卑屈系少女に漫画のような恋はあるか?
今日最後の授業は体育だ。人数の少ない特進クラスと合同だった。
急用でもできたのか、先生はいないらしい。遅れて来るのかどうかは定かでない。
自習と知って、生徒達は思い思いにこの時間を過ごし始めた。お喋りに興じる者、バスケを始める者、特進クラスは教科書を手にしていた。持ってきていたのか。さすがは頭良い組。
普通科の私は体育館の隅で、時折話す程度の子達と座り込んでいた。ぽつぽつ何か喋りながら、退屈に時間を潰す。
こういう時、共通の趣味で盛り上がれる相手でないのは中々辛い。いや、その子達とも物凄く仲がいいわけではないのだけど。 その中で一人、私でも輪に入れようとしてくれる良い子がいてくれているからであって。
話し相手になってくれているだけいいだろうに、つまらないなーとか思っていた罰だろうか、段々お腹が痛くなってきた。たぶん下している。トイレに行けば治る痛みに、私は断りを入れて体育館の外のトイレへ駆け込んだ。
誰もいなかったトイレを出て、ほっと一息つく。腹痛ってなんでこんなに辛いのか。
軽くお腹を擦って、なんとなく空を見た。青い空には、十字に交差した飛行機雲があった。久しぶりにそんな飛行機雲を見た気がする。良いものを見たような気がして、ちょっと笑えた。
「なんで笑ったの」
低い声がした。男子の声だ。なんだ、誰に言った。
声のした方へ顔を向ければ、長身の男子生徒がこちらを見つめて佇んでいた。ワックスか何か使っているのか、ふんわりと立たせた焦げ茶の髪に、無表情というには寝起きのようなぼんやりした印象を受ける、整った顔立ち。あらー、イケメンじゃないですかー羨ましいことで。
見たことのない顔に、今の時間に青色のジャージでいることから、合同中の特進クラスの人なんだろうと判断する。ちなみに女子のジャージは赤い。
彼はずっと私を捉えていた。何も言わずに黙っている。
あれ、もしかしてさっきの発言って私に向けてのものだったのか。まあ、周囲に人、いないしなあ。確かにちょっと笑ったしなあ。
けどなあ、こんな見目のいい奴が私なんかに話しかけるかなあ。それほど気色悪く映ったのか。そうか、なんかすまん。
「あー……えーっと」
「うん」
自信がなくなって出た声に、彼は頷く。頷かれた。じゃあ、間違ってない……のか。まことすまん。
「空に、飛行機雲が」
「飛行機雲」
「十字に見えたので」
「十字に。あ、本当」
「ちょっとええもん見たな、と」
「ええもん。なんで」
「え、いやあ……そう見るものでもないかなと」
なんで一部オウム返しにしてくるのこの人。なんか「なるほど」とか納得しているし。いや、まあ、わかってくれたならいいんだけどさあ。……いや、何を理解したっていうのだ。変な奴。
会話といってもいいのか微妙なやりとりが途切れ、授業中なのにずっと外にいるのはいかんだろうと、男子を無視して一人体育館へ歩き出す。
しかし三歩目を出したと同時に、隣に人影を見た気がして、ちらりと目だけを寄越した。さっきの男子が当然のようにいた。えー。
いや、一緒の授業だし、合同だし、戻るところもそりゃ一緒ではあるけども。何故わざわざ隣へ並ぶのだ。あんたの方が足長いんだから先に行けよと。ていうか必然的にそうなるはずなのに、なんで同じペースの進みなのか。あれ、なんで?
とうとう並んで体育館へ着いた。何人か女子がこちらを向いている。人が来たからなのか、こいつがイケメンだからなのか。彼女達の間では人気があるのだろうな。
そそくさとシューズを履き替える。そそくさとトイレに行く前の壁際へ戻る。話していた子達は、別の場所に移動していた。そうかぼっちか。いつものことです。
腰を下ろして体育座り。あー暇だわーとか思っていると、あの男子が、人一人分のスペースを空けて、何故か私の隣に座った。何故だ。
体育では大体、男女別れて行われる。体育館での授業の場合、使用する面積を半分にして分ける。ステージ側が男子で、出入口側が女子だ。自習であろうとも、みんな無意識なのか、そのように別れていた。混合でお喋りしているグループは真ん中辺りに集まっている。
つまりだ。私の座っている場所は出入口に近い。完璧女子側なわけだ。そんな中に、男子が一人。めっちゃ目立つわけで。
なんでそこに座るのかと、視線を向ける。彼は片膝を立てて、気だるそうに、何故かじっと私を見ていた。目が合う。やはりじーっと、私を見ている。私が何をしたというのか。
耐えきれなくなって、うつむく。両腕で抱えていた足を、さらにぎゅと抱え込む。
何故だ。何故に隣に座って私を観察するのだ。周りからもチラチラ見られるし。珍獣か私は。
そうかわかったぞ。なんか友達に言われたんだな。罰ゲームか何かだろう。あのブスと接触してこいよと。謎は解けた。
同時に隣の男子に同情した。無茶を振る友を持つのも大変ですねと。この罰ゲームはいつまで続くのだろう。
ふう、とため息をついた時、「小さい」と抑揚のない声がした。独り言には大きく、その言葉には思うところもあったので、隣を見た。
静かな瞳と視線が重なる。
「身長」
「しんちょう」
「うん。いくつ」
「ひゃ……く、ごじゅう、です」
「百五十。俺と三十、違う」
おいやめろ、悲しくなるだろ。
なんだよ自慢ですか、悪かったな小さくて。ていうかなに、こいつ百八十あるの? お前ほんとに高二? モデルか。実はそうなのか。内心やさぐれる。
そーですか、と投げやりに返して。
「うん。小さくてかわいい」
なんか聞こえたぞと、まじまじと男子を見た。
ぼんやりした顔には、とても優しい微笑みが乗っていた。え、なんでこんな幸せそうに笑ってんのこいつ怖い。
内心で戦慄する私の顔は、たぶんちょっと赤かった。
それがなんかムカついて、すごい苦々しい顔になった。
そんな私に、彼は長い腕を伸ばして、何故か私の頭をわしゃわしゃ撫でる。ええー、なんでー。一人を相手にこんな百面相するの初めて。
何故かこの日を境に、私は彼と知り合いになった。私相手に話しかけてくる理由は、まだよくわかっていない。
できることなら、永遠にわかりたくないけれど。
一方通行が好きです。
こいつらは引っつくんですかね。