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リクエスト短編

或る『猫』の話

作者: 文月 郁

 いつものように大きな音で、目覚まし時計が鳴っている。と思ったら止まった。少し経ってまた鳴る。それが止まってようやく、この部屋の主が起き上がった。もぞもぞと着替えて部屋を出て行く。

『いつもいつも二度寝しないで欲しいにゃ。耳が痛いにゃ』

 隣の小さな招き猫が愚痴る。そうにゃ、そうにゃ、と部屋のあちこちから声がする。

『ほんとにゃ。しかも昨日は二度寝のせいで寝坊してたのにゃ。……うん、でも瀬戸物に耳なんかあるのかにゃ?』

『うるさいにゃ。とにかく響くのにゃ。第一、それを言うにゃらお前だって紙にゃのにゃ』

 聞いたら言い返された。招き猫は喋る度にかたかた揺れるので、つられて軽い身体が揺れる。

 足音がしたと思ったら、扉が開いて主が入って来た。コートを着て鞄を持って、また部屋を出て行く。『学校』とやらに行くのだろう。

 と、思ったら主が戻ってきた。机の上から携帯を取ってポケットに入れる。忘れていたみたいだ。それからボクを持ち上げて、ちょん、と頭を突っついた。

 そっとボクを元あった場所――小さな棚の上――に戻し、主は部屋を出て行く。心なしかご機嫌な顔で。

『いいにゃー、オイラも触られたいにゃー』

『昨日触られた奴が何を言うのにゃ』

 羨ましそうな声にツッコむ。

 ボクも隣の招き猫も、その横にあるフェルトのマスコットも小さな起き上がり小法師も皆、猫好きの主が買ったり作ったりしたものだ。特にボク――張り子の猫――は一番長く主の傍にいる。

 ボクが生まれたのはどこかの工房。たくさんの兄弟に囲まれていた。だけどある日引き離されて、着いた先は小さなお店。

 そしてそこで主に買われて、主の家にやってきた。

 猫好きな主は折に触れて猫の小物を増やすから、ボクがいる棚の上はずいぶん賑わっている。あんまり増えたものだから、そろそろ場所がないなあ、と主はこの前呟いていた。

 カーテンの隙間から見える窓の外が、ぱあっとオレンジ色になるころ、主が帰って来た。でもその顔は、朝と違って機嫌が悪そう。どうかしたのかな。

 主はぎゅっと口を結んだまま机に座って、口を結んだままパソコンで何かしている。

『にゃにかあったのかにゃ?』

『分からにゃいにゃ』

 そのとき、棚が揺れた。主の腕が乱暴にぶつかって。自分でバランスを取ることもできない身体は、真っ逆さまに床へ落ちていく。

 幸い、固い床にぶつかる前に、主に受け止められた。そっと、棚のいつもの位置に戻される。ごめんね、と主が呟く。

 さっきの衝撃で他の猫もいくつか倒れたようで、主はそれらも直していた。

『びっくりしたのにゃ』

『まだ足が震えているのにゃ』

『何だか主が怖いにゃ』

『でも触ってもらえたのにゃ』

『そうにゃ。二日ぶりにゃ』

『オイラは昨日ぶりにゃー』

 口々に言いつつ、主に触られたので皆機嫌は良い。本物の猫なら腹を見せて寝っ転がって、ごろごろと喉を鳴らすところだろう。

 残念ながらボクらは作り物の猫だから、そんなことはできない。けれどその代わり、主がボクらを手放すときまで、ボクらは主を楽しませよう。

 主の笑顔を作るのが、ボクらの本分だと思っているから。


Twitterで風白狼(@soshuan)さんから「道具目線のお話」とリクエストをいただいて書きました。

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