表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

9時間目


 ガリガリ……ガリガリ……。

「ふぅー危機一髪。後で橘にお礼言っとかななあ~」

 ガリガリ……ガリガリ……。

「それにしてもえらい待たせてもうたなあ……二人とも怒ってなかったらいいねんけど」

 ガリガリ……ガリガリ……。

「ってゆうか。そんなとこで何してんの美稀」

「ふふ……ふふふ……何日も何年もかけて……脱獄犯はスプーンで牢獄を削るのよ……そう……いつかはこの講堂の壁も……私の印籠アラームに貫通させられ」

「って犯罪めいたことすんなーーーー!!」

「第四軍よ、飛び立ちなさい」

「もう飛び立つ鳥も残ってないわ!どうせ桃と六神の邪魔でもする気やったんやろ」

「ふっ、それ以外に何があるっていうの」

 開き直った美稀ちゃん。喋り方まで変わっています。美稀は講堂の側面の壁を一生懸命削っていました。左手で両膝を抱えて、通気口の上を一心不乱に削っていました。

「うん、もうわかったから。そんなにすねんなよ、ほら中入ろ」

 先に折れるのはいつも秋蘭です。その折れ方の早いこと。彼女は講堂の鍵を美稀の顔の前に差し出します。

「うぅ……こうするしかなかったんです……許してください刑事さん……」

「もう何も言うな、これから罪を償っていけばいい」

 まあ壁には傷なんか何一つついてませんけどね。たかが印籠アラームごときに削られる翠園若講堂ではありません。

「美稀にはとっておきの役を用意してるねん」

 美稀の手をひいて門の前へと歩を進める秋蘭。

「つまり、伶くんの側におれる役ってこと?」

 秋蘭に手をひかれて講堂の側面をしずしず歩く美稀。

「そうや、しかも初めっから最後までずっと」

「えー!主役ばりやん!」

 二人は講堂の角を曲がります。

「主役がいてない時も舞台におる。ってか基本舞台におる。舞台のだいたい同じところにおる。そしてだいたい直立してる」

 門前に到着。

「……それって……もしかして緑と茶色?」

「おぉっ正解!」

「ってそれ『木その1』やないか!?」

「違うよ、『その3』や」

「ってすでに『その1、2』いてた!?」

がちゃ。鍵オープン。

「ってそんなことどぉでもええねん!それのどこがとっておきの役やねん!?」

「えぇ~?だって桃より長く六神と同じ空間におれるねんで?それに森の中でオオカミから桃を守るシーンなんかは六神と急接近するチャンスや……し……あれ?」

 秋蘭は鍵を開けた門を押したり引いたりしています。しかし動く気配はありません。

「急接近って……ほんまに物理的な距離だけやん。心の距離とかちゃうんかい。あたしも守られたかったわ。木でいいから守られたかったわ。ここから自然保護とかそういう展開にすることは無理なんですか秋蘭さん」

