バレンタインの思い出
今年も桜の季節がやって来た。
……やって来てしまった。
家の裏にある桜の木も、ゆっくりとだがその蕾を膨らませ始めている。
(…………。)
ふと思いついた私は、その木の下にやって来た。
その桜を見るといつも思い出す。
私にもあった、青い春のことを。
(あの時に「もしも」があれば、何か変わったんだろうか。)
◇◆◇◆◇◆
「うわっ、寒いな……。」
朝起きて、リビングへ行こうと立ち上がると、足元が冷たい。
今日も順調に冷え込んでいるみたいだ。
もう一度ベッドに潜り込みたい気持ちを抑えて、いそいそと制服に着替える。
今はもう2月。
この制服を着る日も終わりに近づいているんだ。
「いってきまーす。」
リビングにいる両親に聞こえるように言ってから、家を出る。
途端に、外の冷たい風が襲いかかって来た。
「うぅー……、早く暖かくならないかな……。」
暖かくなれば、卒業して今の生活も変わることになる。
わかっていても、そう思ってしまう。
(今年が最後か……。)
カバンの中にある、一つの包みを思いながら歩く。
先週から試作をして、ようやくできた贈り物。
義理でも、最後ぐらいは渡してあげよう、と用意したチョコレート。
そいつの顔を頭に描いて、少し心が暖かくなった。
◇◆◇◆◇◆
「これ、僕に……?うわー、ありがとう。」
廊下の隅。
他には誰も来ないような場所でする声。
手には……チョコレート。
そのチョコレートを受け取って、笑顔を見せる。
その顔は本当に嬉しそうで。
「喜んでもらえてよかったです、先輩。」
そして、その前には後輩の女の子。
なんとも間の悪いことに、私は他人がチョコを渡す瞬間に遭遇してしまったのだ。
そういえば、彼はそこそこモテるのだと、友達が言っていたっけ。
今更のようにそれを思い出す。
(後でもいっか……。)
カバンから出す前でよかった。
義理だし、別に今急ぐこともない。
そう思って、自分の教室へ向かう。
なんだか心の中がモヤモヤした。
◇◆◇◆◇◆
昼休み。
授業中、心の中がずっとモヤモヤしていた。
原因は分かっている、というか一つしかない。
さっさと渡して楽になろう、と席を立つ。
別に、知らない仲ではない。
むしろ世間では幼馴染と呼ばれるものだろう。
何も気にせず、渡してしまえばいいのだ。
誰かからもらっていようが知った事ではない。
「泉く……。」
「おーい、泉。いるか?」
私の声にかぶせるように、先生の声が響いた。
かれは 私をチラッと見てから先生に向き直る。
「ちょっと手伝って欲しいことがある、職員室まで来てくれ。」
「はーい。……ごめん、山中さん。後でもいい?」
「あ……、うん。」
「ごめんね。」
申し訳なさそうに謝ってから、彼、泉ヒロくんは、先生の後を追って教室から出て行った。
まったく。
今日はなんとも間の悪い。
さすがに放課後には渡せるだろう。
◇◆◇◆◇◆
そして、放課後。
どうも悪いことは重なるようで。
今度は私が先生に呼ばれたり、彼のもとへバイトの連絡が舞い込み、急いで帰ってしまったり。
結局渡せないまま、私は自宅への道を歩いていた。
(もう、別にいいかな……。)
そもそもが義理なのだ。
別に無理してまで渡す必要もない。
そう思ったところで、別の思いが湧き上がって来た。
(せっかく作ったんだけどな……。)
買いに行く勇気がなかった私は、自宅でこっそりと作った。
すごく上手いわけでもないけど、そこまで不味くもない。
そんな無難なものだけど、せっかく作ったものを渡せないと悲しいらしい。
「あれ、山中さん……?」
下を向いて歩いていたからか、前から声がかかるまで気づかなかった。
顔を上げると、目の前には泉くん。
「って、どうしたの!?なにか悲しい事でも?」
「え……?」
一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
ポタタ……。
手のひらに突然の水。
雨でも降って来たのだろうか。
(…………?)
