6時間目
「んえ?あたしじゃないと何があかんのん?」
秋蘭が美稀の呟きを聞いて問いかけました。
「え?えへへへ、それは~」
美稀は今までの態度一変、右手で『の』の字なんか書きながら、
「秋って言えば~やっぱほらあの季節でしょ~」
言えば後を繋げと言わんばかりに、秋蘭に流し目を向けます。
「あ?秋と言えばって、食欲の秋……とか?」
「じゃなくて、もっとあるでしょもっと♪」
「秋と言えばやっぱり秋蘭でしょ!」
「ははは、こいつ~」
秋蘭が明菜を小突いてみたりして。
「こら!そこいちゃつかない!」
「顔が鬼の様よ、美稀。ほんと気分にムラがあるんだから」
「乙女心と秋の空ですな!」
「んー、明菜、それはちょっと意味が違うような……」
「やっぱり秋と言えば、紅茶よね~」
「いや、それは禾だけのような……ってゆうか年がら年中やし……」
「もう!秋と言えば文化祭でしょうが!」
いつまで経っても欲しい答えが出ない美稀が、しびれを切らして立ち上がりました。
「文化祭でヒロインを演じる私が、王子様を演じる六神伶と恋に落ちる……そしてそれは現実となって、二人は本物の恋人になるのよ……!つまり、秋は恋愛の季節なのよ……!!」
一拍の沈黙があって、
「はいはーい、美稀とかけましてー」
「はいよ、明菜さん」
「私の秋蘭への気持ちと説きます」
「おっ、してその心は?」
「『あき』が来ない」
ぷちっ。美稀の中の何かが切れました。
「ちょっとぉ!あたしに秋が来ぇへんってどういう意味やねん!!」
「うふふふふ、さすが落語家政岡明菜、クッション一枚♪」
「いぇーい!遠慮なくもらいまーす!」
「いや、それあたしのやし」
「こらぁぁぁ!!何無視しとるかー!!笑い事ちゃうぞ禾ぅぅぅ!!」
がちゃ、
「秋蘭、寮はペット禁止やぞ。いつから怪物飼ってるんや」
いきなり部屋のドアを開けて、みちるが開口一番そう言いました。
「誰が怪物じゃボケー!」
「自覚はあるんだな」
みちるに続いてかおるが部屋に入るなりそう言いました。
「あ……あのー、お邪魔します」
そのかおるの後ろから、ぴょこっと顔を覗かせて桃が言いました。
「うん、みんな、ものすっごい、邪魔」
秋蘭が、わらわら自分の部屋に入ってくる者も含め、全ての人物に向けて一言一言噛みしめました。
「ちょっとあんたら何しに来たんな?今取り込み中なんですけどー」
いくら秋蘭の部屋が二人部屋だと言えど、七人が入れば足の踏み場もない程です。そのまっただ中で、美稀が新入り三人に向かって地味な出て行けアピールを試みます。
「秋蘭、ちょっと頼みがある」
しかしみちるの前には、美稀の試みはかすりもしませんでした。ってゆうかたぶん気付いてさえいませんよ、この人。
「んえ?みちるもあっしになんか用かいな?」
「ちょっとみちるさん……!」
秋蘭に対峙するみちるの後ろ肩に、桃が思わず声を掛けました。
「なんかみんなとこうして紅茶を飲むの久しぶりね~」
「って紅茶飲んでんのはいっつもあんただけやー!」
美稀がここぞとばかりに、うっぷん晴らしのつっこみを禾に浴びせます。
「むう……私はシリアスな場面にちょっぴりコーヒーブレイクを入れたつもりだったのにぶつぶつぶつ……」
禾ちゃん、ちっちゃくなりました。
「みちるが秋蘭に何の用があるのかは知らんけど、まずはあたしが先や。なあ、秋蘭」
「ああ……まあ順番的にはそうなるのかな……?」
美稀の鋭い賛同を求める眼光に、秋蘭も困った顔で渋々頷きます。
「どっちの話を先に聞くかは秋蘭が決めることや。ほら、桃」
みちるは自分の後ろでちぢこまっている桃を、自分の前へと押しやります。
「え……で、でも私……」
「ん?みちるじゃなくて、桃が依頼主?どうしたん?」
「ちょいちょいちょいー!ナニ自然な流れでそっちの話を先聞こうとしてんのよー!」
美稀がすかさずつっこみます。
「怪物の相談よりも、小動物の相談の方を気にかけてしまうのが人間の性だ」
「なんじゃその性!?聞いたことも見たこともないわ!」
「おいかおる?それはワシも怪物の仲間ってことなんか……?」
「それは秋蘭に聞くべきだ」
「うぇ!?かおるって相当無責任!」
「秋蘭、そうなんか」
「ってゆうかあたしは最初から怪物決定か!?」
「あ……いやあ、あたしに聞かれてもははははは」
「もういいんです!!」
いきなり響いた桃の叫び。部屋中に沈黙が落ちます。
「もう私のことはいいんです……」
少し震える桃をみんなが見つめています。この時ばかりは一体どうしたものかと、美稀も何も言わずに事の成り行きを見守っています。
「みちるさんやかおるには悪いですけど……、私全然勇気とかないし……告白とかしたことないし……、きっと六神君と話せるチャンスが来たとしてもそこから」
「ぬわぁぁにぃぃぃぃー!!」
って全然事の成り行き見守ってねー!!『りくがみ』の言葉が出た瞬間鬼の形相で美稀が雄叫びました!ですから桃の言葉の後半は美稀の叫びと重なって教会音楽みたいになってました!ってそれ神への冒涜だけど!
「あらあら、六神君モテモテね♪――で、六神君って誰?」
ひゅ~~ん。笑顔で問うた禾の言葉に、どこからともなく枯葉が秋蘭の部屋を舞いました。
「あの……六神君ってゆうのは、今日翠園若学院に転入してきた人で……」
桃がもじもじしながらたどたどしく話し、
「桃がピアノの教え子に見に来てと言われて行った、彼女の中学校の文化祭で、」
「ゲストとして吹奏楽部の指揮を振っていた、将来有望な指揮者らしい」
その後を、みちる、そしてかおるが繋ぎました。
「ふーん、それで、一目惚れしたってこと?」
秋蘭の問いに、
「う……うん」
桃はこくりと頷きました。
「って……ことは……」
今まで大人しくしていた美稀が、多少青ざめた顔で呟きました。
「桃も、秋蘭に脚本を頼みに来た……ってこと?」
「え……その……それは」
「その通り」
桃の代わりにみちるがきっぱり言い切ります。
「それしか考えられへんやろ。秋蘭は毎年文化祭の、有志演劇の有名脚本家やねんから」






