私と冬と大きらいな彼
アメーバブログのコミュニティに参加していたときに書いたお題小説です。
「冬」「超能力」「蛇」より、1つ以上の単語を使用するというお題で、3つ全部のお題を使用しました。
※自サイトより転載
「寒いなぁ……」
はーっと吐いた息が白くなる。まあ、それも冬だから当たり前なのだけれど。
それにしても、シタッパというのは、あんまりな立場だ。そして上司も上司だ。よりによってこの冬一番の寒さと言われているこの日に、外へ使いに出すなんて。
「これじゃあ、凍え死んじゃうわよ!」
ありったけの不満を込めてそう叫んでみたが、冷え切った寒空に私の声だけが虚しく響くだけだった。
「はぁ……」
こうなったら早く終わらせて帰ろう、と仕方なく足を進める。
数分後、私が買い物を終えてオフィスに戻ると、使いを言い渡した張本人――そして私の大っきらいな人物である鬼上司が、無駄に整った顔をしかめて仁王立ちしていた。
「遅かったな」
「すみませんでしたっ!」
彼の反応は、いつものことだ。私は今更隠す気もなく、不満をあらわにして乱暴に買い物袋を置いた。
「どれ、頼んだものはちゃんと買ってきたんだろうな」
机の上の袋を覗きこみながら、上司は意地悪っぽく言う。間違いない、彼は私をからかって楽しんでいる。
はっとして自分の席に戻ろうとすると、ふいに私の手が温かい何かに触れた。
「やるよ」
「え?」
思わず振り向くと、鬼上司が缶入りの甘酒を手にしてうつむいていた。彼にしては珍しく、白い頬に若干赤みがさしている。
もしかしたらこれは、寒い中使いに出た私への、彼なりの気遣い……なのかもしれない。その気遣いは、不器用ながらも優しくて、あったかかった。
「やるって……これ、私が買ってきたやつじゃないですか!」
何とも可愛くない言葉だが、いつもと変わらない私の反応に、上司の方も、いつも通りの笑みを見せた。
「でも頼んだのは俺だ」
「どういう意味ですかっ!」
すっかりいつもの調子に戻った上司を見ていると安心するが、それとは反対に、少し寂しくも感じてしまう。もし、私があのとき、もう少し素直になれていたら。
「分かんねえかな……。お前がコレ要るだろうと思って頼んでおいたんだよ」
「そんなこと、ひとことも言ってません!」
ぐいっと缶を突き返す私の手を押し返して、彼はぶっきら棒に言う。
「でも貰っとけ。安心しろ、見返りとか要求するつもりねえから」
「分かってますっ!」
むしろ要求されたら困ります、と言いかけて、彼とのあいだに何もないことに残念がっている自分に気付いた。何よ、それ。私が片想いのティーンエイジャーみたいじゃない。
でもそれで、ようやく気付いた。私、彼のことが好きなんだ。無駄に顔だけ整ってるような、意地悪な鬼上司だけど、それでも彼のことが好きなんだ。
急に照れくさくなって顔をそらした私に、上司がぽつりと呟く。
「……俺だって、たまには部下を気遣うことぐらいするよ」
「え?」
私が振り向くと、今度は上司が視線をそらす。また頬が赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。
「……あったかいモンでも飲んで、体、冷やさないようにしろよ。外、寒かったろ」
こんな上司、初めてだった。この人、こんな一面もあるんだ。
「は……い」
声がかすれる。次の言葉が見つからない。気まずい沈黙が、私達を包んだ。
――何か言って。
そう思ったとき、彼がゆっくりと口を開いた。
「お前、俺のこと『イヤな上司』だと思ってたろ」
その言葉は、私の胸にズキリと刺さった。今はそんな風に思っていないはずなのに、どうしてだろう。
それでも、彼は真顔のまま、言葉を続ける。
「分かるんだよ、お前の考えてることは――だって俺、超能力者だから」
「はぁ?」
気まずい空気が、一瞬にして崩れた。だって、彼が真顔でおかしなこと言い出すもんだから。この人何言ってんだろう、と思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
途端に、彼が私を振り向いて安心したように微笑む。
「よかった。元気になったみたいだな」
「へっ?」
一瞬、何が起こったのか分からなくて、目をパチクリさせた。で、しばらくして、彼は彼なりに私の不安を取り除こうとしてくれていたのだと気づく。もしかして、私、ちょっとは彼に期待してもいいのかな。
けれどそんな淡い期待は、その彼によって、あっけなく崩された。
「バーカ、本気なわけねえだろ」
あの微笑んだ顔はどこへやら。彼は一瞬のうちに、いつもの『鬼上司の顔』に戻って、イタズラっぽく舌を出した。その姿は、獲物を飲み込んでさっさと去っていく蛇のようだった。
前言撤回。やっぱりこの人、意地悪です。
初出:2013年1月12日