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あの子とオレと506と

 



 ひと気のない公園の片隅で、オレ高輪たかなわ 南方なかたは空手の型のようなものをしながら、30cm程の人型のオモチャをいじくっている。

 それこそが、オレが発売から半年遅れで手に入れたASAP社から販売されているコロッセオ戦士506(ゴーレム)である。


 このオモチャは、思考リンクシステムという所有者の脳波を読み取り自律可動型の506を操って、506同士を戦わせて楽しむものである。

 素体コアボディに外につける装甲アウターアーマー、そして武器等のオプションパーツとに分かれて発売されている。パッケージだけでも多種多様となっていて、いま最も熱いホビータイトルなのである。


 南方はその中でもまさにファンタジーRPGに出てくるようなストーンモデル基本パックとオプションを購入して、昨日やっと組み上げたのだ。


 頭に506とリンクするリンクフォンを着けて、意思疎通をしながら、自分が覚えている空手の型を506に覚えさせていたのだ。


「よし!ゴア。連続攻撃だ!」


 リンクフォンから発された命令に506ゴアは右左右左とパンチを繰り出してお終いに廻し蹴りをヒュフンと蹴り出す。


「ブラ~~~~~~~~~ブォ~~~~~~~~~~~~~~オ」


 506ゴアの演武が終わったとともに近くにいたアフロ黒縁眼鏡アロハの謎のおっちゃんが大声を上げる。公園を横切ろうとしていた謎のおっちゃんは、俺に近づくと手放しで絶賛し始める。


「スゴイね君」「いつからやっているの?え、昨日から?マジ!?」「だって、あんな滑らかな動作中々出来ないよ?」「ストーンモデルって趣味良すぎるよ」「あ?それしか売ってなかった?ああ、人気モデルは品薄か」「いやでも、タイムラグ無しで思考を繋げられるのは大したもんだよ」


 506の熱狂的なファンかマニアなのか息つく暇も無く話しかけるおっちゃんに目を回していると、おっちゃんがオレの横にあるものを指を指して質問してくる。


「ところでその大荷物はいったい何なんだい?」


 そこにはパンパンに膨らんだショルダーバッグとリュックサックが置いてあった。


「避難してきたんです」


 事故で両親が亡くなり、そこへ一週間前に親戚と名乗る一家が入り込み住んでる家を乗っ取られてしまったと。昨日買ったばかりの506も取り上げられそうになったので、とりあえず避難してきたと話す。


「ふむ、これからどうするつもりだったんだね?」


 大っきなアフロをユラユラ揺らしながら、アフロ黒縁アロハのおっちゃんが聞いてくる。


「とりあえず市役所に行って施設かなんかに入れて貰おうと思います」


 その明確な答えにおっちゃんは眼鏡越しに目を見張り感心したように頷く。アフロが前後に揺れる。


「なら、私と取引をしないか?私の知り合いと506バトルをしてくれれば、彼らを追い出すお手伝いをしようと思うのだが………」


 どの道自分の力ではどうにも出来ない事なので、オレはその取引とやらに応じることにする。


「よろしくお願いします」


 オレがお辞儀をすると506ゴアも“ゴア”と言ってお辞儀をする。


「やっぱすごいな………」


 おっちゃんはそう呟きながら506をみる。


「私は、鈴木 康二といいます。名前を聞いてもいいかな?」

「高輪 南方、10才小4です。この506はゴアです」


 506も”ゴア”と言って右腕をかざす。


「じゃあ、さっそく行こうか」


 おっちゃん………鈴木さんはリュックとショルダーバッグを担ぎ、オレに付いてくる様に促す。オレはゴアを両手に抱えてついていく。

 車で(最新型のスポーツビークル。金持ちだ。)30分程行ったいわゆる高級住宅地にある高層マンションにつれてこられて、その最上階のフロアでオレはあの子と出会った。

 田中さんに付いて玄関を抜けて部屋に入ると、広々としたリビングに数人掛けのソファ。そこに女の子がソファで踏ん反り返っていた。

 その子は腰まで届く長い黒髪とややつり目がちの瞳は、まさに美少女と言ったていか。しかしその表情は、不機嫌極まりないものだった。


「今度はこの人が相手なの?」


 不機嫌な表情のまま鈴木さんに問い質す。


「そうだよ、彼で最後にしよう。彼に勝てたらレイカの好きにしていいよ」


 その答えに不敵に笑う美少女。人を見て鼻で笑うとはどんな教育を受けてきたのか、目に浮かぶようだ。俺はそんな美少女を哀れみの目で見てやる。それを見て美少女はいきなり怒り出す。


