~映画館編~
好きなもの(こと)なのに、拒否反応が出てしまう。これほど辛いことはございません……。
苦手その2 「映画館」
趣味は何ですか?と質問されたら、迷わず「映画鑑賞です」と答えるくらい私は映画が好きである。レンタルショップの新作リリース情報は定期的にチェックするし、映画本編の前か後に入っている"新作情報"の告知映像も早送りやスキップはせずにしっかりと観て、そこから気になった作品はメモ用紙に書き留めてあるわけです。
年末年始やGWといった長期休暇が可能な期間は、食料と飲料を買い込んでおいて、トイレと風呂場への移動以外は六畳間のテレビの前から動くことなく、部屋から一歩も出ないで過ごし、気付けば空いたペットボトルが散乱し、灰皿は剣山と化し、屑籠からはゴミが溢れ、カップ麺の容器と冷凍食品の空容器が積まれ、それらから何だか妙な臭いが漂い……。たったの数日で自分の部屋がゴミ屋敷となり、連休は今日で最後、さぁ明日から仕事だぞ、となってやっと現実世界に戻り、悲惨な自室の現状を目の当たりにしつつ「犯行は私によって行われた」なんて独り言を呟きながら掃除をし「現実は辛いなぁ」と勝手に傷心しながらゴミ袋を持って部屋を出る……なんてことがざらにあるわけです。
作中の登場人物に感情移入して泣き、怒り、悪役を憎み。果ては屈強な主人公に感化されて電柱を殴った結果、右手小指の骨を折ってみたり、恋愛映画を観て脳内が恋愛モードになって一人で勝手に浮かれてみたり、動物映画を観て飼えもしないくせにペットショップに足を運んでみたり……等々、映画が私にもたらす影響は多大である。
痛い話?それは重々承知しております。
そんな映画を愛してやまない私に、映画なくして自分史は語れず、な私に、致命的な欠陥がございます。
それは映画館が苦手だということ。
矛盾してる?これも重々承知しております。
そりゃあ気になる映画だったり好きな俳優さんが主演の映画は公開されたらすぐ観たい。けれど、本当に映画館が苦手なのです。子供の頃は全く問題なかったのだけれど、成人を過ぎた頃に突如発症した、いわば"映画館恐怖症"これが私を苦しめるのである。
大型スクリーンに映し出される迫力ある映像と重厚感のあるサウンドを体感する。これが映画館の魅力。しかし……この魅力が私にとっては苦痛なわけですよ。大画面の中でアグレッシブに動く人物、動物、背景と大型スピーカーから放出される大音量によって私の三半規管は混乱し、眩暈と吐き気を催してしまう。とあるSF映画を観に行った際、上映開始ものの二十分で胃の中から込み上げてくる酸っぱいものに耐え切れず、ふらふらと座席から立ち上がり、おぼつかない足取りで辿り着いたトイレの便器を抱きしめて派手に嘔吐した。
続いては匂い(臭い)。突然私を襲ったSF映画嘔吐事件以来、映画館に対する恐怖心が芽生えていたけれど、どうしても観たいアニメ映画があったのです。もしかして実写映画が駄目だったのかも、体調が優れなかっただけ、という可能性もあるしアニメなら大丈夫かもしれない。その希望に懸けて再び映画館へ出向いた私。
前評判もさることながら、老若男女問わずファンの多い制作会社の作品。平日昼間なのに満員御礼なり。映画館という密室に近い空間って、五感が鋭くなると思う。その日の私、妙に嗅覚が冴えわたっていて、前の座席に座った長身痩躯の学生さん(だと思う)の整髪料の匂いが妙に気になる。シトラスの香りなのだろうけど、おりしも夏。汗の匂いと混じって異臭となり、それが空調の風に混じって私の鼻腔を攻撃してくる。隣に座った40代と思しき淑女2名、女子会がてら映画鑑賞に来たのでしょうか、メイクが濃くて、気合が入ってました。その淑女二名の化粧品と香水の甘い匂いが混ざり合って、これまた異臭となって私の鼻腔をさらに攻撃してきて。手の甲で鼻を覆い、映画に集中しようと頑張るのだけれど──半分も観ないうちにまたしてもトイレの便器を抱いて嘔吐している私。
これが嘔吐二度めですよ。私は嘔吐しながら泣きました。情けなくて、やるせなくて、切なくて、悔しくて。
あとは、暗さ。映画館って、当たり前ですが暗いじゃないですか?私、自分の部屋で映画を観るときは蛍光灯を点けて観ます。雰囲気は大事ね、とホラー映画をレンタルして蛍光灯を消して観ていたら、背後に人が立っている気配を感じて以来、蛍光灯は必須です。何だったんでしょうか、あの背中を凝視されている恐ろしい感覚。もしかしたら霊感があるのかもしれません。
その暗い映画館での出来事。広いのは充分分っているのだけれど、レイトショーを観に行った際に事件は起こる。お客さんの少ないレイトショーなら匂いも気にならないだろうし、最後尾に近い座席なら三半規管の混乱もないだろう、一縷の望みを持って、三度めの正直、と映画館に行きました。がしかし。段々と両側の黒い壁が私に迫ってくる感覚に襲われまして、もしかしたらこのまま自分は両側の壁に潰されてしまうのでは?という恐怖感でとても映画に集中できたもんじゃない。そして私、あまりの恐怖に逃げ出してしまったわけです。混みあっていたときには感じなかったこの感覚。非常に恐ろしかった。このとき上映されていたのはコメディー映画だったので"いないはずの人"がいたわけではない、と信じたい。この黒い両壁接近の恐怖があって以降、映画館へは足を運んでおりません。
二回の嘔吐と黒い両壁接近逃亡の際に上映されていた映画、レンタルリリースはされましたが、観ていません。負けを認めてしまった気がするわけです。我ながら性根が曲がっているなと思います。
──それでも。
やっぱり私は映画が好きだし、ほとんど愛していると言っても過言ではないので、友人に相談したわけです。映画館恐怖症と言うか、コンプレックスを克服できないだろうか?と。
友人はシンプルな回答を直球で返してくれました。
「苦手は苦手なんだから無理して映画館行かなくてもいいじゃないか」と。ごもっともです。私は食い下がります。「もし将来私に恋人ができたとして、映画館デートに誘われたら断れないじゃないか」と。すると「そういう部分を認めてくれる相手こそが恋人なわけで、そもそも君(私)の映画館恐怖症とは別問題だ」と。あまりにまともで、正確で、返す言葉もない友人の助言に屈した私は以降、映画大好きな映画館嫌いを貫くことにしております。
──それでも。
克服できるものなら克服したい。あぁ、これ上映中なんだ、観たいなぁ……でも入れないんだよなぁ……。横目で上映中作品のポスターを眺めつつ映画館の横を素通りして歩く私の心中はさながら、大切なものを無くし、傷心した映画の登場人物なのである。
(次の苦手に続く)
三半規管のトレーニングって、どうやるんでしょうか……?