「はいはい、愚痴は後で適当に聞くから。とりあえず今は扉が開けへん謎を解明してください美稀さん」

「え?」

 言われて美稀は、門を思い切り押したり引いたりします。しかし、やはり門はびくともしません。

「あれー、第三軍が飛び立った時と同じ頑固さ」

「ふむ。まあ考えられる可能性としては、」

がちゃ。秋蘭は再び鍵を回します。

「すでに鍵は開いていた」

 秋蘭が扉を押すと、扉はその大きさに似合わずいとも簡単に開きました。二人は講堂内を見渡します。

「ふむ。そして人っ子ひとりいない、と」

「おう、長椅子以外はな」

 秋蘭の後を美稀がつなぎました。



「ん~もぉ~っ何回黒崎さんをノックアウトしたら気が済むのぉ六神くんったら~♪」

「えっいやあボクは何もっ」

 白を基調とした部屋の中。薄ピンクの白衣を着た紋先生は、嬉しそうに保健室の中をうろうろします。

「気にするな六神伶。この人はいつもこんな調子だ。相手にしても疲れるだけで終わる」

 先生用の椅子に座っているかおるが、本のページをめくりながら言いました。

「えぇ~何よそれ~神ノ崎さんったら私のことそんな風に思ってたのぉ?これでも海外の有名な医科大学の博士号持ってるんだからぁ~ぷんぷんっ」

「噂には聞いていましたが、ずば抜けて頭のいい人はその代償に何かが欠落しているんですね」

「ちょっとーそれどぉいう意味よ神ノ崎さ~んっ」

 かおるは、ぱたんと本を閉じると立ち上がりました。

「いや、そのまんまの意味ですよ」

 そして下駄箱へと向かいます。

「え、もう帰るの?」

 伶が声をかけました。かおるがちょうど伶の前を通り過ぎた時でした。伶は、虚ろな目をした桃が横たわるベッドの傍らで、椅子に座っています。

「おう、もうここにいる意義がないからな。紋先生のいない保健室はすごく静かで快適なんだが。先生会議から帰ってきたし」

「むぅ~何よそれーまるで私が邪魔みたいじゃないー」

「いや、そうですけど」

 かおるは白い目でそう言うと、がらっと保健室の戸を開けて廊下に消えて行きました。

「むうぅ神ノ崎さんはKYなのよねぇ!『空気読み過ぎ』!ねぇそう思わないぃ~?」

 紋先生はうろうろするのをやめて、桃のベッドの縁に腰掛けます。そのきれいな顔は伶を覗きこんでいます。

「私がこの状況で邪魔者だってことは百も承知なわけよ!でも急に二人にされても困るでしょぉ?だから頃合いを見計らっておじゃんしようと思ってるのに!っていうか神ノ崎さん私が会議から帰ってきて一人で騒いでてもさっきまでここで本読んでたし!もぉ!」

 紋先生一気にまくしたてます。ってか一人で騒いでたってどんな状況だ。

「いえいえ!紋先生が邪魔者だなんてとんでもないです。ボクは桃ちゃんをここに連れてくることしかできませんでしたから。後の処置は先生任せなので」

 伶は顔の前で手を振りながらそう言うと、不安そうな目で桃を見つめます。

「処置だなんて大層な♪」

 それまでのぷんぷんモードから一変、紋先生はにこにこモードに突入しました。

「私はこの先何もしないわよ♪」

「えぇ!?」

「そんなに驚くことないわよ、六神くん♪恋の病に効く薬なんて、どこの薬局にも例え翠園若学院の理科室にもないわよ♪だから私には何もできないのよ♪およよよよ♪」

 紋先生はるんるんスキップで保健室の入口に向います。そしてスリッパを脱ぎ放ち、ドアを開け放ち、ドアの外にいた男子生徒にお色気ビームを解き放ちながら保健室を後にしました。

「『桃ちゃん』だって『桃ちゃん』ー!!」

 遠くの方で紋先生の声がしました。その後で『誰か私を夏澄ちゃんって呼んで~♪』という声も聞こえた気がしました。

「恋の病か…」

 静かになった保健室の中で、伶の呟きが宙を彷徨いました。

「ボクには縁の無い話だな」

 かなり他人事でした。

「…秋蘭どうしてるかな」

 地味に三角関係でした。ってか三角関係なのコレ?桃の恋の行方はどうなっちゃうの?伶の気持ちはどうなってるの?秋蘭はうじじから逃れられるの?美稀は『木その3』をやり遂げられるの?

「ふふ、そんなの、考えてもわかんないのにね」

 ですよね、作者にもわかりません、はい。

「でも…考えてしまうんだ」

 そりゃあ作者ですからね、義務そして責任。

「だって秋蘭は…」

うんうんってえ?え?え?

「ボクにとって初めて…」

 何ナニどしたこの展開は!?

「人生で初めて」

 ピンポンパンポーン――

『六神伶さまぁ~私の王子様ぁ~至急職員室まで愛を届けてくださいぃ~くり返します~六神伶さまぁ~私のロミオさまぁ~至急ベルサイユ宮殿まで薔薇を』

 ポンピンパンポーン――

「途中で途切れたけど……これって……ボクが呼ばれてるのかな?」

 まるで電車の発車アナウンスのような美稀の声が、翠園若学院中に響き渡った瞬間でした。ナイスエコー!