「なによ!その顔は!気に入らないわね!!」


 それはお互いさまである。オレが無言で彼女を見ていると鈴木さんがプリプリしている美少女を宥めながらオレに話しかける。


「この子は海蓮(かいれん 澪香(れいかと言う。君と対戦してくれるように頼んだ子だ。よろしく頼むよ」

「高輪 南方です。よろしくお願いします」


 オレの礼儀正しい挨拶に美少女は少したじろぐ。


「それじゃ、さっそく対戦してみよう。こっちに来てくれるかい?」


 広いリビングを通り抜けて二人についていく。そこは研究室か何からしく、いろいろな機材と506の素体が何体も置かれている。

 その奥には………。


「……バトルコロッセウム」


 直径6メートルの円形の闘技場。506の公式の戦闘フィールド。506の専門雑誌の中でチラリと見た事があるだけだったが、実物はスゴイ迫力があった。フィールドの周囲は階段の様なものが何段も作られていてまるで観客席の用だ。鈴木さんが手元の機械をいじると小さな人間のホログラフィックがたくさん表示される。


「ま、雰囲気作りだね。じゃあ時間は一試合五分。三本勝負といこう」

「いつも通りね。分かったわ」


 美少女―――いや名前言ってたな。海蓮は相変わらず不敵にオレを見据える。鼻持ちなら無いとはこの事だ。そんな彼女を無視して、506保管箱から506ゴアを取り出し電源を入れる。”ゴア”という力強い声と共に両腕を掲げる。


「フン。ストーンモデルなんて古臭いわね。おいで!ヴィーナ!!」


 どこからか小さな影がフィールドにシュタッと舞い降りる。そのスリムで洗練された姿は、女性型らしくどこか丸みを帯びた印象を与えている。まるで神世の戦乙女そのものだ。


「ワルキューレモデル”ヴィーナ”よ。あんたの506なんか一撃で終わらせてあげる」


 一撃でって、鈴木さんは3本勝負といったのに、あぁ、次の試合が出来なくなるほど動けなくするって事か………。物騒なことを言う。


「ではリンカーはリンクフォンに、対戦ケーブルを繋げて506を設置してください」


 鈴木さんが審判役のようにオレ達に指示する。バトルコロセッウムは、円の真ん中を観客席を区切って90cm程の空間が両側にあいている。そこに手摺りと飛び込み防止の柵、そして手摺りに設置されたケーブルが置いてある。このケーブルをリンクフォンにつけると506達のHPがバトルコロッセウムに表示されるのである。実際に戦ったことはないけれど(昨日買ったばかり)、知識だけは雑誌やネットで探り漁り知っていたので躊躇なく、506ゴアをフィールドに置き、ケーブルをリンクフォンにつなぐ。

 するとバトルコロッセウムの左右(観客席の上の方)からホロモニターが現れ、それぞれの506のHPゲージが表示される。


 506ヴィーナは剣と盾を構え、506ゴアは両腕を掲げて“ゴアと”叫ぶ。準備はOKだ。

 それを見て取り、鈴木さんは右手を振り上げて開始を合図する。


「ファーストバトル。ゴーファイト!」


 その合図と同時に、506ヴィーナが突進してくる。6メートルもの距離を一気に詰めて506ゴアに襲い掛かる。突進の勢いをのせた突きが506ゴアの胸元へ放たれる。

 胸にはウィークポイントであるレッドコアが備えてあり、そこにクリティカルヒットを受けると一撃でHPが0になる必殺のポイントだ。506ゴアは両腕を交差させて、その突きを防御する。しかし、その威力は絶大で2割のHPを削られてしまう。

