優しい声
誰かの泣き声が聞こえる。
啜り泣くような、か細い--
辺りを見渡してみるが、そこには暗闇しかなかった。
誰だ・・そこにいるのは
幼い頃からそうだった。
困っている人や弱い立場にある人を放っておけない。
自分の中にある〈正義感〉というものが、じっとしていられなかった。
暗がりに手を伸ばす。
すると細く、いとも簡単に崩れそうな物を確かに掴んだ。
それが誰かの腕であることはすぐに分かった。
大丈夫。もう大丈夫だよ。
自分の胸に引き寄せ、そう語りかけた。
小さな体だ。子どもか?
ふわりと香る、金木犀の匂い。
あぁ、懐かしいような落ち着く匂いだ。
そう思っているうちに頭に強い衝撃。
考える間もなく、意識は遠のいていった。
目を覚ますと、ボロい天井が見えた。
そしてはっきりと感じる、恐怖の視線。
自分が寝ている場所からそう遠くはない場所にその子はいた。
怯えているような、そして分かり易い嫌悪を浮かべた表情に見に覚えがあった。
「えっと・・こんにちは」
そうやって慣れた笑顔で話しかける。
その子は何も答えない。
困ったな・・
ふと自分の身体に手当がしてあったのに気がついた。
「この手当は、君が?」
そっと優しく聞く。
「・・・そう」
静かに答えたその子は、声からして女の子だとわかった。
「そっか。ありがとう、助かったよ」
「・・どこから来たの」
「この山のふもとにある村からだよ。近所に住んでるおばあさんが大事な髪飾りをこの山で落としたって聞いて探していたんだ」
「用が終わったらなら早く帰ったほうがいい。」
「どうして?」
尋ねた後、少女は少しの間を開けて言った。
「鬼が出るから」
絞り出すように出された声はわずかに震え、今にも泣きそうだった。
「それなら君だって同じじゃないか。一緒に下山しよう」
「私はいいの。ここに住んでるから」
ここに住んでいる?鬼とやらがでるのに?
〈勝手な憶測で動いてはならない。
人助けと思っていたそれがその人を殺すことにだって繋がりうるのだから。
助けたいのなら、理解しなさい。学びなさい。無用な助けなどないのだから〉
いつか聞いた母の言葉を思い出した。
この少女は危険だと分かっていながらこの山に住んでいる。
だがこのまま聞いてもきっと訳は教えてくれないだろう。
ーー鬼が出るから。
あの声色が忘れられない。
「どうやら怪我が思ったより痛むんだけど、もう少しここにいてもいいかな?」
困った顔・・・
「少しだけね・・」
「ありがとう」
渋々、と言った感じだがその声は優しい
「お腹空いたな~僕の荷物はどこかな?」
「え・・そんなの無かったけど」
「え?」
「貴方を見つけたのはここからそう遠くはない川よ。」
「流れちゃったかな」
「さぁ・・」
「しまったな・・」
「髪飾りもそこに?」
「まあね。ま、治ってからまた探すよ」
怪我が思ったより痛くて、なんて嘘は手当てした少女にはバレているだろうが。
「君の名前は?何ていうの?」
「名前なんてないわ」
「そうか、じゃあ呼ぶのに不便だから僕がつけてもいい?」
「勝手にして」
「そうだな・・じゃあーーー」
晴れていた空は雲が陰り、やがてしとしとと雨が降り出した。