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10時間目


 長かった文化祭の準備期間は、通り過ぎてみればあっという間でした。クラスの出し物、部活の出し物、そして有志の出し物、はたまた教職員の出し物。屋台に展示にお化け屋敷に劇にエトセトラ☆ケセラセラ。たった一日のえっくすでいに向けて、同士の絆は固く固く結ばれてゆきました。そのえっくすでいを明日に控え、翠園若学院は完全なる文化祭モードと化しています。広大な庭の木は、後夜祭に向けてのLEDライトを着々と増やし、庭の中心にある噴水の縁にはいつもより多目にカップルたちが腰掛け、食堂からはおばちゃんたちのコーラスが思い出したように聞こえ出すという例年の風景です。

「それでは、今日は明日の文化祭の準備のため四時間目で授業は終わります。この後は各自、納得のいくまで三組を萌え萌えにしてください。以上。学級委員長、挨拶を」

「あの!先生!」

「ん?何ですか」

「先生は明日の文化祭、来られますよねえ?」

 三組の担任、谷本均太(きんた)は一度大きく頷いて微笑みました。

「もちろんです。宇治之先生は明日の午後からこちらに戻られるそうなので、朝の出欠は私が取ります。その時が、私がこの出席簿を手に取る最後になるわけですが」

 なんだようじじ戻んのかよ~、良かったぁまだうじじ生きてたんだ~――クラスに様々な声が飛び交います。

「明日は私も皆さんと一緒に楽しみますし、宇治之先生もお家の事情にケリを付けられて皆さんとの再会を心待ちにしておられます。二か月ぶりの復帰、是非三組の優勝でお祝いしてあげてください」

では今度こそ委員長――起立、礼、さようなら。


「これはこっちでいいんかぁ?」

 机の上に乗っている秋蘭が誰かに問いました。色画用紙で作った花を手に持っています。

「おぉ加々美かぁ、有志の方はいいの?クラスは人数足りてるし、劇の練習行っていいよ」

 三組の出し物『萌え萌えメイドカフェ☆にゃんけんぴょんだぞ♪』の飾りつけ責任者がゴーサインを出しました。

「ほんまに?じゃあお言葉に甘えようかな、悪いね前田」

「いいってことよ♪俺も加々美の劇楽しみにしてるし、それにさっきから」

チーフ前田は後ろを振り返り。

「美稀、大丈夫かい?怪我はないかい?指を少し切っているじゃないか、見せてごらん。ひとまずこれで消毒だ、ちゅっ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「笹城がアホ程うるさいんだよ」

「あぁごめん、即刻退場させるから」

 伶役に集中していた美稀は、『美稀特選ベスト台詞集(大半妄想)』を呟きながら秋蘭に連行されていきました。


「ビースト!」

「ベル!」

 照明は赤・黄・白・Offと速いスピードで展開します。音響は豪雨や雷などの音が入った嵐モード。舞台裏からは、演者に当たらないように角度を付けた大きな扇風機が風を巻き起こします。舞台の上からいくつも吊るした細いビニールテープがその風を受け、照明の光をアトランダムに跳ね返します。それはまるで雨がきらきらと光るようでした。

「ふぅわっはっはっはっ!!今のうちに別れの挨拶でもしろ!今生の別れだからなあ!」

 そう叫ぶのは、衣装係さん制作日数締め三十日をかけて作り上げた野獣コスチュームに身を包む六神伶の足を掴む、衣裳係さん購入時間約三分上下締め¥1,980の古着を着こなす加々美秋蘭!

「ベル……離すんだ」

「だめよ!絶対離さないわ!」

 大道具係さんが机を積み重ねてすごく強固な造りで固めた今にも崩れそうな崖の淵。下は、両端を舞台裏で大道具係さんが操る青いビニールの大海原。万が一に備えて下には体育用のマットが敷いてありますが、落ちれば事実上打撲、脚本上死は必至。黒崎桃のか弱い腕では、人二人分の体重を支えることなど到底無理なので、伶の片手は桃の腕ではなく、崖の端に備え付けられた出っ張りを握っています。

「ベル、聞いておくれ」

「だめ!じっとして待ってて、村の人たちが来れば助けてくれるわ!」

「ベル」

 伶は桃の腕を掴んでいる方の手にギュッと力を込めるような動作をします。

「私はもともとそう長くない命だった。しかしそれも運命。あの赤いバラが散っていくことも、ただの失望でしかなかった」

 野獣コスチュームのたてがみが、風にさらされて乱暴に吹き乱れます。

「でも、いつからかその命が惜しくなった。ベル、君のおかげだよ。君に出会ってからと言うもの、毎日が新しくて楽しくて何だか恥ずかしくて――君は希望の光だ、だから、ベル」

 桃の頬を、一筋の涙と言う名の目薬が流れ落ちます。

「私の分まで生きてくれ」

「そんなこと言わないでビースト……」

 桃の声は震えていました。扇風機の風のせいで、少し肌寒い体育館です。

「愛してるよ、ベル」

「私もよビースト……だからまた一緒にご飯食べて踊って……いろんな話を聞かせて……」

 その時、ひと際大きく雷が瞬きました。照明係さん光量全開のち暗転のち全開のち通常。

「さあ!道連れだあ!」

「いや!ビースト!行かないで!」

「幸せになるんだよ」

 ビーストぉぉぉぉ――ぎゃぁぁぁぁ――桃の悲痛な叫びと秋蘭の奇怪な叫びと舞台の暗転が同時に起き、音響は次第に遠のいていきます。そしてナレーション。

「哀れ、ビーストの赤いバラは、その花びらをすべて落としてしまいました。ベルはその後、村人に二人の思い出の場所である城や庭園を開放し、野獣とのキュンエピソードを語り継いでいきました。人々は、人を見た目で判断してはいけないということ、そして愛する人への想いを愛する人に伝えることの尊さを知ったのです。さあ、皆さんもこの後の後夜祭では、思う存分愛を囁き合ってくださ~い♪」

 明菜のピュアボイスで舞台は締めくくられ、徐々にボリュームを上げて流れてくるのは『Beauty and Beast』。

「カーーーーット!!」

 脚本家加々美氏の鶴の一声で、出演者・スタッフ一同持ち場を離れて舞台に集合。

「大道具、揃いました!」

「音響・照明、揃いました!」

「衣装、同じくです!」

「役者、同じく!」

「木、揃った!」

 それぞれの係リーダーが点呼をとります。もちろん劇団『木』のリーダーは笹城さんです。

「良し!それではゲネプロの講評を述べる!」

 秋蘭がそう言い終わらないうちに、音響リーダーが走り、ドラムロールの効果音を流します。

「君たちは!」

 どぅるるるるるるるるるるるる……だん!

「最高だ!!!!」

 わぁぁぁぁ!!と全員叫びながら、後はただひたすらにスローモーションで抱き合う関係者一同。劇団『木』の面々が投げ放った葉っぱのついた枝が、ゆっくり一同の頭の上に落ちてきます。

「みんな、よくぞここまで付いてきてくれた……!特に、かぶりもの隊!」

 全身をくまなく覆い、開いているところは首の前部分だけという伶を筆頭に、茶色く染めた顔だけしか見えず後は段ボールで隠されている劇団『木』諸君、その他にも、カップ役や時計役やろうそく役や多種多様のかぶりもの隊に、拍手が送られます。

「明日の本番も安心だ!後はそれぞれ自分の役割、そして劇、そして文化祭を大いに楽しんでくれたまえ!以上!解散!!」

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