『ちょっと!あなた誰なんですか!――あなたこそ誰なのよ!二人の恋路を邪魔する不届き者はねぇ!神ノ崎さんが許さないんだから~!ぷんぷんっ!――いや何やねんその鳥肌万歳の怒り方!?さてはあたしが最も苦手とするジャンルの女やな!?敵視!速攻敵視!!――あ、紋先生じゃないですかぁ――あらっ彼の有名な秋蘭さまにこんなとこで会えるなんて夏澄感激♡――いやなんで秋蘭を知っててあたしのこと知らんねん!――美稀、もうわかったからえぇわ、サンキュ♪――えっ?えええ?ちょっと秋蘭待たんかいっ――だめぇ!絶対通さないんだからぁ~!――うわぁ!なんやねんコイツ!!』

 いや、誰か校内放送の電源オフろうよ。知らんぷりが過ぎるよ職員室。

「うーん、どうしよう。桃ちゃんを放っては行けないしなあ」

 静かになった保健室の中で、伶は桃を覗きこみます。桃は今は寝息を立てて、すやすや健やかに眠りたもう。

「やっぱり起こすのはもったいないな……。あはっ。じゃなくて、悪いなあ」

 伶は優しい顔をしながら、桃の長い黒髪に触れます。

「桃ちゃんは可愛いね。憧れちゃうよ」

 癖の無い髪は、伶の指をいとも容易く受け入れてはこぼれ落ちていきます。

「……り…ゃん……」

「ん?起きた?」

「伶ちゃん」

 わっ!――声には出さずに叫ぶ伶。

「桃ちゃん……!今、名前……!」

「んん~……もうちょっと……」

「桃ちゃん!桃ちゃん!」

 その時、保健室の入口の扉が勢いよく開きました。

「あなたたちっ!誰もいないからって保健室で何をしているのかしら!?」

「あっ秋蘭!」

 扉が開いて現れたのは、白衣をばちっと着こなした、インテリ伊達眼鏡の似合う加々美秋蘭その人でした。

「まあ紋先生のキャラがこんなんでないことは察しがつくけどねぇ~」

 そう言いながら下駄箱に靴を入れています。

「秋蘭!さっきね!桃ちゃんがボクの名前呼んだんだ!寝言だけど!」

「なにぃ!?して、何と?」

「“伶ちゃん”って」

「何ですってぇ!桃が呼んだ!桃が呼んだわぁ~!♪」

「そうだよ!桃ちゃんが呼んだんだよ!」

 まるで誰かが立ったときの喜びさながら、伶と秋蘭は両手を取りながら円を描いて踊っています。背景には心なしかヤギが見えます。でも伶ちゃん、頼むから秋蘭色に染まらないでね、イメージ重んじようね。

「んん……あれ?ここはどこでしょうか?」

「桃ちゃん!」

 伶は繋いでいた手を離し、桃の元へと駆け寄ります。

「今、ボクの名前呼んでくれたんだよ!“伶ちゃん”って、すごく自然に」

「えっ!!私寝言でそんな恥ずかしいことを……!」

 またも顔を赤くして落ちそうになりますが、そこを伶が阻止しました。桃の手を引いて続けます。

「何も恥ずかしくないよ!嬉しかったよっ、初めてちゃんと呼んでくれたんだもんねっ」

「……う、うんっ」

 弾けるような伶の笑顔に、桃もつられて笑顔になりました。

「よっしゃぁ!じゃあ今日はみんなで祝賀会やね!あたしの部屋集合やでぇ!自ら部屋に誘ってるでぇ!こんなことこの先無いでぇ!」

「あ、あの秋蘭」

 拳を突き上げる秋蘭に伶が待ったをかけます。

「参加したいけど、ボクは行けないよ」

「あ、あぁ、そうか。女子寮入れんもんな、ごめん」

「ううん、いいんだ、ちゃんと家に帰らないと、お父さん怒るし」

「え?家?」

 桃がふと尋ねます。

「なんや、六神、寮暮らしじゃないんや」

「うん。親が許してくれなくてね」

「そう……。でもどうして?」

 伶は少し困った顔をしながら、

「ボクは小さいころからお父さんに厳しく教育されて育てられたから。お父さんの言うことは絶対なんだ。それが偏っていても、周りから見て変でも。僕も納得してきたし」

 笑顔を絶やさず語る伶を、二人は何も言わずに見守っています。

「指揮者である父はボクにとって憧れなんだ。……でも、それでも……」

みんなともうちょっと仲良くしたいな――伶が初めて見せた、淋しさを孕んだ笑顔でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