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第二話「満月の夜に」

本日二話目!

本日中に投稿しちゃいます。全四話!


こちらのミスによって、内容が重複してしまいました。遅れて申し訳ございません。

 満月のささやかな月明かりにぼうっと照らされる宵闇の中を、無数に並んだ墓石群を一つの黒マントが駆け抜ける。厚いブーツ底で踏みつけられた墓石はザリッと抗議の声を上げるが、墓守は無機質な声も置き去りにして暗い中を駆けていく。

 その足は物理的なことなど何も関係ないかのように宙を舞い、ちょっとだけ機嫌がいい墓守は墓石を一蹴り。前方へ見事に一回転一ひねりを決めて、墓石群の列もいくつかまとめて飛び越える。

 尾を引く黒マントはバタバタとはしゃいでいるかのようにはためいた。それが嬉しいのか何なのか、墓守もふっと口元を緩めている。

 満月に一等星以下が容赦なく塗りつぶされたその夜は無風で、肌撫ぜる寒さも幾分か和らいでいるように思えた。


 墓守は自身が思っていたよりも速く走っていたらしく、目を細めるように凝らすと前方に墓石群全体の輪郭と砂利道が見える。とりあえず決めていた目標を確認した墓守は、迷わず上に跳んだ。

 大鎌ごと手足を大の字に広げる墓守は放物線を描き、その足で砂利道にザザザッ!と数十センチほどの尾を二本引いてようやく止まる。墓守は振り返ってぼうっと来た方を眺め、「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「思ったよりも早いな……」


 墓守がやる気のないような目で眺めている月はいまだ低く、時間にするなら大人たちが晩酌を始めるあたりだろうと見当をつける。気休め程度に薄汚れた黒マントを払うと、幼女が倒れていた雑木林をじっと見つめた。

 月明かりが木の葉に遮られて宵闇が満ちた雑木林の中、墓守は何かを見つけたのかすっと目を細める。

大鎌を肩に担ぎ直した墓守は、つま先も見えない真っ暗闇に躊躇なく足を進めた。

木々は一、二メートルほどの間隔で立ちすくんでいて、墓守は二メートルほどある大鎌に気を付けながら枯れた下草をザクザクと踏みつけていく。一筋の光も差し込まず草木や生物の息遣いすら感じられない用闇の中で、墓守の瞳は妖しく血色に光る。

 樹皮のささくれや下草の葉一枚に至るまで、目に入るものを妖しい瞳ですべて視認していく墓守。一度も足を止めることなく進んでいくと、密集していた木々が開けて来た。地面を踏みつける音も、徐々にザリッと無機質なものへ変わる。そこには、人が一人満足に通れるくらいの獣道があった。


 砂利敷きになった獣道の上だけは木々の枝葉も張り出しておらず、けなげに瞬く一等星だけがわずかに覗いている。墓守が片膝をついて乾いた地面を凝視すると、子供らしい小さな足跡と女性らしい小ぶりな足跡が確認できた。


「当たりだな」


 予想が当たったらしい墓守は嬉しそうにニヤリと笑う。墓守が自分の手をかざしてみると、小さい方の足跡は今朝墓守が拾った幼女とほぼ同じ大きさだった。

墓守はすっくと立ち上がると、前方を見つめて「ふん」と鼻を鳴らす。ぎゅっと目を凝らすと、二つの足跡はそのまま見えないところにまで続いているのが見えた。


 墓守はもう一度足元に視線を落とすと、二つの足跡に注意しながらその獣道をたどっていく。木々の隙間は進むに連れて徐々に広がっていき、最終的には大鎌を振り回しても大丈夫なほどになる。そこまで来るとぴったりくっついていた木々の枝葉や、二つの足跡も若干の距離感を持つようになった。