 反撃とばかりに右ジャブを繰り出すと、相手はヒラリとかわして後方へと退避する。うむこしゃくな。

 相手は攻撃、退避、攻撃とヒットアンドアウェイを得意とするようだ。506ゴアの攻撃は空振ってばかりいる。そういえばあの506どこかで見たような気が、とオレが考え事をしていると、ホロモニターに映っている相手のHPゲージの下にあるオレンジのゲージバーが満杯になり、点滅していた。

 後方に下がっていた506ヴィーナにポーズをとり命令を下す海蓮。


「エクストリームアーツ!ヴァルキリーダンス!!!」


 エクストリームアーツ――――――いわゆる必殺攻撃が506ゴアに襲い掛かる。金色のエファクトを帯びて縦横無尽に動き回り、突き、斬り、蹴りを連続で506ゴアに繰り出す506ヴィーナ。その攻撃を受け、払い、返し、かわし続ける506ゴア。


「そんな………!ありえない!!」


 信じられないものを見た様に口をあけて呆然とする海蓮。

 エクストリームアーツの発動が終わったと同時にタイムアップとなった。


「ファーストバトル。勝者“ヴィーナ”」


 鈴木さんが506ヴィーナの勝利判定をする。HPゲージを見れば一目瞭然である。506ヴィーナのHPはほとんど減らず、506ゴアは残りゲージはほんのちょびっとだったからだ。だが海蓮は悔しそうに唇を噛み締めている。


「すごいねー南方くん。この子は、いつもファーストバトルだけで勝利を収めていたんだ。それをタイムアップまで粘れる何で大したもんだよ」

「次で終わりにするわよ。見てなさい!!」


 オレを指差しながらキャンキャン吠える。きみはポメラニアンか?

 506ゴアを手に持ち上げて損傷箇所を調べる。問題はなさそうだ。武器オプション類は、総じて危険のないように全てゴム製かプラスチック製となっている。しかし衝撃が強ければダメージを受けることもある。少しだけ安心して、フィールドに再び506ゴアを置く。


 さて、2人ともなにやら上から目線でオレに向かって話しているが、3本勝負である以上1本は負けてもいいのだ。確かにオレは506バトル初心者であるが、この半年何もしてない訳じゃないのだ。さあオレたちの力を見せてやろうじゃないか。

 506ゴアも相槌を打つように“ゴア”と言ってポーズをとる。

 準備を終えたオレたちを見て、鈴木さんが次の戦いの開始を合図する。


「では、セカンドバトル。ゴーファイ!」


 相変わらず1本目と同じ戦法のようだ。くだらつまらん。


「ゴア!ダッシュパンチ!!」


 足に取り付けたダッシュローラーを使い加速、と同時に右パンチをレッドコアに繰り出す。クリティカルヒットを叩き出し、観客席へと吹き飛ばす。506ヴィーナは微動だにせず、周りの観客が逃げ惑う。何気に凝ってる。506ヴィーナのホロモニターにはクリティカルヒットの文字とHPゲージが0となり”LOSE”と表示される。506ゴアが残心をとき、ゴアーーと叫びガッツポーズをとる。2人は唖然としていたが、鈴木さんがはっと我に返りオレに勝利判定をくだす。


「セカンドバトル。勝者“ゴア”!!」


 まだ驚きから戻らない海蓮にイヤミを返してやる。


「おーい。次で終わりじゃなかったのかよ」

「う、うるさいわね!次こそギタンギタンにしてやるわ!」


 イヤミを言われてわれに返った海蓮は拳を握り締めそう言い返す。


「こんなんで日本チャンプって言われてもチャンチャラおかしいからな」


 鈴木さんは、オレのその言葉に驚きを表す。


「知っていたのかい?この子がチャンピオンだと」

「いえ、その506のことを思い出しただけです」


 事も無げにそういうオレを見て呆れる鈴木さん。


「さあ、ラストバトルやろうぜ!」


 オレの言葉に鈴木さんは頷き、海蓮は地団駄を踏む。506ヴィーナの状態を確認した後、鈴木さんが3本目の開始を合図する。


「サードバトル、ゴーファイト!」


 今度はさすがに突進はしてこず、中央で2体の506が対峙する。ジリジリと少しずつ動きながら、牽制し警戒する。間合いに踏み込み、外し、攻撃のチャンスをさぐる。

 攻撃の始まりは鈴木さんのくしゃみであった。「へくちっ」の声とともにお互いに攻撃を交える。

 506ヴィーナの胴薙ぎを506ゴアが左腕でガード、506ゴアがレッドコアに右パンチを放てば、盾で防ぐ。そのまま右足を軸に回し蹴り、506ヴィーナはそれをまた盾で防ぐが踏鞴を踏んでしまう。距離をとって再び睨み合いに戻る。


