第2話
……これで良いか?
ピックアップした依頼書から1つを選ぶ。
滞在していた地方都市『レヴィン』から王都『グラド』へと続く街道で野盗が出ている。
野盗は商人や旅人を襲い、女、子供は売り飛ばし、男は殺して金品を奪う。
……クズだな。
依頼書を掲示板からはぎ取り、近くのテーブル席に座る。
改めて、依頼書の内容に嫌悪感を覚えるがそれを隠す事などしない。する必要などがない。
この世界には野盗が多い、土地は枯れている場所も多く作物も上手く育たたない場所も多いからだ。
豊かな土地は権力者が占領し、民を奴隷のように扱っている場所がほとんどだ。
そこから逃げ出した者達は生きるために他者の命を奪う。また、野盗となった者達を他の者が殺し、生活の糧を得る。
見事な悪循環だがそれしか生きる方法がないのだ。
この世界の人間はこの世界の1部だから、これが当然であり、この世界の人間のほとんどがこの悪循環を疑問に思う事はない。
だから、俺にはこの世界の1部を壊す事を迷う必要などない。
この依頼書を手に取ったのだって近場で1番実入りが良かったからだ。
「お客さん、その依頼書を受けるのかい?」
「……ああ」
「お客さんは1人だろ。止めといた方が良いと思うぞ」
席に座った俺を見て、店主が水とともに宿代に含まれていた朝食を運んでくる。
俺が手にしている依頼書を見て心配そうな表情で聞く。
店主が言うにはこの依頼書の野盗は組織立って動いているような噂があり、軍が派遣されても見つかる事はなかったらしい。
不安そうな表情をする店主だが、少し考えればわかる事だろう。
この野盗は権力者達と取引をしているのだろうと軍の情報が流れてしまえば、一時的に隠れる事など簡単だ。
店主は止めた方が良いと言うが、止める気など起きない。
クズを殺せるのだから、それ以上に高揚感が湧き上がってくる。
宿代は昨晩支払っているため、朝食を腹に詰め込むと挨拶をする事無く店を出る。
保存食と言った旅に必要な物を買い込むとレヴィンの街を出て王都に向かう街道を歩く。
レヴィンから王都までは徒歩1カ月半と言ったところだ。
そのため、レヴィンのような地方都市と王都をつなぐ街道には宿場町が点在している。
だからと言って、1日で到着する距離にはないし、仮に毎日、宿泊するようならすぐに旅銀が尽きてしまう。
それに討伐依頼が出るような野盗が出る場所だ。
商人連中は馬車を使い、腕の立つ旅人を雇い警護をしながら歩く。
軍と取引をしているのだから、仲介して貰えば見逃して貰えるだろうが、権力者と親密な人間はそこまでいない。
当然、俺にもそんな金はない。
危険で長い道のりを歩いて移動するのは無謀だと言えるが移動手段が足しかないのだから仕方ない。
危険な街道を1人で歩いている人間を見て、馬車移動の人間は警戒するように距離を取る。
徒歩で移動している人間が珍しいのだから、野盗の1人ではないかと警戒しているのだろう。
邪魔をしてはいけないと脇にそれ、馬車を先に進ませる。
こちらは気楽とは言わないが1人旅だ。
何かあって死んでしまえばこの世界に食われるだけだ。
「スノウ、どこまで行く気だ? 乗せてやる代わりに護衛してくれないか?」
そんななか、1台の馬車が俺を追い抜いてすぐに止まった。
荷台からは赤い短髪の大柄でいかついおっさんが顔を出し、大声で俺を『スノウ』と呼ぶ。
『スノウ』とは俺がエルグラドで名乗っている名前だ。
この世界で1人だけで生きると決めた時につけた名前だ。
エルグラドには雪が降らない。
雪はこの世界に存在しないもの。
俺もこの世界には存在していなかったもの。
少し、ガキっぽいとは思うが皮肉を込めて名付けてみた。
この世界では日本人の名前は浮くし、気に入ってはいないが本名で呼ばれる気はしなかったからだ。
俺に手を振っているおっさんは『リューム』と言う行商人だ。
それなりに手広く商売をしており、情報にも聡い。俺がエルグラドに来てから何度か顔を合わせており、顔なじみの行商人だ。
馬車移動は魅力的だなと思いつつも、馬車の荷台からは彼が雇った護衛なのか、俺に視線が集中する。
……あまり歓迎はされていないみたいだな。
突き刺さる視線に小さくため息が漏れた。
きっと、俺が護衛に入る事で護衛が1人増えてしまい、取り分が減るとでも思っているのだろう。
面倒だな。それに護衛がいるなら野盗が襲ってくる可能性は減るか? 断ろう。
同行するとなかなか居心地が悪そうであり、断ろうと決めるがリュームは俺を同行させる気のようで荷台から降りて俺の身体を引っ張る。
「……おい。俺は乗るとは言ってない」
「良いじゃねえかよ。腕が立つ人間は貴重だしな。お前達、聞いてくれ。こいつはスノウ、さっきも言った通り、護衛に加わって貰う。お前らが気にしている依頼料の腱だが、安心しな。ただ働きだから、お前らへの依頼料は減らさねえよ」
強引に荷台の前まで引っ張られると依頼主であるリュームは雇った護衛に命令をしていく。
荷台には5人の人間がおり、依頼料が減らない事に胸をなで下ろすヤツ、単純にリュームに実力が不足していると判断されたと思い不機嫌そうにしているヤツ、まるで興味などないと平然とした顔をしているヤツ。
そして……明らかに俺へと敵意を向けているヤツ。
突き刺さる視線に気づき、ゆっくりと視線を移す。
視線の先は荷台の中と言う事で薄暗い。
薄暗くはあるが、敵意を向けている人間の姿はしっかりと確認でき、そこには剣を携えた少女が腰を下ろしている。
俺の視線に気が付いたようだが、少女はその鋭い視線をそらす事はない。
どこかで恨みを買ったかとも考え、記憶を引っ張り出すがその少女の顔には見覚えもなく、恨みを買った理由もないため、荷台の隅へと腰を下ろす。
「それじゃあ、出してくれ」
リュームの声で馬に鞭が入る。
馬車はゆっくりと動き始め、リュームは険悪に見える荷台の空気を気にする事無く操縦席で馬車を動かしている人間の隣に座る。
しかし、護衛で雇われているはずの人間は誰1人として腰を上げる事はない。
……護衛が荷台で休んで依頼主が前に出るのは違うだろ。
野盗が出た場合、こいつらは当てにしないほうが良いな。金や売り物を持ち逃げしそうだ。