 ふと夜空を見上げれば、ぼうっと星々を塗りつぶす満月と消え入りそうな一等星たちが見える。満月の位置はそれほど変わっておらず、獣道もまだまだ先に続いていた。


「間に合うか……?」


 墓守は満月を仰ぎながらそう呟く。視線を落として足元を凝視しても、足跡はしっかり続いている。大鎌を担ぎ直す墓守は、「はぁ……」と面倒そうにため息をついた。

 墓守は仕方なく俯くような格好で足跡を追っていく。砂利交じりの道を踏みつける音を延々と耳が拾い続けること、体感で数十分。

 獣道が突然開けた。

 墓守の右手はうっそうとした雑木林のまま。左手の方はすっかり開けて、渓谷のような底の見えない崖になっている。少し端の方を踏みつけてみると、崩れた小石がパラパラと暗く淀んだ底へ転げ落ちていった。


「近いな」


 墓守はそう呟いて、肩の力を抜くように「ふん」と鼻を鳴らす。泣きも笑いもしない満月をぼうっと眺めると、気を取り直すように大鎌を担ぎ直した。追っている二つの足跡も互いの距離が縮まり、心なしか歩幅も狭くなってきている。

 墓守は足元に注意しつつ、二つの足跡を追い続けた。

 しばらくもしないうちに、足元には大きめの小石が目立ってくる。木々が立ち並んでいた方は傾斜が見られるようになった。下草を踏み潰す落石も多く見られるようになっている。

 中には細い獣道にその体を張り出してくるものまであって、足跡の主たちは当然のごとくそれを避けて先に進んでいた。墓守もそれに倣って足跡を追っていく。


 それをどれだけ続けただろう。

 薄く満ちた宵闇の中では、黙々と歩を進めている墓守に声をかけるものも咎めるものもいない。さえずる小鳥たちも深い眠りにつき、フクロウさえもこちらを眺めるだけで鳴きはしない。

 ちょっぴり寂しい墓守は、寂しさも漠然とした不安をまとめて「はぁ……」と吐き出した。

 夜空を仰ぐと、そっけない満月はその道程を四分の一ほど走破したあたりに浮かぶ。


「はぁ……」と重いため息をついた墓守は、諦めたように地面へ視線を戻す。すると、二つの足跡は目の前の大玉ほどの落石を避けたあたりで突然乱れている。そのあたりの地面は少し抉れていた。


「やっとか……」


 安心したようにそう呟く墓守。その問題の箇所に屈んで地面を注意深く見ると、女の子らしい小さな足跡だけがその場に多く残っている。場所は、幼女が言っていた『呪われた場所』とはまるで離れたところ。

 その場で立ち上がった墓守は肩の荷が下りたような表情でぼうっと眺めるだけだった満月を見返した。

「ふん」と満足そうに鼻を鳴らす墓守は、落石に手をついて抉れた箇所を跨ごうとする。パラパラと常闇に吸い込まれていく小石たち。

 何の不注意もなかったはずの墓守の視界は、唐突に縦に流れた。


「へ?」


 気の抜けた呟きは虚空に消えて、代わりに脆い岩肌が乱暴に墓守を撫でる。墓守はとっさにひざを立て岩肌をつかむが、脆い岩肌は触れたところから崩れていく。

 頼りない岩肌は、大きすぎる落石すらも奈落の底へ突き落とした。


「チィッッ!」


 大きく舌打ちをする墓守は迷わず左に跳んだ。落石は跳ねる墓守の脇を掠めて底の方へ吸い込まれていく。

 右半身を大きく振り回して体勢を入れ替える墓守は、岩肌へ背中を広く打ち付ける。

 墓守は間髪入れず、持っていた大鎌を振り上げて岩肌に突き立てた。


 大鎌の刃に食いつかれた岩肌はガリリリッッ!と不協和音を漏らす。大鎌の分厚い刃は自重でさらに食い込み、それにつかまる墓守はようやくその場で停止した。

 足下の常闇からは悲鳴のような破壊音が響く。足元をまじまじと見つめていた墓守は、「ふぅ」と肩の力を抜いた。


「危なかった……」


 墓守は傍観していた満月を見上げてしみじみと呟く。クモの糸的存在となった大鎌は脆い岩肌に深々と突き刺さっていて、そう簡単なことでは抜けそうにない。墓守は冷たい柄をしっかりと掴んで、刃の近くまでよじ登った。

