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第一話「昼下がり」

どうも、墓守さんが大好きな優ちゃんです。

いつか書いた短編の続編です。

それでは、墓守さんワールドをどうぞ!

 墓守、このつまらない世界にはそんな特殊すぎる職業が存在する。

 墓地にて死者を弔い永久の安らぎを保証するもの。

 死にきれぬ者に、その手を下し無駄な生を立つ者。

 夜、暗闇を司る、星聖教会が掲げている二大主神の内の一柱、魔神シャーマンの加護と番人としての力を授かった者。

 死と生の境界線上に立ち、おおよそ人間と呼べなくなった者。


 そんな男が、ある街の郊外にいた。


☆★☆★☆★


 ある街の郊外に佇む墓地。自生する草木には程よく手が入れられ、先立つ者たちが柔らかい日差しによって優しく見守られている。

 小高い墓地の最奥には、二つの墓石に寄り添うようにして黄昏る青年がいた。


 耳を隠すくらいの黒髪に白い肌。

 長袖の黒シャツに灰色のジャケット、黒革のズボンにハーフブーツ。

 華奢なようで筋肉質な体を、足首まであるような黒マントで覆い隠す。

 黒髪をそよ風で揺らす彼は一見すると何者かわからないが、肩に立てかけるように持った身の丈よりも大きい黒鉄の大鎌が彼こそが墓守だと主張していた。


 お昼時になって日課となった墓地の掃き掃除も終わり、墓守は革袋から自然と冷えた水を飲む。

 足元では下草が新しく芽吹き始めて、雑木林に残った根雪もどんどんと小さくなっている。

 春の息吹に包まれる墓守はリラックスしたように親鳥のさえずりに聞き入っていた。


 希望の唄が胸に澄み渡って、墓守は寂しさを紛らわすように「ふう」と息をつく。

 もう一度革袋の水を仰ごうとしたとき、墓守は突然何かに気が付いたような様子で立ち上がる。何度かあたりを見回した墓守の目は、いまだ根雪が居座る雑木林へ向けられた。


 墓守は大鎌を担ぎ直して、積雪につぶされた下草を踏みつけて音がした方に近づいていく。草木も眠り虫の気配すらない中、墓守は人がすれ違えるほどしかない木々の間にたれたつたなどを大鎌で切り払う。

 かすかに聞こえる息遣いを頼りに進んでいくと、前方に人らしき姿が見えた。


 木の向こう側をぐいと覗き込むと、年端もいかぬ幼女が木の幹へもたれかかるように倒れている。

 墓守の腰ほどしかない幼女は、耳にかかるくらいの金髪や質のいいオレンジ色のセーターをすっかり土埃で汚していた。


「はぁ、厄介だ」


 疲れたのか眠ってしまってはいるものの、幼女は発育していない胸を小さく規則的に上下させている。

 仕事上、死にかけた人間に止めを刺すことは多いが、とてもこの幼女には当てはまらない。面倒そうに頭を掻く墓守だが、幼女についた汚れを軽く払うとお姫様のように抱きかかえた。

 小柄な幼女は簡単に持ち上がるが、だらりと垂れたその手から何かがころりと落ちて転がる。

 一旦ひざをついてそれを拾い上げる墓守。

 楕円型をした乳白色のそれは、あまり詳しくない墓守でも何かのアクセサリーであることはわかった。


「本当に、面倒だ」


 墓守は落ちたアクセサリーを拾ってジャケットのポケットへしまう。そして改めて幼女を抱え直した。

 来た道をたどるようにして墓地へ戻る墓守は、その足で我が家とは言い難いあばら家へ足を向ける。

 歩いてすぐのあばら家に難なくたどり着く墓守は、幼女を簡素なベットに寝かせてすぐにあばら家の裏手へ走った。


 裏手には生活用水を確保するために設けられた井戸がある。滑車にかかった丈夫な太縄をガラガラと引く墓守は、すぐさまバケツ一杯分の水を置いてあった手桶にあけて、小走りで幼女のところへ戻っていく。

