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1時間目

「そして、マンツーマンの教師に襲われそうになったみちるを、俺がすっぱマンの様に華麗に鮮やかに助け出し、そして二人は愛の接吻を交わすと」

「豊かな妄想力や」

「確かに。でもすっぱマンよりスーパーマンの方が見た目いいと思うで。その愛の接吻も酸味効いてそうやし」

「ははは、ほんとだね、秋蘭」

え゛、いつの間に!?――桃を除く一同が一斉に秋蘭を見ました。

「いや、ちょっと一時間目の教科書を桃に借りようと思ってね。お二人さんは持ってないやろうから」

 秋蘭の呆れ顔に、何食わぬ顔で、おうと答えるみちるとかおる。

「ちょっと三枚目王子、この俺を頼ってくれ給えよ」

 隆也が自分の胸をトンっと叩きます。

「いや~……ちょっと遠慮しとくわ」

「何故だ三枚目王子、何故なんだ」

「だって……」

秋蘭は過去に一度だけ、隆也の教科書を借りた時のことを思い出して言いました。

「隆也の教科書はあらゆる空白のスペースにみちる宛てのポエムが書いてあるから、授業に集中出来ないんです」

「はぁ!?」

 なまはげ化するみちるちゃん。

「わーごめんなさいごめんなさい」

頭を押さえる隆也君。

「おい、もう本ベル鳴ったぞ」

「えっ、嘘ー、かおる地獄耳やな」

 かおるは本から顔を上げ、難しい顔をして秋蘭を見ました。

「じゃあそういう訳で桃、『観客論』の教科書を貸してくれ」

「ですよねー……」

は?――秋蘭は差し出した手を脱力させました。

「あぁ、なんか今日桃調子悪いみたいやから、勝手に持って行き――はいよ」

「お、おう、さんきゅ」

秋蘭はみちるが勝手に桃の机から引き出した教科書を受け取りました。

「じゃ、またすぐ返しに来るわ」

そして秋蘭はそそくさと五組を後にします。

「さあて、あの塊はどうなったかな~」

「遅刻だー!ほら君も走って!」

うおっ!――秋蘭は五組の担任とぶつかってしまいました。

「あっ、すまんすまん、遅刻なんで急いでるんだ!」

「はー、私もそうですけど」

 しかし彼は秋蘭の言葉も聞かずに五組の教室へと駆け込みます。

「はじめまして」

「えっ、あぁはじめまして?」

秋蘭の前には、すらっとした長身に長い襟足の、まさに白馬の王子様のような穏やかな顔の美少年が握手を求めていました。秋蘭も慌てて手をとります。

「よろしくね」

 そのきれいに整った顔を微笑ませ、彼は首をひょこっと傾けました。

「あぁ、よろし……あっ!ごめん、教室帰らな!またね!」

 秋蘭はまたそそくさと走り出します。

「うん、またね。……あ、ちょっと、コレ……!」

 三組の教室からは、加々美遅いぞーという声が聞こえました。

(りく)(がみ)、そこに突っ立ってないで教室に入りなさい」

「あ、はい、先生」

 渡り廊下は既に誰もいません。窓から入る可愛い木漏れ日が、床を金色の水玉模様にあしらっています。ちょっと前の大騒ぎなんて嘘のように、今は静寂に包まれていました。

「こら!在寺院!お前のクラスはここではないと何べん言ったらわかるんだ!!早く自分のクラスに戻りなさい!!!」

「先生、何でそんなに服がぼろぼろなんですか……?」

静寂はすぐに戻りました。


「で、結局お前は何をしに行ったんや」

 授業が開始して間もなく、『観客論』の教科担任は完全に呆れていました。

「私は確かにこの授業の教科書を借りに行きましたが、確かにその教科書を何処かに忘れてきました」

 爽やか三組のクラスメイトはくすくすと笑い声を漏らしています。

「お前は何回忘れたら気が済むんや」

 短く無造作にあちこちへ毛先を伸ばした頭を掻きながら、『観客論』の教科担任兼三組担任の宇治之(うじの)(あき)()は教卓にうなだれました。口にはセクシーな不精髭があります。

「何回忘れても済みません」

「はあ?」

「いや、何回も忘れてすみません」

 自分の席で立ちながら、秋蘭は不本意なやりとりをしています。

「まあええわ。たぶん加々美は教科書というものに好かれん質なんやな。今日は他の人に読んでもらうとしよう。座りなさい」

 秋蘭は静かにイスを引いて座りました。

「ただ来週もお前に本読みを当てるから、その時も教科書を持ってなかった場合は」

 秋蘭はうんと顔をしかめました。

「俺と家業を継いでもらうからな」

 その言葉をきっかけにとうとう爽やか三組のみんなは一斉に笑い出しました。

「俺と名前も似てるし」「俺と名前も似てるし」

 秋蘭は机にうなだれました。

「あ?何か言ったか?」

「いえ、何も申しておりませぬ(そうろう)

「そうか、ならいいが。おい、お前ら笑うな、俺は本気なんだぞ。じゃあ楠、お前が本を読め」

 楠と呼ばれた男子生徒は、は~?何で俺なんだよと悪態を吐きながらのそのそと立ち上がりました。

「ほんっとに秋蘭はうじじに好かれてるよね~」

「ハハハ、コウエイデス」

 苦笑する秋蘭の右隣の机で、上体を秋蘭へ向けている女の子が言いました。

「次忘れたらホントに実家継がされちゃうよ?」

 彼女は栗色のウェーブがかかったふわふわヘアーをひょこひょこさせて笑います。

「うん。ってゆうかあいつの実家って何してんねん」

 秋蘭が彼の実家を継ぐには、あまりにも情報が無さ過ぎました。

「大丈夫っ、もし忘れたらあたしに言ってね、貸してあげるっ」

「おう、ありがとう、毬萠(まりも)」 

 毬萠と呼ばれた彼女は、果てしなく幼い顔を少し赤らめて自分の机に向かいました。

「はあ……桃の教科書何処で落としたんやろ……もちろん一緒に探してくれるよな?」

「ですよね~ん」

 秋蘭は雪のように真っ白な目で左を振り向きました。

「おい、どうしたんや美稀、変なもんでも食べたか?」

 秋蘭はうじじに気付かれないよう、最小限の力で美稀を揺さぶります。

「で~す~よね~ん」

「おい、何か今変な声がしなかったか?」

 教卓の前でうじじが訝しげに尋ねました。

「気のせいです」

 教室の真ん中辺りでそう言った秋蘭の隣を、教室中が白い目で注目していました。

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