 適度に岩肌を崩しつつ頭上を見上げてみると、元いた獣道とは登りきることができないほど離れているのがわかる。足元にも目を凝らしてみると、うっすらとだが地面らしいところが見えた。


 墓守は少しだけ迷ったように「ふぅん」と鼻を鳴らす。一度だけ頭上と足元を交互に見た墓守は、大鎌の刃近くを両手でしっかりと握りこむ。そして躊躇することなく、大鎌の刃を引き抜いた。

 再び滑落し始める墓守。墓守は足裏と腰をぴったりとつけて、ザザザザ!と程よいペースで脆い岩肌を崩しなめしていく。

 墓守は常闇に飲み込まれていくかのような感覚に包まれた。


 ジワリジワリと浸食していくように視界全体に仄暗さが増していく。気付けばすべて見えなくなっているかもしれないという懸念は恐怖するに十分値する。

 普段感じることもない不安や恐怖にくらりとしそうな墓守は、訪れた地面に強くお尻を打たれて気を付けられた。


「~~っ――」


 予想以上の衝撃にお尻を押さえてぷるぷると固まっていた墓守は、涙目で辺りを見回す。墓守が落ちたところは小川のほとりらしく、大きく角ばった岩たちの隙間から枯れたあしの長身が何本も飛び出ている。墓守の右横には咲いた花のように砕けた岩が転がっていた。

 その付近には何かが落ちてきたらしい痕跡と、先ほどまで追っていた女性らしい足跡。その箇所を囲むように成人男性らしい足跡がいくつも残っている。成人男性らしい足跡はすべて小川の上流から来て、再び来た方に引き返していた。


 それらを確認した墓守は、砂埃ですっかり汚れた黒マントを気休め程度に払いながら立ち上がる。足場は凹凸が激しく、新たな足跡の主たちは苦労して登ったようだ。

 しかし、墓守はまるで関係ないような軽い足取りで新たな足跡を追って小川沿いに上流の方へさかのぼっていく。

 小川を囲む木々は、小川の方にも目いっぱい枝葉を伸ばしている。小さな木の葉一枚一枚は空いたスペースに所狭しと折り重なって、おどろおどろしい不気味なアーチを形成していた。


 月明かりもすっかり遮られて、墓守は何とも言えないしっとりとした肌寒さを覚える。辺りを満たす宵闇からは生き物の息遣いがまるで感じられない。だというのに、何かにじっと観察させられるような不快感がいつまでも墓守を包む。

墓守は舌打ちとともに「気味わりぃ」と吐き捨てた。


 道中はともあれ、墓守は数人分の足跡を順調に追っていく。足跡の主たちは大きな岩を迂回してよけたりしているが、墓守は墓石の時のように岩から岩へ飛び移りながら歩を進めていた。

 とある大岩の上に飛び移った墓守は、地面についた足跡を目だけで追う。岩を迂回し泥を避けていった先に、墓守は目を見張る。足跡の主たちが沿って歩いていた小川がカーブしていて、そのほとりに小さな祠がぽつんと立っていた。

 

 澄んでいた小川も、深まった淵のところだけがコケ色に淀んでいる。川の流れも渦を巻いて、祠とは反対側のほとりには生物だったものたちが散乱していた。

 肉も毛皮も腐って羽虫がたかるものから、輪郭すら失い骨の欠片をわずかに残すのみとなったものまで。大小さまざまな野生動物が流れ着いているが、その中に人間の死体がないことに墓守はそっと胸を撫で下ろす。

 キョロキョロと辺りを見回した墓守は、しゃがみこんでいる大岩の上から祠の方に飛び降りた。


「うわ、気持ち悪い」

 

