分たちますが、数分息を止めていた可能性が高いはず。母の推測通り、兄さんの抗生物質などの抵抗力や態勢を計算すると、十五分で効いてくる確立は、九十パーセント。十六分で九十五パーセントといったところですね。戦闘する過程で、計算に変更があれば逐一報告します」
現状の計算結果を、淡々と伝えていく。
「巴月の多重演算魔法は、やっぱすげぇーよな。殆ど未来予知と変わんねぇーし、判断まで一瞬だし」
クロウの問いに、皆がうんうんと頷きを返す。
「てことは、ガスが効くまであと十分ぐらいかなー?」
改めて、時間を確認するリン。
「僕の魔法で底上げしても、君たちの身体がもっても三分が良いところだろ」
ノクトは自身の魔法を使用した場合のリミットを告げると、その事も瞬時に計算に織り込んだ巴月。
「では、時間とタイミングなどは、私が出します」
「ま、巴月にしか務まらねぇーわな」
「ん……」
「だねー」
異議なしと言うクロウに対して、ウェルとリンも賛同した。
「よし、巴月は十九一みんなに指示を、リンはこのままパスをつないだ状態で、遊撃とサポート。クロウとウェルが前衛。僕はみんなのサポート、司令塔もとい、巴月の死守をする。で良いかな巴月」
それぞれの役割を伝えたノクトが、問題ないか皆を見渡す。
少し目を瞑り、僅か一呼吸分の一考の結果。
「それが、最も成功率が高いです」
「りょーかい!」
「了解だ」
「……分かった」
巴月に信頼を置いているようで、皆即答である。
数回の高い金属音と共に、崩れ落ちる最終防壁。
崩れ落ち瓦礫をお構いなしに、ゆっくりと直進してくる人影。
ついに、互いを認識できる距離に――
「……お前らか」
先ほどまで右手を覆っていた禍々しい魔力の刃は、消されている。
少し虚ろな瞳で、邪魔するなと聞こえてきそうな声のトーンだ。
「巴月の言った通り、まだ理性は残っているみてぇーだな」
「でも、あの感じだと、怜君の魔法の効果に、飲み込まれるのも時間の問題かも?」
「怜太の魔法は精神力も関係するからね。特に負の感情が」
「……感情、放棄?」
「あぁ、あれは放棄が正しい。負の感情を制御する気が元からねぇーって感じだな」
クロウ、リン、ノクト、ウェルの順に、目前に現れた怜太の状態を観察し、最後はクロウが締めくくった。
「……」
はずきは、兄である怜太を見据えているものの、言葉を出すことはない。
数秒の静寂。
体感にして数十分にも感じる沈黙を先に破ったのは、怜太である。
「俺は……外に出たいだけだ。邪魔するな」
それだけ言うと、自然体の状態で歩みを進めだす。
お互いの距離は、約十メートル。
「来るぞ!」
ノクトの合図と共に、戦いの火蓋が切られた。
未だゆったりと歩みを続ける怜太。
最初に仕掛けたのは。
「落ち、つい、て」
ウェルだ。
十メートルの距離を一歩で詰めると、懐に入り右拳を振りぬく。
小さい身体の、何処にそんな力があるのか、他の者がいたら疑問に思っただろう。
もちろん、この場に居る者達は、気にするそぶりは一切ない。
振りぬいた拳は、尋常ならざる速度で、怜太の腹部めがけて一直線。
常人では認識できない速度ではあるものの、相対している怜太が常人なわけもなく。
十メートルの距離を一気に詰め、拳を振りぬく、ここまで僅か約一秒。
怜太は、身動きしていないが、その目はウェルの動きを、振りぬかれた右拳をしっかり捉えていた。
拳が当たる直前、最小の動きで左にかわしウェルの右側に回ると、そのまま首筋に向け右手で手刀を入れた。
が、そこにウェルの姿はなく、空を割く。
「いやー、ウェルちゃん。危なかったねー」
戦闘にそぐわない明るく溌剌とした声。
リンがウェルを後ろから抱き着くような形で、十メートル先、元居た場所に移動していた。