「なんでタイムラグが無いのよ。スムーズすぎじゃない」


 海蓮が愚痴るように呟く。残り時間が半分を切った。オレはここから攻勢に出ることにする。


「ゴア!ダッシュ!!」


 506ヴィーナに向けてショルダータックル、距離の短いダッシュは威力は低いものの回避できずに直撃を与える。


「このーー!ドライバレット」


 盾で受け流して506ヴィーナが攻撃に転じる。三連突きが506ゴアのレッドコアをターゲットに襲い掛かる。それをローラーのバックダッシュでかわし、さらにダッシュしなおして蹴りを上下で2連撃、バランスを崩した506ヴィーナにあびせ蹴りを食らわせる。少しばかり吹き飛ばされるが、器用にバク転を繰り返し離脱してから、起き上がり際の506ゴアにシールドバッシュでぶつかりダウンさせる。

 レッドコアを狙って刺突を繰り出す。


「これで終わりよ!」


 笑いながら勝利を宣言する海蓮。

 斜め上空から襲いかかる506ヴィーナに右腕を掲げ迎え撃つ506ゴア。


「アームエクステンド!」


 506ゴアの右腕が突然伸びて506ヴィーナの頭をホールドする。これこそオレが右前腕に取り付けたマジックアームとコイル巻きにした導線とを組み合わせた伸びる腕だ。伸びる長さは前腕部の倍といったところだが、けん制にはもってこいだ。剣はレッドコアをとらえられず、かわりに506ゴアの左腕が506ヴィーナのレッドコアを直撃する。その一撃で506ヴィーナのHPゲージが0となり、506ゴアの勝利を確定させる。

 海蓮は呆然としてペタリと座り込む。鈴木さんはそれを見て俺たちの勝利を宣言した。


「サードファイト。勝者“ゴア”!よって、高輪 南方の勝利!」

「うん、初対戦で初勝利だ。面白かった」

「初めての対戦って………ウソよ!」

「ウソじゃないよ、昨日買ってセッティングしたばっかだもん。だからアーツの設定は出来てないんだ」


 ガックリと肩を落とした海蓮に、さすがにこれはねぇよなーと自分でも思いながらも慰め(?)の言葉を掛ける。


「そんな顔すんなよ、折角の美少女が台無しだ。そんな顔もかわいいと思うけど。笑うともっとかわいいと思うからさ」


 ガバッと立ち上がり顔を真っ赤にしながら「あわわ……」とふるえる海蓮。それを温かい眼差しで鈴木さんが見ている。


「じゃ、君との約束を守るためにもう少し話を聞かせてもらえるかな」


 オレに向き直り鈴木さんはそう言ってくれ、リビングへ向かって行った。オレもその後についていこうとすると、顔を赤く染めた海蓮が近づいて話してくる。


「澪花よ。澪花って呼んで。次は負けないから」

「分かった。オレは南方だ。次があるか分からんけど、よろしくな」


 と手を差し出せば、さらに顔を真っ赤にして手を握り返す。

 レイカの手はほっそりとやわかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇






「ナーく~~~ん。ねぇ~~~え。行こ~~うよ~~~。ナーく~~~~ん」


 そんな甘える様な、ジャレ付くような声が耳元で聞こえる。何気に体が重たい。眠い目を瞬かせながら開けてみれば美少女のドアップが目の前に現れてくる。毎度毎度の光景なので驚きはしない。

 再び目を閉じて寝ようとするが、のしかかった体を押し付けてグイグイと揺らしまくる。ブランケット越しにも胸に柔らかな感触が感じられて、少しばかり目覚めを促す。うっとうしいと思いながらもされるがままにしながら言葉を発する。


