8時間目
「だめよ、あなたキャストに載ってないじゃない」
本棟から少し離れた講堂の正門にて、美稀は関係者チェックに引っかかっていました。
「これから載るんや。ほらこれ見てみ」
対する美稀は、号外記事の『団員まだまだ募集中!』の部分をひたすら叩きます。
「ふうん、でも証拠がないわ。秋蘭さまが来てからにしてちょうだい」
『SMAF』と印字された腕章は、秋蘭親衛隊の証です。正門のど真ん前で仁王立ちしている彼女も、その左にいる彼女も右にいる彼女も、腕章をつけているからには秋蘭親衛隊に違いありません。
「はは~ん、わかったぞ女尾咲子」
美稀は、先ほどから埒の明かない言いあいをしている相手をにやにやしながら見ました。
「あたしが秋蘭と一番親しいからって嫉妬してるんやろ。ふっ、『親』衛隊より親しいなんてそりゃ悔しいよな、嗚呼ぁなんて哀れな親衛隊御一行様」
目の中に一等星を輝かせながら、美稀は精いっぱい哀れさを演出しています。
「……」
無表情で立ち尽くす親衛隊御一行様。
「ふ、ふはははは!あまりのドンピシャ発言に言葉も出ぬか!ふはは!」
「オホン。私たちの緻密なデータによると、秋蘭さまと最も近しいお方は政岡明菜さんなんだけど」
「え゛」
咲子ちゃんから軽い言葉のパンチ入りましたー。
「その次は山内禾、その次は黒崎桃、次いで春日浦みちると神ノ崎かおるが同率四位」
「なぬ゛」
同じく親衛隊の愛ちゃんからローキック入りましたー。
「そして……隊長、在寺院隆也のポジショニングに関してはどのような見解をお持ちですか?」
「その問題は未解決よ、風花」
「了解。……といいますか、あなたランク外ですわよ」
「ずこーん!」
カンカンカーン!KOいわゆるノックアウト!風香ちゃん、言葉遣いとは違って言ってることがキツいです。
「ってゆうか笹城美稀って誰なの、愛」
「聞いたことないですね」
「ぐはっ」
もう精神に語りかけるダメージです。
「そ……その『緻密』なデータ、絶対何かがおかしいぞ!」
びしっ!と親衛隊三人を指差して美稀が吠えます。確かに、秋蘭ちゃんの相方なのにねぇ。さすが翠園若のスパイと称された黒い影。
「黒い影言うなー!」
「皆さーーん」
お、何やら本棟の方からうさぎみたいな生き物が駆けてきますよ。
「うさぎじゃない!あれに見えるは迫毬萠!彼女ならあたしの名を、笹城美稀の名を知ってるはずどわっがぁぁっ」
ずしゃー。いやぁ、毬萠ちゃんのタックルって結構威力あるんだね、うさぎだからってなめちゃだめだね、美稀ちゃん絶対どっか擦りむいたよね。
「み、皆さんに……み、皆さんに……!」
一方毬萠ちゃんの方は、鬼気迫る表情で……あ、これ『さこる』じゃないですよ『せまる』ですよ、やだな~いくら迫毬萠だからって
「どうしたの毬萠、落ち着きなさい」
「そうよ、毬萠」
「毬萠ちゃん、深呼吸なさって」
「は、はい!吸ぅーー」
今息吸ってます……吸ってます……そしてそのまま全ての息を言葉に変えます!
