《4月2日 日曜日》
マリヤは、家のソファーで目を覚ました。
3月の末に恋人の朔夜を交通事故で亡くしたばかり。
泣き疲れてソファーで寝てしまったのだ。
ぼんやりとした頭で、マリヤはそう思った。
顔を洗いに洗面台へと向かう。
冷たい水で顔を洗うと、頭がスッキリしてくる。
そこへ玄関のチャイムが鳴る。
インターフォンを確認すると、そこに映し出されていたのは若い男性。
マリヤと朔夜の幼馴染である崇が尋ねてきたようだ。
崇は、きっと慰めに来てくれたのだろう。
マリヤは、そう考えると悲しいながらも少し嬉しくも思う。
鍵を開けて崇を部屋へと招き入れる。
「ちょっと待ってて。今、お茶を入れるから」
そう告げて、マリヤは台所へ向かおうとする。
そんなマリヤを崇が呼び止める。
「なあ、マリヤ」
[カシャッ!]
振り向いたマリヤの写真を突然撮る崇。
崇は、びっくりするマリヤを悪戯っ子のように笑う。
「なによ、もう」
怒るマリヤに素直に謝る崇。
だが急に真面目な顔をすると、おもむろにそのカメラの話を始める。
「今日、この不思議なカメラを買ってきたんだ」
崇があまりにも真剣な顔をするので、マリヤが聞き返す。
「不思議なカメラ?」
「ああ、そうだ。まあ、とにかくそこへ座れよ」
台所へ行くのは諦めて、言われたとおりにするマリヤ。
「いいか、落ち着いて良く聞けよ。
亡くなってしまったけれども、まだどうしても会いたい人間。
このカメラのフィルムを巻くと、その人間に会うことができるんだ」
マリヤは酷い冗談だと思い、顔を真っ赤にして怒る。
「こんな時に、そんな酷い冗談を良く言えるわね!」
しかし、崇は真面目な顔でマリヤを見つめている。
いつもの崇なら、ここで笑って謝るところだ。
だが、今日はマリヤの目を見つめ、黙ったままである。
「なによ!?謝りもしないの?」
崇の様子がいつもと違うことが気になり、声のトーンが落ちる。
「落ち着いて聞いてくれ。これは本当の話だ」
2人の間に沈黙が訪れる。
マリヤが話に乗ったところで崇は笑うのではないか。
マリヤは、そう疑っていた。
しかし、一方で崇の言葉を信じたい気持ちが生まれていた。
「…どういうこと?」
かろうじて、それだけ問うマリヤ。
「そのままの意味だ。
ただし、1回フィルムを巻くことで会えるのは12時間だけらしい」
崇の顔は真剣そのものだ。
「じゃあ何?もう1度、さーちゃんに会えるとでも言うの?」
震える声で、マリアが問う。
「そうだ」
短く、だがハッキリと崇は答えた。
冗談だとしたら、人間性を疑うような冗談だ。
だが崇は、そんな酷い冗談を言う人間ではない。
それはマリヤも分かっている。
「もう1つ条件があるらしい。
フィルムを巻いてから12時間の間に1枚、なにか記念撮影しないとダメらしい。
次のフィルムを巻けなくなるそうだ。ちなみにフィルムの換えは、もう無い」
淡々と説明する崇の態度に、マリヤの疑う気持ちが少しづつ薄れていく。
だが、話している内容は途方も無く信じがたい話だ。
マリヤの心は、信頼と常識の間で激しく揺さぶられていた。
「試してみれば良いじゃないか」
崇の言葉に、揺れていたマリヤの心が決まった。
「…わかった」
古くてゴツゴツしたカメラが、マリヤに手渡される。
渡されたカメラをジッと見つめるマリヤ。
そして、おもむろにフィルムを巻く。
[カシャン]
フィルムを巻く音だけが室内に響いた。
カメラの示す残り枚数は34枚となった。
その表示を黙って見つめていたマリヤ。
そんな2人の沈黙を破るようにリビングの扉が開かれる。
すると、そこには寝ぼけ眼の朔夜が立っていた。
「おはよう…おお、崇。来てたのか、いらっしゃい」
気だるそうに欠伸をしながら、そう言う朔夜。
そんな朔夜を黙って凝視していたマリヤ。
だが、とうとう堪えきれず朔夜に飛び込むように抱きつく。
「…さーちゃん!さーちゃん!」
自分の胸で号泣するマリヤを驚いた顔で見る朔夜。
「おい、崇!お前、また変な悪戯でもしたのか!?」
マリヤの頭をなでながら、崇に文句を言う朔夜。
「…なんでもない…なんでもないのよ、さーちゃん」
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」
「さーちゃんに会えたから…」
「何を言ってんだ?怖い夢でも見たか?」
そう言いながら、優しくマリヤの髪をなでる朔夜。
テーブルの上に置き去りにされたカメラを手に取ると崇が声をかける。
「そろそろ、俺は帰るわ。その前に、2人の写真を撮ってやるよ」
そう言うと、2人の反応を待たずにシャッターを切る。
「たーくん…ありがとう」
マリヤが、朔夜を抱きしめながら崇に礼を言う。
もう決して離さないと言わんばかりの姿に、崇は笑顔で答える。
「ああ。じゃあ、また明日な」
そう言い残して、崇は2人の部屋を後にした。