「寝たばっかなんだよ。もう少し寝かしてくれよ。レーーーー」

「だってもう8時なんだよ~~~~~。行こ~~~~よ~~~~~」


 ゆさゆさプニプニ攻撃がまた始まる。う~~~~~ん。



 あれから6年の歳月が流れ、オレはこの家に住むことが出来ている。あの後、鈴木さんとその知り合いの弁護士と一緒に家に行くと、リサイクル業者の車とともに自称親戚一家がまさに出かける寸前であった。家の中はガランドウとなり、全く何もないに等しい状態だった。それを見た鈴木さんと弁護士はすぐに警察に連絡を取り、一家は連行されていった。その後、彼らはその手の犯罪(親戚、知り合いといって家に入り込み金品を奪い去っていく)の常習犯であることが分かり、重い刑罰が科せられることになったとか。

 いやぁ危なかったねぇと後見人になってくれた鈴木さんが話してくれた。オレの境遇を聞いた澪花は、怒ったり泣いたりしながら親身になって、オレに懐くようになってしまった。鈴木さんは「よっ!オンナゴロシ」とか言っていたが当事の俺にはサッパリ分からなかった。(今はなに言ってんだろうねキミはと諭したい。)


 506バトルは、小6の時に公式大会の準決勝で敗れてから熱が冷めて、バイト三昧の今ではほとんど506ゴアにも触っておらず、部屋の置物と化していた。

 澪花………レイはその後、世界大会で優勝しそのルックスで今ではアイドル並みの人気をはくしている。なのにこうしてオレの家に来ては、掃除洗濯料理とやたらと世話を焼いてくれている。

 オレも嬉しいし有難いのだが、時々悪いなーと思ったりもする。今の関係は友達以上恋人未満ってところか………。海蓮グループの末子とはいえお嬢様が妙に所帯じみてしまったのはオレのせいだろうか……セレブなのに。


「で………どこに行くんだ?」

「秘密………」

「……今日、VRゲームやろうと思ってたんだけど………」

「それは後日。その時はあたしも一緒にやるから」


 それでもグダグダしているとレイはベッドから降りて、ビシッとオレを指差して挑戦状を叩きつけるように言った。


「じゃあ、あたしと506バトルをしなさい。ナーくんが勝ったらVRゲーム。負けたらデート、いいわね」


 デートって言い切ったよコイツ。レイとデートするのも嬉しんだが、今は非常に眠いので優先順位が高くないのだ。


「はぁー分かったやるよ」


 506バトルをやめたオレと違い、今もトップランカーのレイに勝てるとは思わないがやらずに負けを認めるのもなんか嫌だ。

 置物と化していた506ゴアとリンクフォンを手に取り、共に1階に降りて居間から硬く踏み固められた中庭に出る。リンクフォンをつけて506ゴアの電源を入れる。電源自体は充電用の台座に置いていたので問題はないのだが、はて―――バッテリーって何年も持つもんなのだろうか?506ゴアを地面に置いて相対する方を見やる。レイはもう準備万端というように肩にのせていたヴィーナ(6年前とは外見が全く違う)を目の前に立たせて腕を組んで対峙している。携帯の506バトル対戦アプリを起動してリンクフォンにつなぎ対戦の準備を終える。


 起動した506ゴアを見るとオレに背を向けてフテ寝していた。その妙に人間臭い姿に唖然としていると、携帯にノンアクティブの文字が流れる。


「ゴア、どうしたんだ?立つんだ」


 オレの言葉もむなしく通り過ぎ、506ゴアは“ゴアー”と不機嫌な声を出して寝そべっている。いや……お前ただのオモチャだよな。何でそんな人間臭い行動をしているのか自問自答していると。


「戦闘放棄だからあたしの勝ちでいいのよね!」


 グウの音もでないことに肩をガックリ落として頷く。何年もほっといたオレが悪いのか、おそらく家に来る度に世話をしてたレイが凄いのか、溜息をついてそんな事を思った。レイとの勝負に敗れた(?)オレは506ゴアに謝り機嫌を直して貰い、その後レイの言葉通り出掛けることになった。外着に着替え待機していた車(高級外車)に2人で乗り込むと車は静かに発進する。