「あきらさまがさらわれましたーー!!」
ばさばさばさっ――鳥たちが一斉に飛び立ちました。
「……」
しばしの沈黙があって、
「何ですってーーー!!?×3」
ばさばさばさっ――鳥たち第二軍が飛び立ちました。って何だそら。
「詳しいことは移動しながら聞くわ!みんな、秋蘭さまを追うわよ!」
「はいっ隊長!×3」
秋蘭さま~――親衛隊(フルメンバー)は、愛しの秋蘭さまを救出しに行きました、めでたしめでたし。
「う~ん♪めでたしめでたしぃ♪」
1mくらい砂地で体を引きずった傷だらけの笹ジョーさんは、ルンルン気分でやっとこさ起き上がりました。
「さ~邪魔者はいなくなったわ~♪心おきなく伶さまとの甘いひと時を……」
ぱんぱんと服をはたいて、ぷっぷっと傷口を唾で消毒して、彼女は講堂の門前にたどり着きます。
「甘いひと時を過ごすための扉」
そして大きな扉に手を添えます。
「オ~プン~♪――ん?」
体重をかけて押しましたが、びくともしませんでした。
「ふふ♪押してダメなら引いてみな~♪あら~?♪」
体重をかけて引いてみましたが、びくともしませんでした。
「うふ、うふふふ、ふははははは♪」
無邪気に笑う笹城さん。
「って鍵かかっとるんかいーーー!!!!」
ばさばさばさっ――うむ、君たちは第三軍だね、名もない鳥たちよ。
「み……みっし……密室って……二人の邪魔できへんやん……」
いや練習のために来たんちゃうんかい。動機が不純すぎるぞ動機がぁ。
「うぅ……終わった……」
うーんそれはどうかなあ。まだ中にいるのが二人だけって決まった訳じゃないしぃ。
「あ……あの……りりりくりくりりりりく」
「ああ、伶でいいよ、黒崎さん」
バスケットボールのコートが四面ある広さに、正面には深紅の幕が垂れている舞台が設営されている講堂にて。
「秋蘭遅いなあ。練習するにしても、二人だけじゃあねっ」
あ、やっぱり二人だった。美稀ちゃん南無。大丈夫、君の場合始まってないから終わりも来ない。
「酷いなあ」
その講堂のちょうど真ん中で、伶が呟きました。
「自分から誘っといて来ないなんて。もう二十分も待ったのにね」
「う……うん……そうだね」
二人はお互いに台本を持ちながら突っ立っていました。今はまだ秋と言えど、暖房のかかっていない講堂の中は予想以上に冷えます。桃はベージュのトレンチコートをがっつり羽織っているし、伶も我慢できずに、ブラウンのニット生地のアウターを今身につけました。
「冷える……ね。もう今日は練習ないのかな、秋蘭って忙しい人だし何か急用ができたのかも」
「黒崎さん、急いでるの?」
「え?ああ、いや、そうゆう訳じゃないんだけど、何てゆうかあ、ああの、あの恥ずかしいとゆうか、その」
「え?恥ずかしい?」
「あああ、ええっと、そうそう、立ちっぱなしだし疲れちゃうよねへへへ~」
「あ、そうだね。……ちょっと待ってて」
伶は舞台に向ってダッシュ。そして舞台の下の収納庫を引き出します。
「あったあった。うーん……?」
大きな何かを担いで帰って来た伶くん。
「うーん、これしか無くってさ。……長椅子でもいい?」
「えっ」
伶が持ってきたのは、頑張れば大人四人が座れる背もたれのついた長椅子でした。
「ご、ごめんなさい、私そういうつもりで言った訳じゃ」
「えへ、いいのいいの、ボクも座りたかったし。どうぞ」
「あ、ありがとう、りりりりょりりりょ」
「あはは、何て呼んでくれてもいいよ」
二人は組み立てた長椅子に座りました。頑張れば大人二人が座れる程の間隔を空けて座りました。
「うーん、ボクは何て呼んだらいいかなあ?ずっと黒崎さんってのも他人行儀だよね」
「え?ああ、いや、私は何でもいいです、ホント何でも」
「そう?じゃあ桃……って呼ぶ?」
「えええ!?も……もも……ももも?」
「あはは、黒崎さんは面白い人だね」
伶は笑いながら首をひょこっと傾げます。
「じゃあ桃ちゃんにしよう!そしてボクのことも伶ちゃんって呼んで」
桃は俯いていた顔をふと上げました。
「二人で一緒なら、呼ぶ勇気も出るでしょ?」
「っ……」
桃の顔は桃色を通り越してりんごのように真っ赤になりました。
「りょっりょっりょっりょっ」
「え、ええ?だ、大丈夫?桃ちゃん?」
「伶ちゃん~……」
ぽてっと、桃は椅子からずり落ちました。
「さ……最後の力を振り絞って名前を呼んでくれた……?」
※これは最後の力の誤った使い方です。よい子は真似しないように。