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茶の湯のこころ

作者: 日比野庵

 茶の湯のこころに、利休七則と和敬清寂(わけいせいじゃく)というのがある。


 利休七則は「花は野にあるように」で有名な心得。



 茶は服のよきように、炭は湯の沸くように、夏は涼しく冬は暖かに、花は野にあるように、刻限は早めに、降らずとも雨の用意、相客に心せよ。



「茶は服のよきように」とは、お茶は心をこめて、おいしく点てましょうという主客の心の一体感を指す。


「炭は湯の沸くように」とは、湯がよく沸くための、上手な炭のつぎ方があるけれど、形式だけでのみこんだのでは火はつかない。本質を見極める重要性を説く。


「夏は涼しく、冬は暖かに」とは、季節感をもって、自然の中に自分をとけこませるような工夫のこと。


「花は野にあるように」とは、いのちを尊ぶこと。野に咲く花の美しさと自然から与えられたいのちの尊さを盛りこもうとする気持ち。


「刻限は早めに」とは、時間はゆとりを持つことで、自分の時間も他人の時間も尊重すること。


「降らずとも雨の用意」とは、どんなときにも落ち着いて適切に場に応じられる自由で素直な心を持つための用意。


「相客に心せよ」とは、正客も末客も、おたがいを尊重しあい、楽しいひとときを過ごしていただく気遣い。


 和敬清寂(わけいせいじゃく)とは茶の心。


「和」とは、お互いに心を開いて仲良くすること。

「敬」とは、お互いに敬いあうこと。

「清」とは、清らかさ。目に見えるだけでなく、心の中も清らかであること。

「寂」とは、どんなときにも動じない心。



 利休七則も和敬清寂も、その身そのままで、美しくやすらいだ心のなかにある幸福感を共有して、もてなす心を説いている。作為は入れない。そんなのは野暮ったい。


 華美な装飾を捨て、虚飾を去り、自らを自然の一部にまで溶け込ませることで初めて、生きとし生けるもの全ての命が見えてくる、それがわびさびの心のようにも思える。自らを飾る心の中には自分しかいない。他の命が見えない。虚飾を去るからこそ、自らの心の姿が顕わになる。心の美しさが映し出される。


 利休の凄さは、戦乱の世にあって、命の尊さを世に示したこと。虚飾を去ることで、自然や命そのものを浮かび上がらせ、「わび茶」とて形式化して完成させた。


 戦乱の世であるからこそ、全ての存在を愛で、慈しみ、命を見つめ、平静で清らかな心が何よりの幸福であることを示したのではないか。


 茶のもてなしの源泉は、自然でやすらいだ心のうちにある幸福感。すべての生きとし生けるものを愛で、慈しむ心。そこには、存在そのものが美しいとする日本人独特の感性と悟性が息づく。



 日本人は、美しさというものを形だけではなくて、存在や命そのものにも美しさを見出している。


 存在そのものが美しいという感性は、たとえ滅びゆくものであったとしても、そこに宿る命の輝き、生きようとする生命力をも、美しさの一部として捉えることから生まれるように思う。姿かたちが変わっても、それだけで美がなくなるわけじゃない。


 だから、たとえ形が崩れているものであっても、そこに命が込められていれば、生きようとする意思を感じ、そして命のかがやきを見ることができる。



 ◇◇◇



 偽書とされる『南方録』では、新古今集の家隆の歌


「花をのみまつらん人にやまざとのゆきまの草の春をみせばや」


 を利休の茶の心髄としている。


 虚飾を去ることで、生きとし生けるもの全ての命を慈しむ心。


 利休ならば、一寸の虫が、たとえ足一本がもげてなくなっても生きる姿に、命の輝きと美しさをみるのではないかと思う。


 わび・さびは辞書的には、質素であるとか、枯れた味わいだとか説明されているけれど、そんなのは、虚飾を去るための方法論。


 人は裸で生まれ、裸で死んでゆく。しかし、俗世を生きるうちに、身にも、心にも、飾りをつけてゆく。それが、目を曇らせ、命の輝きを見れなくし、美しさを失う。


 だから、自らを質素にし、簡素にすることで、虚飾を去り、身も所為も心も清らかにして初めて本来の美しさを自覚する。自分にも世界にも。


 その気持ちが、冒頭で示した、家隆の歌に繋がると思う。


 なんとなれば茶の湯とは、生命の輝きをみるための、ひとつの作法ともいえるのかもしれない。


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