「で、どこに行くんだ?」

「着いてのお楽しみ」


 どこに行くのか尋ねてみると、レイは口元をニマニマさせながら行き先をごまかす。なんか嫌な予感しかしないのだがと506ゴア両手で抱えて思いにふける。二十分ほど走った後、車は目的地へとたどり着く。外観は学校にある体育館ほどの建物で周囲には、沢山の人々が集まっている。

 その人だかりを通り過ぎて車は人のいない裏側へと向かい停車する。帽子をかぶり金髪、赤縁眼鏡へと変装したレイと共に車を降り、関係者入り口から建物に入る。


「バトルコロッセウム………」

 

 そこには、以前よりもやや大振りなバトルコロッセウムが4つ建物の中に広がっていた。2階部分は階段状に高く広がった観客席。見た目は大きくなったバトルコロッセウムのようだ。


「今度、ここでタッグマッチトーナメントが行われるの。ナーくん、あたしと一緒に出てくれない?」


 突然のその言葉に二の句がつけずにいると、レイはオレの空いている手をギュッと握って上目遣いで見上げる。


「お願い………」

「……4年以上506バトルやってないロートルでいいのか?レイ」


 その瞳に問いかける様に正直に今の気持ちを話す。足手まといはゴメンだ。


「ナーくんがいいの……。んーん、ナーくんじゃなきゃイヤなの。あとゴアはチューンアップされてるからロートルじゃないよ。最新型」

「……じゃ、オレだけがロートルって事か………」


 いつの間にやら506ゴアをカスタムしていたのか……。ちょくちょく家に来ていたがそんな事までしていたとは。呆れるやら何やらでもう何がなんだか混乱してしまう。けれどやるべきことはひとつしか無いだろう。


「ま、どこまでやれるか分かんないけど付き合うよ」


 握られた手を握り返して、レイを見つめて決意を表す。


「どこまででも行けるよ!あたし達なら!!」


 レイは笑顔を見せ506ゴアは“ゴアー”と吠え、506ヴィーナは“ヨカッタデスネマスター”と話している。しゃべれるんかいキミ!





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 簡素なテーブルと椅子が置かれた控え室で深呼吸をして気持ちを落ち着けさせる。あと30分程でファイナルバトルが始まる。あたしはこれまでのことに思いを馳せる。ナーくんと共に出場した大会は100組を越える出場者で繰り広げられた。

 ほとんど無名といったナーくんとのタッグはノーシードから始まり、誰もあたし以外をマークしていなかった対戦相手は、ナーくんの506ゴアによって倒されていった。チートだと騒ぐおバカもいたが、運営からレギュレーションは何も問題は無いと言われて口を噤むばかりだ。そう、ナーくんはスゴイ。4年以上506バトルから遠ざかっていたにもかかわらず、その動きはトップランカーにもひけをとらないものだった。破竹の勢いで勝ち上がり、あたし達は今この場にいる。


 口さがない母や兄姉達もこれだけの力を見せ付けられれば何も文句は言えなくなるだろう。それに大会であれば、少なからず賞金が出る。家の維持費や税金の為にバイト三昧の生活から抜け出すことが出来れば、あたしとの時間も出来るしいいこと尽くめだ。ナーくんの意思を無視して参加したことについては申し訳ないと思うけど、拒否られなくて良かったと安堵している。


 あの日、ナーくんと出会った日。


 あたしは恋に落ちてしまった。今も絶賛落っこち中だ。

 

生意気そうな顔で、礼儀正しいのに腹黒っぽい態度とか、握手した時のゴツゴツした手の感触。

 今でもありありと思い浮かべられるほど鮮明に記憶している。

 

 とくに興味の無かった506バトルをやっていたのも、開発責任者の叔父の頼みでなんとなくやっていたのだが、十人抜きしたらもうやらなくて良いという約束で、十人目にナーくんと対戦した。バトルに負けて悔しさを知り、ナーくんとバトルをしているうちに、ナーくんが楽しそうに笑っているのを見てるとあたしも楽しくなり、506バトルを好きになっていた。

