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朝の学活

 日本の何処かにあるという幻の学校――翠園若(みえわか)学院。そこは、とびきりのエンターテイナーを目指す若者が集う、YKW(夢と希望と笑い)に溢れた緑豊かな学園である。


 まるでジャングル、熱帯雨林と思われるような森の中に、それこそベルサイユ宮殿を思わせるような大きな建造物がありました。広大な庭を構えたその敷地には、細く長い小道が続いています。その小道を急いで走っていく姿がいくつも見えました。彼らは皆授業開始のチャイムを聞きながら、「最後の音が鳴り終わるまでがセーフだぜ!」と心の中で豪語し、ベルサイユ宮殿に吸い込まれていきました。

 その二十分前。

明菜(はるな)ちゅわーん!」

秋蘭(あきら)ちゅわーん!」

いつもの様に大きな声が廊下中に響きました。

「こらー秋蘭待たんかーい」

続いて性別不詳の声が聞こえました。

「いつもご苦労様」

続いて女神の様な小さな声が聞こえました。

「相変わらず元気やなぁ」

 五組の教室で机に頬杖を突きながら、春日浦みちるが言いました。

「はぁ……」

「まあ限度がある……が」

みちるの斜め後ろに座っている神ノ崎かおるは、ページをめくりかけてその手を止め、溜息をついた黒崎桃を見ました。

「おい、桃、台詞間違えてんで。そこは『元気が一番ですよ』やろ」

 みちるは頬杖を突いていない方の手で、後ろに座っている桃を指差します。

「ですよね……」

 桃は明後日の方向を向きながら、両頬に手を当ててどこかへ旅立っています。

「……台詞なのか」

かおるがポツリと漏らしました。しかし目線はすでに本に落とされ、例え震度七の地震が起きても彼女だけは1ミリたりとも動かないのではないかという不動のオーラを放っています。

「台詞ではなくても、朝一の会話はこれで決まってんねん、だからそれは台詞や」

「台詞なんだな」

 かおるが念を押しました。

「まあそういうことにしといたるわ」

 みちるが横車を押しました。

「はぁ……」

 二人が送る横目の視線の先に、溜息を溜池ができるほど吐き続ける桃の姿がありました。

「桃、大丈夫か」

 それに見かねたみちるが桃の顔の前で手を振ります。

「ですよね……」

 今の桃には何も見えてないし、聞こえていないようです。

「こういう時はだめだこりゃって言うんだよね」

 みちるの隣、かおるの前の席で在寺院(さじいん)隆也が嬉しそうに言いました。イスの背もたれに顎を乗せています。

「……どっから沸いた」

「君への溢れんばかりの愛から♡」

どが。

「頭にカルデラが出来るよぉ……」

 隆也は頭の上をさすっています。

「おい……桃、一体何があったんや」

 みちるが呆れ顔をしながらそう呟いた時でした。

「ん?外がやけに騒がしいね」

 隆也が渡り廊下の方へ目をやります。彼らの教室は全クラスとも本棟の二階にありました。六クラス全てが一直線に並び、各教室を一本の長い廊下が繋いでいます。その廊下で、何やらだんじりの様な騒々しいものが遠くの方から迫ってきているようです。

「ほう、先生方が一気に増えたんかいな」

 みちるがさほど興味のない声で言いました。

「え!?でもこの数は相当のものだよ。もし全部先生だったら確実にマンツーマン授業を取り入れたね」

 隆也は顎に手をかけて、うんうん名推理と頷いています。

「豊かな想像力だ」

かおるが短く言いました。


「は~もうすっかり残暑も遠のいたなあ~」

両腕を天井に伸ばしながら、黄門様の音楽に合わせて歩く彼女は加々美(かがみ)秋蘭です。

「後期も始まって、いよいよ文化祭シーズンってか」

 同じく片手に印籠アラームを掲げて歩く彼女は笹城(ささじょう)美稀です。

「ってかさあ、学期も変わったんやしそろそろアラームの音変えようよ」

 明菜との仮初の逢瀬を終えた秋蘭と黒い人は、一組から自分たちのクラスである三組へ戻る途中でした。

「いや自分で購入しろよ。ってか黒い人って言うな」

美稀はまばらにスパンコールを散らした黒の長Tシャツを着ています。今日も黒いです。黒いレースのスカートに、灰色のパンプスを履いています。って靴ちょっと白混じってるやん!

「そして私はラフな格好をしています」

 秋蘭が自ら進んでそう言いました。なんて楽な描写なんだろう。ありがとう、ありがとう。

「でもそうやな。近いうちにアラーム変えるか」

 美稀が思い直した時でした。

「王子様~♡」

 は?――秋蘭と美稀が女子たちの声に反応して後ろを振り返りました。

「ぅお゛!」「ぅお゛!」

 二人が見た物は、遠くの方で廊下ぱんぱんに蠢く、女子たちの群れでした。群れは密度が高く、一体何を中心に群れを成しているのか皆目見当がつきません。ただ彼女たちのボルテージはマックスハートで、それぞれに奇声を上げたり失神しかけたりしている人がいます。

「この学園の女子生徒絶対問題あるよね」

「ヒト科としてな」

秋蘭と美稀がそう呟いた時、群れの中で小さく声が聞こえました。

「こらお前ら!自分の教室に戻らんかー!!もう授業が始まる時間だろー!うっぐわー助けてくれー……」

 声は次第に消えていきました。ペルデンドージ。

「あの声は五組の担任やなあ。何で群がられてるんやろ?」

美稀が首を傾げました。遠くにある塊は、アラームの音楽の様にずっしりとゆっくりと、でも着実に二人に近づいていました。

「あ゛!!」

何かを考えていた秋蘭が顔を上げました。

「うおー……どうした秋蘭」

「一時間目の教科書忘れたんやった!」

「えー、もうどこも授業始まるぞ」

いや待てよ――美稀が呟き、

「五組はまだまだ始まりそうにないな……」

 秋蘭は桃の元へと走り出しました。

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