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5時間目


「たぶんインテリアの一種ですね」

 黄色いクッションを破れんばかりに抱きしめながら明菜は言いました。

「なるほど。じゃあ明菜、あなたもインテリアの一種ということですね」

「そうなっちゃいまっすねーーい!」

 明菜は語尾の勢いで、黄色いクッションを美稀へと投げつけました。

「こぅらー!何で人に向かってなげるかー!」

「はははは!へ?甲羅がどうしたって?」

「甲羅って言ってないわー!『こらー!』って怒鳴ったの!」

「はいはいはいもうどうでもいいから、他人の部屋で暴れないで」

「もー、インテリアだなんて心外ねぇ~」

「じゃあヨークシャテリアやったらー?」

「ふふふ、明菜ったら」

「はいはいはい面白くて良かったねー他人の部屋で飲み散らかさないでねぇ~」

「散らかしてなんかないわよ、こんなにエレガントに飲んでるのに」

「ぱお~~~~ん」

「それはエレファント!」

「ふふふふふ」

「大喜利はもういいからねー早く本題に入ろうねー」

「ぱお~ん!ぱお~ん!」

「エレファント!エレファント!」

「ふふふふふ、ふふ」

「……」

かれこれ1時間くらいこんなやりとりを続けながら、秋蘭はもう彼女の部屋のインテリアと化した、例のジャイアニズム・ガールズと楽しいひと時を過ごしていました。

「まあ楽しいか楽しくないかで言ったら楽しいですけどね」

 優しさ溢れる秋蘭の言葉。普通の人の精神じゃこんなことは言えたもんじゃないね。

「えー何でそんなこと言うんですかー?私たちがいるのがそんなに精神的苦痛なんですかー」

「いや、誰もそんなことは言ってないやん」

「私たちって明菜、それには私も入っているの?」

「当たり前やろ」

「もう、そんな言い方しなくたっていいじゃない。美稀は口が悪いんだから」

「はいはい、すんませーん」

「もー、秋蘭どうにかしてよー」

「わかったから、とりあえず落ち着いて二人とも」

 秋蘭は立ち上がり、二人に手のひらを向けてなだめます。

「はい、じゃあいったん仕切り直し。今回集まった目的は何やった、美稀」

 部屋の中心にひとつだけあるソファーの前に立ち、秋蘭は地べたに座る美稀に向かって人さし指立てながら言いました。

「目的も何も!あたしがあんたを拷問にかける筋書きやのに、何仕切っちゃってくれてんのよ!」

「いや……あんたこの部屋に入ってから一度も本題に触れてないし……」

「それは……!」

 美稀は真向かいに座っている明菜をキッと見つめ、

「あたしが秋蘭の部屋に入るなりクッションを投げてくるヤツがおったからや」

「えー、それは一体誰ですか~?」

「いやあんたさっきも投げたやろ!」

美稀の激しいつっこみが響きます。

「ほらほらまた脱線するから……」

 秋蘭が肩をがっくり落としてうなだれます。

「ねぇねぇ、『拷問』って何の話?」

 秋蘭の気持ちを知ってか知らいでか、脱線を修復したのはソファーに座り紅茶をすする禾です。

「え……!秋蘭拷問されちゃうの……?」

 明菜がはっとした表情で、取りかけた黄色のクッションをぽとりと落として、子犬のような顔で秋蘭を見つめます。

「いや、その件につきましては私もよくわかっておりません」

 秋蘭は気を取り直して首を横に振ります。

「秋蘭にそんなことしちゃだめ!代わりに私を好きにしなさい!さあ!」

「いや、出来ればあなたとはあまり関わりたくないです」

 美稀が丁寧に断りました。

「っていうかこの件は秋蘭じゃないとあかんねん。どうしても秋蘭じゃないと」

 ちょっと怒ったような、それでいてはにかんだ様な表情で、美稀がぶつぶつ呟きました。


「はあ……」

 ほのかなピンクを基調とした部屋の中。

「ですよね……」

 呟いたのはベッドの上でうずくまる黒崎桃。

 翠園若学院本棟から少し離れた場所にある寮棟。その棟は翠園若学院外の敷地へ続く巨大な門を挟んで、一方に女子寮、他方に男子寮が直列しています。全校生徒約三百人のおおよそが、各寮棟で日々を送っていました。

「私なんかが将来のマエストロに恋なんて……ありえないですよね……」

 桃はゆっくりそっぽを向き、ベッドに面した壁に備え付けられている窓の外を眺めます。きっと部屋が明るければ、パステルカラーの小さな水玉を散らしたベッドシーツや、机の上にたくさんあるビーズの小さな動物たちが雰囲気を明るくしてくれるのでしょう。でも今は、窓から入る淡い黄昏色が全ての明かりです。

「桃」

 ぴくっ!と弾かれたように桃は立ち上がります。声は扉の外から聞こえました。

「かおる……?ちょっと待って、今開けるから」

 夜の戸締りは大切です。桃は寄宿してからずっとかけっぱなしだった鍵を開けました。

「……ふう」

 かおるは桃の顔を見るなり溜息をつきます。

「電気ぐらいつけた方がいい」

 ドアの横にある電灯のスイッチを押して、かおるはぱっと華やかな乙女の部屋へと踏み入りました。

「もう寝るつもりだったのか。まだ6時にもなっていない」

 かおるが机の椅子に腰をかけて言いました。

「ううん……」

 桃はドアを閉め、ベッドへと歩を進めてその上にちょこんと座りました。

「私……実は……その……」

「何故転入してくる前から知ってたんだ」

「え?」

 桃はまたまた弾かれたようにかおるを見上げました。

「“転入してくる前”って……かおる、六神君のこと言ってるんですか?」

「当たり前だ。他に誰がいる」

 対するかおるは無表情で、桃の方へと体を向けて座っています。

「私……実は……」

 桃はもじもじしながらかおるとフローリングに敷いた絨毯を交互に見つめ、

「六神君のこと……す…き……なんです」

「おう。で、何故転入してくる前から」

「えぇぇえぇ!?ちょっと、驚きとかないんですか!?めっちゃ無じゃないですか!」

 今までの暗い雰囲気ぶっとびで、桃はかおるに食らいつきます。

「何故驚くことがある?桃が六神伶を好きなことは一目瞭然だ」

「えぇ!じゃあみんなにばれてるんですか……?」

「さあ。まあ、保健室の紋先生にだけは確実に伝わっているな」

「うそぉ……」

「本当」

「で、何で転入してくる前に六神のことを知ってたんかって話や」

「それはそのってみ……みちるさんいつの間に!?」

 ドアの前にはいつからそこにいたのか、みちるがドアに背を預けて立っています。

「って!やっぱりみちるさんも……知ってるんですか?」

「隆也も知ってるよー」

「か…軽い……!」

 桃は驚愕の眼差しでみちるを見つめています。

「そうですか……もう皆さんご存じなんですね」

 桃は諦めたようにひとつ溜息をつくと、とつとつと語り始めました。

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