 墓守は地面に足をつけてすぐに顔をしかめるが、無理もない。

 分厚いブーツ底のせいで比較的わかりにくいが、湿った地面はぐちゅっと、大きな芋虫を潰して混ぜ込んだような嫌な感触をしている。足下の土に紛れているのは単なるコケ類か、はたまた腐った何かか。

 祠まで案内してくれた足跡の主たちは墓守以上に不快だったらしく、祠周辺だけ歩幅がやけに大きい。

祠側に死体が流れ着いていないことだけが足下の主たちには幸いだった。

 墓守もそれに倣ったように大股で歩いて、幼女すら問題視していた祠の前まで近寄る。

 小さな屋根は墓守の胸辺りがせいぜいといったところで、全体的にほこりなどをかぶって黒ずんで見えた。


 墓守は肩に担いでいた大鎌を祠の屋根に立てかけると、地面に片膝をつけてその中を覗く。予想を反し、ご神体のない空の祭壇にはそれなりの量の供え物があった。

 ただ大半は腐ったり痛んだりと、供えられてから年月がたったものばかりで、うすらと白くほこりのベールをまとっている。それらを雨風から守った屋根にもすっかりクモの巣が張っていた。


「そういや、去年から一度も来てないな……」


 墓守は手に取ったワインボトルの埃を払いながらそう呟く。保存食や瓶詰のものは大丈夫そうなものが多く、墓守はそれらにかぶった埃を吹いて盛大にむせた。さも当然のように無事な品のみを懐に収めていく。

 墓守は名目上でも管理者であることを免罪符のように活用していた。どうしようもないものは茂みの方へ放り投げる。

 触ったり嗅いだりしていい加減な選別をする墓守。その手はいくつかの供え物で止まる。

 もの自体は問題がない。乾燥させたタマネギやニンニクは埃すらかぶっておらず、長い間放置されていたものと比べるとずいぶん瑞々しく感じられた。


 それらを手に取った墓守は思わず眉間にしわを寄せるが、嫌な気分を追い出すように「ふう」と息を吐き出す。それらを最後に大丈夫そうなものを粗方懐に収めてしまった墓守は、膨れた懐から目の粗い麻布を取り出した。

 タオルほどの大きさをしたそれを、墓守は小走りで濁っていない小川の水で濡らしてくる。墓守はあまり固くせず少しだけ緩めに絞った麻布で空になった祠の中だけを軽く水拭きした。

 麻布は炭の粉末でもまぶしたかのように真っ黒になる。ジャリジャリと音を起こしながら細かいところまで埃を拭き取ると、黒みがかった祠の中に少しだけ木の色が戻った。改めて大鎌を肩に担いだ墓守もそれを見ると「ふん」と満足そうに鼻を鳴らす。

 元の色を完全に失うほど汚れきった麻布は茂みに投げ込まれ、腐りゆく供え物たちへのはなむけとされた。


「また来ないとなぁ……」


 墓守は面倒そうに呟きながら夜空を仰ぐ。満月はその道程を半分ほど終えている。天頂からぼうっと眺めてくる満月に一瞥くれてやる墓守は、お粗末に整備された獣道を通って本来の山道へ戻った。

 そして追うまでもない足跡たちとは反対の道へと歩く。墓守は消えかかった一等星を見上げると、すっかり重くなった懐からワインボトルを取り出した。


「さぁて、これから忙しくなる」


 墓守が通る道は徐々に整備されていく。砂埃にまみれた黒マントは着ていると、夜盗か不審者にしか見えない。ぼろ布同然の黒マントは、犯罪者扱いはごめんな墓守によって大鎌の柄に巻く布として利用された。慰めにもならないだろうが、ふわりと夜風に揺られる黒布はどこか風情がある。

 墓守は傍観するだけの満月を見上げるとニヤリと笑う。そしてまるで祝杯をあげるかのように手に持ったワインを傾けた。


「ぶふぇっ! ガハっゴホッ」


 ワインはすっかり酸化してワインビネガーになっていた。


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