上を見上げても空は晴れている。
夕焼けもきれい。
「山中さん、泣いてるよ。」
「え……?」
そう言われてやっと、自分の目が濡れていることに気づく。
「あっ!」
途端に何も考えられなくなる。
恥ずかしさで顔が赤く染まった。
「な、なんでもない!」
とっさに手で隠して、言葉を作る。
抑えた目に力を込めると、なんとか涙は止まってくれた。
「ちょっと、目にゴミが入ったみたい……。」
「そ、そう……?ならいいけど……。あ、そういえば学校で何か言いかけてたよね?なんだったの?」
なおも心配なのか、言いながら近づいてくる。
なんだか恥ずかしくなって、私は顔を伏せる。
さっきから、顔は熱くなる一方だ。
「……もう、大丈夫になった。解決しちゃった。」
チラリと視線を上げて、彼の目を見る。
その顔が少し不満げに見えたのは、私の気のせいだろうか。
「それよりも泉くん、急いでるんじゃないの?確かバイトだって……。」
「あ、うん。ちょっと家に忘れ物をね。……うわ、結構経っちゃった。」
腕時計をチラリとみて、慌てる泉くん。
「なんどもごめん、山中さん。ちょっと急ぐから、もう行くね。」
こちらに向かって走ってくる泉くん。
彼がちょうど真横を通り過ぎる瞬間、パニックになっていて忘れていた事をようやく思い出す。
チョコレート。
「まっ……。」
振り返って呼び止めかけて、やめる。
義理だし、今じゃなくても。
今渡せば、邪魔になる。
そんな考えが言葉を止める。
曲がり角に差し掛かった泉くん。
そこを曲がれば、もう声は届かなくなる。
今でなければ、今日渡すこともできなくなる。
(どうしよう……。)
悩んだ私は結局。
そのまま泉くんを見送ってしまった。
彼の背中はすぐに見えなくなった。
見えなくなってしまった。
◇◆◇◆◇◆
「もうすぐ咲くのかな……。」
思い出していたのは、高校の2月。
あの時も確か、気の早い桜が蕾をつけ始めていた。
「いたいた、探したよ。」
木の幹に手をついて、昔を思い出していると、後ろから声が。
「家に行ったら、もう出た、なんて言われたから焦ったよ。」
「あー、ごめん。」
やって来たのは。
「泉くん。」
「ん?ふふ、懐かしい呼び方だね、山中さん。」
◇◆◇◆◇◆
「待って!!」
見えなくなる背中を眺めて、胸が苦しくなった。
理由なんてわからない。
それでも、走らずにはいられない。
「泉くん!!」
曲がり角を曲がりながら大声で叫ぶ。
「え!?山中さん?」
驚いて振り向いた泉くんに駆け寄って。
そして。
「これ!あげる!!」
「え、これって……。」
「義理!」
息を整える暇もなく、カバンから出した包みを突きつける。
目を閉じて、必死になって渡そうとする私に、泉くんは戸惑ったのか、しばらく固まっていたけど。
「ありがとう。嬉しいよ。」
そう言って受け取ってくれる。
渡した瞬間。
なんとも言えない幸福感が身を包む。
渡せた、やっと。
それだけのことに舞い上がってしまう。
そっと目を開ければ、彼の嬉しそうな顔。
その顔も、私をそんな気持ちにさせていた。
「じゃ、じゃあまたね……。」
そこまで思ってから、突然恥ずかしさが戻って来て。
慌てた私は、落としてしまっていたカバンを拾い上げて、急いでその場を離れた。
それでも、顔が若干にやけてしまうのは止められなかったのだけど。
◇◆◇◆◇◆
「それで、どうしてこんなところに?」
「んー、昔の自分思い出して褒めてた。あの時は頑張ったなって。」
「あの時?……あぁ、バレンタインか。あの時は今年も貰えないとばかり思ってたよ。」
あの後、ホワイトデーで泉くん、ヒロくんはお返しをくれた。
「好きだ。」なんて告白付きで。
「そういえば、あの時。手に何か持ってたよね?あれなんだったの?」
思い出してにやにやしてしまう私に、ヒロくんが尋ねてくる。
「あー、えっと、あれは……。」
チョコレートを渡す時に、反対の手で持っていた手紙。
大きく「義理!」と書かれたその手紙は、未だに家に置いてある。
一緒に渡そうと思っていたのだが、渡し損ねたのだ。
後から渡すのも違うので、結局家に置いてある。
「内緒!」
その手紙は時々取り出して、家でこっそり眺めるのだ。
それは、私が一歩を踏み出した証なのだから。
こんばんは、Whoです。
別の人に描いてもらったイラストを元に、ボクがストーリーをつける、思いつき企画。
その第1弾です。
今回はリアルの知り合いにお願いしましたが、今後はいろんな人と絡んでみたいので、もし「描いてもいいよ」という方がいれば、感想欄でも、Twitterでもいいのでご一報ください。
最後に
イラストを描いてくれたspikeくん。
楽しかったのでもしよければまたやりましょー。
ではでは。
みなさんにいい思い出がありますように。