 今あたしがこうしているのもナーくんのおかげなんだなぁ~としみじみ思いを噛み締める。

 ナーくんが506バトルをやめたときは少し悲しかったけれど、家に押しかけてお世話することで側にいられることが出来た。こんな関係も悪くないと思ってたけど。

 大会参加を引き受けてくれた翌日に、告白してくれたときは天にも昇る気持ちだった。その内容はあたしの心の引き出しに鍵をかけてしまっておく。


 そんな事を思い出しフニャフニャ笑っていると、控え室のドアが開きあたしの恋人が入ってくる。


「どうしたん?思い出し笑いなんかして」

「ふふっ。なんでもなーーーい」


 屋台で買ってきたイカ焼きをほお張り、お茶とタコ焼きをテーブルに置いたナーくんが聞いてくる。


「ホイ。タコ焼き食べよ」

「あ~~~~ん」


 差し出すタコ焼きを前にヒナ鳥のように口を開けるあたし。


「はいはい。お嬢さま」

「んぐんぐ、イカ焼きも」


 タコ焼きを食べさせて貰い、イカ焼きも一口パクリ。美味しい幸せ。


『まもなく決勝戦が開始されます。ファイナリストはバトルコロッセウムまでお越しください。繰り返しお伝えいたします………』


 一息ついたあと、アナウンスが控え室に流れる。ナーくんは506ゴアを左手に持ち、右手をあたしに差し出す。


「さあ、行こう」

「うん」


 その右手をギュと握り締めて、立ち上がりうなずく。


 さあ!ふたりでどこまでも―――――――



 ―――――――――――――――――――――――――



 閑静な住宅街の昼下がり、人も車も途絶えた道路を一匹のニャンコがトコトコ公園に向かって横切っていく。まだ幼さが残る子猫の様だ。

 公園の外壁に辿り着くと器用にピョコンと飛び上がり中へと入っていく。芝生を掻き分けて公園の中央へとタッタカと駆け出す。

 この草の匂いと噴水の水の音がニャンコは大好きだった。

 お気にの場所までトトトと駆け抜けようとしたニャンコが、ふとベンチに座る人間に気がつき立ち止まりそれを見つめる。

 一人は大っきな男の人、もう一人は黒髪を肩で切り揃えた女の人。胸に何かを抱きかかえている。その前には小っさい人がしゃがんで何かを見ている。

 大っきな男の人は、心配そうに女の人を向いて何か言っている。

 ニャンコはピンと耳をそばだてて様子を伺うことにする。ニャンコは人の言葉がわかる猫なのだ。


「大丈夫か?替わろうか?」

「大丈夫だよ。もー、ナーくんは心配性だなぁ」

「結婚して何年も経つんだから、その呼び方はどうかと思うんだけど……」

「んー。じゃあ、ア・ナ・タ☆とか?」

「……いや、今まで通りでオネガイシマス……」

「ふふっ」


 ベンチに座って小っちゃいものを抱いている女の人を心配そうに見ている男の人。二人は番いのようで男の人は女の人に頭が上がらないみたい。


「ここがおじさんとナーくんが出会ったとこなんだね」

「ん?来た事無かったか?」

「初めてだよ。いつもは反対側から通ってたから。だから、通ることも無かったもん」

「……でも、本当にいいのか?こっちで暮らすことになって。実家にいればいろいろ手伝って貰えるのに………」

「いいの!っていうか、私がこっちで暮らしたいの。それにナーくんすっごく窮屈そうだったし、初孫はあっちで育てるって条件はクリアしたんだから」

「そっか………。わかった」

「がんばって!社長さん☆」

「ちっちぇー会社だけどな」

「ふふっ」


 仲睦まじく寄り添う二人を見てニャンコはなんかい~な~と思った。女の人の胸の中で小っちゃいものがアバアバ体を動かしている。

 ふと視線を移すと、さっきまでしゃがみながら地面をジッと見ていた小っさい人と目が合う。じーーーっと見つめ合う一人と一匹。


 小っさい人はニャンコに笑顔を見せておいでおいでをする。


「ニャンニャーー☆」

『ナーーーーーーッ』


 ニャンコはなんかあったかいものにフワワンとくるまれる思いを胸いっぱいに感じながら、小っさい人の元へトテテテ向かって行った。


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