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第9話(2)裏切り者に、友達なんてもつ資格ねえんだ

 大和、参謀長公室。


〈珍しいですわね。貴女から私に電話だなんて〉


 冷たい黒電話の受話器を伝って鼓膜を震わせたのは、久しぶりに聞くかつての上司の声だった。


「夜分遅くに恐縮です、嶋野先輩」


〈あら、堅苦しい挨拶は抜きにしません? 貴女と私の仲ではありませんこと、ねえ、宇垣さん〉


 上品だが粘性の強い声音の主……嶋野の次の一言に、宇垣束は僅かに額が汗ばむのを感じた。


〈主力の戦艦部隊をミッドウェーに同行させてくれ、でしょう?〉

「……何故、それを」


 束の反応を愉しむかのように、電話の向こうで嶋野はくつくつと嗤う。


〈その艦の中にいる私のお友達は何も貴女1人とは限らない――そう言ったら、宇垣さんは私のために妬いて下さいますかしら?〉

「……」


 沈黙を否定と受け取ったのか、暫く経って嶋野が肩をすくめる衣擦れの音が聞こえた。


〈残念ですわ。……でも構わなくってよ、戦艦部隊のミッドウェー同行〉

「本当ですか」

〈ふふっ、勿論。戦艦の乗組員に手当を出してあげられないことには、私も胸を痛めていたところですの。部下想いの山本さんらしい、素晴らしい考えだと思いますわ〉


 そのことも耳に入っていたのか。だがこれで、五十子を敵視しなおかつ戦艦温存を信条とする嶋野が何故あっさりと承認したかがわかった。

 嶋野は海軍大臣だが、今の収入格差を招いた給賞与制度は彼女が作った訳ではない。戦艦乗組員の士気低下は、嶋野にとっても望ましくない事態だったはずだ。

 皮肉にも、不純な理由があるからこそ互いの利害が一致したわけだ。これがもし純粋に戦術的な理由だけで願い出ていたら、嶋野は決して戦艦の出撃を認めなかったに違いない。


〈ただし、条件は出させて頂きますわ〉


 そして案の定、嶋野は本来なら連合艦隊司令部の所管である艦隊運用に制限を課してきた。


〈わかっているとは思いますけど、今回はあくまで手当を出すためのアリバイ作りとして出撃を認めますの。航空機が不意討ち程度にしか使えないことは、この間の空襲でむしろはっきりしましたわ。戦略の要石はやはり戦艦、その戦艦を所詮は露払いに過ぎない空母のため危険に晒すなど本末転倒。ですから、戦艦部隊は参加にあたって前線から十分な距離をとること……そうですわねえ、最低でも一航艦の後方300浬くらいかしら?〉


 その距離だと主力戦艦群は、期待されているような前線部隊への火力支援は一切出来なくなる。束がそれを指摘する前に、嶋野は2つ目の条件を告げる。


〈もう一つ。無線傍受で敵に発信源を探知されないよう、前線部隊以上に厳重な無線封止を行うこと。これは、GF旗艦である大和も例外ではなくってよ〉

「それでは連合艦隊司令部は、情報発信さえ出来なくなります。作戦通りにことが進めば必要無いかもしれませんが……」

〈あら、GF司令部は今回の作戦計画に絶対の自信を持っていたのではなくて? それに、情報発信でしたら軍令部が致しますから心配なく。大和の安全が最優先ですわ〉

「ですがそれでは、万一事態が急変した場合に」

〈同期の楠木さんのことが心配ですの?〉


 嶋野の放った言葉に思わず絶句し、束は直後、奥歯をぎりっと噛み合わせた。


〈名門宇垣家のご息女が、よもや作戦に私情を挟んだりはしませんわよね〉


 まるで二又に分かれた蛇の舌が、耳の中を舐め回すような声。


〈山本さんや、黒島や渡辺とかいう子達は、兵学校を出てから一度も軍令部に籍を置かず体系的に戦略を学んだことの無い素人ですわ。でも宇垣さんは違う。漸減要撃研究で右に出る者のいなかった、軍令部で10年に1人の逸材……貴女は特別よ。本当は山本さんの下に置いておくのは惜しいけれど、山本さんのお目付役は貴女にしか務まらないと思っての今の人事ですの〉

「……あたしは、特別なんかじゃ」

〈謙遜を。2年前、貴女が三国同盟賛成で部内を纏める手助けをして下さったからこそ今の私がありますのよ。この嶋野、受けた恩は決して忘れませんの。宇垣さんのことだけは、本当のお友達だと思ってますわ。ですからどうか私をがっかりさせないで下さいな〉


 電話が切られる。

 受話器を戻した束はのろのろと席を立ち、洗面所に入った。嫌な汗を流してしまいたかった。

 蛇口をひねり、両手に溜めた少量の真水で顔を乱暴に擦っていると、ふと鏡に映った自分が目に入る。

 ひどい顔だ。17歳の女相応に女々しくて、自分のやったことを掘り返されて後悔し、自分のやったことを棚に上げて嶋野を恨み、そしてどうにもならないとわかっているのに、どこかで助けを求めている。

 まだ、そうなると決まったわけじゃない……つい最近自分が寿子に言ったことと、未来人を称する少年の顔が脳裏をよぎった瞬間、束は鏡に映った自分の顔面に拳を叩き込んでいた。

 鏡に放射状のひびが走り、切れた拳から鮮血が散る。


「……本当のお友達だって? 嶋野さん、あんた何もわかってねえよ」


 痛みの力を借りて、束はいつも通りの嘲笑を浮かべることができた。

 こんなつもりじゃなかった?  嶋野が憎い? あいつが何とかしてくれる? 全く、虫が良過ぎて反吐が出る。


「裏切り者に、友達なんてもつ資格ねえんだ。あんたにも……あたしにも」


 最初からわかっていたはずだ。

 自分で選んだ道。

 覚悟は、とうの昔に済ませた。

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