 その水で柔らかいタオルを濡らして顔などを拭いてあげる墓守は、ゆったりと寝息を立てる幼女を見てほっと一息ついた。


「今日は、休業だな」


 一人そうつぶやいて、玄関となる表の引き戸に『本日臨時休業』と書かれたプレートを下げる墓守。

 実質的効力ゼロのそれに気分だけよくする墓守は「ふう」と一息をついて、引き戸をぴしゃりと閉める。その肩には、鋭いナイフがヒモのついた鞘ごとぶら下がっていた。


「久しぶりだが、上手く捌けるかな」


 まっすぐキッチンに向かった墓守の手には、軒先につるされていた野菜と加工済みの鳩一羽があった。



☆★☆★☆★


 拾われた幼女はこんこんと眠り続けて、目が覚めるころには日も暮れてしまっていた。一人夕食の準備を進めていた墓守は、寝息とは違う幼女の声に気が付いてベットへ近寄る。

 墓守はランプを一つ下げてベットに腰かけると、寝かされた幼女はまぶしそうに目をこすりながらゆっくりと体を起こした。


「だれ?」

「墓守。ぐっすりだったな」


 舌足らずな幼女は、寝ぼけた様子で墓守の方を見る。気の抜けたような顔で声をかける墓守は、ランプをテーブルに置いてぎこちない笑みを浮かべた。

 少しずつ正気を取り戻していく幼女は、徐々に焦りの表情を強くしていく。「うん?」と墓守が疑問の表情を浮かべたとき、幼女は勢いよく立ち上がってベットを荒らし始めた。


「ないないないないないないないないない! どこなの!? どこいっちゃったの!?」


 幼女はどんどんとベットを踏み鳴らして、バタバタとシーツをはたいて埃を舞い上げる。枕をたたきつけるように羽毛をまき散らす幼女を、墓守は慌てて覆いかぶさるように止めた。

 枕の端を持つ幼女の両手をつかむ墓守は、強い焦りを浮かべる幼女の瞳を見上げるように覗き込む。

 墓守を見下ろすような格好になる幼女は、「ひっ」と小さく可愛らしい悲鳴を上げるとまるでおとなしくなった。


「何を探している?」

「ぶ、ブローチ。白っぽくて……丸くて……小さくて……このくらいの……」


 物静かな墓守の問いかけに、幼女はおどおどしながらも口を開く。墓守は、幼女がかすかに震える手で示そうとする大きさのものに心当たりがあった。

 幼女の手を離す墓守はマントを払ってジャケットのポケットへ両手を突っ込んで隅々まで探り始める。きょとんと不思議そうな顔をする幼女に、墓守は幼女と一緒に拾ったアクセサリーを差し出した。


「もしかして、これか?」


 墓守がそう問いかけると、幼女は手のひらに乗ったブローチを素早くつかみ取る。ぎゅっと両手で包み込むようにつかんで縮こまる幼女に、墓守は困った顔をした。

 幼女の目尻にはキラリと光るものが見える。「ふう」と疲れたようにため息をついた墓守は、ぎこちない笑みを作ってすっくと立ち上がった。


「腹が減っただろう。スープを作っておいた」


 何も見なかったように振る舞う墓守は、竈の火から離していた寸胴鍋から、鳩肉やキャベツなどを煮込んだポトフを底の浅いスープ用皿によそう。墓守は自分の分もよそってテーブルに運んだが、幼女の分は直接ベットまで運んだ。


「ほら、食べるといい」

「い、いらない」


 大きめのスプーンも添えて出されたポトフだが、幼女は胸元で固く両手を合わせたまま拒否してみせる。しかし、墓守にはその眼が何かをごまかすように泳いでいることが分かった。

 なんだかおかしくなってきた墓守は、笑みを浮かべながら何も言わずポトフをぐいっと押し付ける。

 幼女もちらちらとそちらを気にするようなそぶりを見せるが、ついにむくれて完全にそっぽを向いてしまった。


 面倒そうに困ったようにため息をつく墓守は、「ふぅ」と気を抜くように鼻を鳴らす。残念そうな顔をしてスープを戻そうと立ち上がる墓守だが、幼女はそれを見ると慌てて墓守に飛びついた。


「ちょ、ちょっと待って! 話があるの!」

「ぉわ! き、急にどうした……」


 両手でポトフの入ったスープ皿を抑える幼女に、墓守はつい驚いてスープを小さく跳ね上げる。幼女はゆらゆらとこぼれそうなポトフを危なげにもつ墓守に申し訳なさそうな顔をした。

 なんとか揺れが落ち着いて来ると、墓守はポトフを一旦テーブルの上へ置く。

「ふう」と安心したように息をつく墓守に、幼女は再び詰め寄った。

 

「ねえ、私の話を聞いて。お願いがあるの」


 そう言って墓守の手に自分の両手を重ねる幼女。

 じっと両目を覗き込んでくる幼女に、墓守は疑わしげにふっと目を細める。

 苦しげに俯く幼女だが、すぐに顔をあげて墓守を見返す。その唇は固く結ばれていた。


「お姉ちゃんが……お姉ちゃん殺されちゃう。お姉ちゃんを助けて! お姉ちゃんはなんにも悪くないの!」

「殺される? 民護修院フォロスティには言ったのか? 死にかけてるとしたら、俺は止めを刺すことしかできない」


「墓守だからな」と、愚痴るように言う墓守。

 それでも何か言い繕うとする幼女に、墓守は「はぁ」と疲れたようにため息を着く。しかし、テーブルのポトフを食べ始めた墓守を、それでも幼女はじっと見据えていた。

 幼女は視線だけだが、必死にその意思を訴えかけてくる。

 

 肌を指すような沈黙を、ゆらゆらと踊るランプの灯が二人のカゲごと揺さぶった。

 面倒そうに頭を掻く墓守は、二度目のため息とともに向かいの椅子を指差す。


「その話は食べながら聞こう。いいからそこに座ってポトフを食え。じゃないとその話は聞かなかったことにする」


「我ながらなかなかの出来だぞ?」と茶化して見せる墓守。

 美味しそうにポトフを味わうその様子に幼女は生唾を飲んだかと思うと、テーブルへと駆け寄って椅子へ飛び乗る。

 ガタガタっ!とテーブルが揺れるのも構わず、幼女は口一杯にポトフを頬張った。


「ふぁ! ほえふぉいひい!」

「食べるか喋るかどっちかにしろ」


 もぐもぐと口を動かしながら話そうとする幼女の言葉は、当然のように聞き取れない。

 墓守の「みっともないぞ」との指摘に、幼女は仕方なく口一杯の具材をごくりと大きく飲み込んだ。


「それで、そのお姉さんは誰に殺されるんだ? 盗賊か? それとも善良な一般市民か?」

「きっと、墓守さん」


 墓守は自分も大口を開けながら、さりげなく会話を再開させる。ついさっきまでの明るい表情から悲しみを滲ませる幼女の言葉に、墓守は盛大にむせた。

自分で胸元をたたきながらぜえぜえと呼吸を整える墓守は、半信半疑の目で幼女を見る。そんな視線を諸共しない幼女の顔は、いたって真剣だった。


「お姉ちゃん、崖から落ちちゃった。落ちたところ、呪われたところだって、おじさんもおばさんもみんな言ってた。殺してほしいから墓守に止めを刺してもらおうって」

「……ちっ」


 ぽつるぽつりと言葉をつないで行く幼女は、悲痛そうな顔をして俯く。思った以上に厄介な事情と自分の仕事にへきえきとする墓守は、苛立ちげに舌打ちをした。

 おそらく“墓守”という職業にしかわからない殺人のむなしさ、自己嫌悪。そういった言語化しづらい感情に蝕まれる墓守に、幼女は黙って先ほどの白っぽいブローチを差し出す。

 じっとぶれない瞳で墓守を見据える幼女に、墓守はあくまで平然を装った。


「何のマネだ」

「これあげるから、お姉ちゃんを殺さないで! 黙って街道に捨ててもいいから! お願い!」


 墓守が絞り出した声は低く、ドスも効いている。「うっ」と少しだけ怖がる幼女だが、すぐに調子を取り戻して見せた。

 テーブルに頭をこすりつけてまで墓守に頼み込む幼女。浮かない顔の墓守は、幼女が差し出したブローチすら受け取ろうともしない。最後に残ったスープを飲み切った墓守は、漏れ出たため息をともにがたりと立ち上がった。


「事情はなんとなく分かったが、俺にできることは特にないな。さっさと寝ろ」


 墓守は他人事のようにそういうと、スープ皿を水が張られた桶の中へ浸ける。自分の扱いが悪いことに不服そうな顔をする幼女だが、文句を言う前に墓守は部屋の隅で毛布に包まってしまった。

 すぐに穏やかな寝息をたてはじめる墓守に、幼女も仕方なく残ったポトフをせっせと胃袋へしまいこんでいく。

 

 少し背伸びしてスープ皿を水に浸ける幼女は、熟睡しているらしい墓守を見て「はぁ」と憂鬱そうにため息をついた。


「お姉ちゃん……」


 ぽつりと漏れた呟きは墓守に受け止められることはなく、ランプの暖色に淡く彩られた暗がりに滲んで消えていく。

 ぼうっと立ちすくむ幼女だが、しばらくすると、とても動きそうにない墓守に代わって空のベットへと潜り込んだ。


 思った以上に固いクッションには、人知れずいくつかの水玉が落ちる。

 そんな幼女が穏やかな寝息を立て始めるのに、十分もかからなかった。





「(――――寝たな)」


 かすかに聞こえてくる規則的な呼吸音を捉えた墓守は、そうつぶやいて物音ひとつ立てずに立ち上がる。そのままそろりそろりと抜き足差し足、あばら家の中を歩き始めた。

 テーブルに置いたままのランプは種火から消して、壁際に立てかけてあった黒鉄の大鎌をそっと肩に掛ける。

 ギしっと床板が軋みそうになる古小屋を、墓守もこの時ばかりは苛立たしく思った。


(この子が来られたのだから、現場はあそこしかないだろうな)


 そっと引き戸を閉めた墓守は、ランプも松明も持たずに歩きはじめる。墓守が見当をつけた場所は、墓守にとっても関係のある場所だ。

 いつも黄昏ているあたりまでは普通に歩いてきたが、草原の草花のようにずらりと並ぶ墓石の目の前までくると助走をつけて前方へ跳び出す。

 宵闇に溶け込む黒マントを揺らす夜風は、冷たく墓守の頬を撫でた。


「絶好の夜遊び日和だな」


 墓石を次々に飛び移って宙をかける墓守の見上げる先には、真っ暗な夜空に大穴を開ける満月があった。




一気に投稿しちゃいます。

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