手招き
ある秋の日のことだ。夏の暑さも消え去り、上着を羽織らなければ寒いくらいだった。
その日は朝からずっと雨が降っていた。傘をさすほどの雨ではなかった。
友達の部屋でテレビゲームをして、カラオケに行って、帰りに牛丼を食べて、いつもと特別変わらない休日だった。
退屈なわけではなかったないが、何か物足りなさを感じるのもいつもと変わらなかった。
だらだらと毎日を過ごしていて、なんとなくそれは、あまりいいことではないなと思っていた。
彼女も、ついでに言うと仲の良い女友達すらいなかった。恋人がいれば少しは楽しく毎日を過ごせるのかもしれない。だけれども、恋人が欲しいわけでもなかった。
はっきりとしない悩みに耽りながら家に帰るため、一人夜道を歩いていた。
肩にかかる雨がいつもより冷たく感じた気がした。
風邪をひきたくないから早く帰ろう。そんなことを思って足を早めて歩いていると、雨で霞む道の先に何かが見えた。
白いワンピースを着た女の子だった。
ワンピースとは対称的に真っ黒な髪の毛だった。
その女の子はずっと手招きをしていた。
周りを見ると電灯くらいしか見つからない。どうやら僕のことを呼んでいるみたいだ。
でも、いったい誰だろうか。僕に女の子の知り合いなんて大学に入ってからはまるでいないのに。
帰り道が女の子のいる方向であり、女の子が誰なのか知りたくもあり、僕は女の子のほうへと歩みを進めた。
僕が女の子に近づくと、女の子は小走りで路地を右に曲がった。
僕が路地を曲がると、また女の子が遠くで手招きをしている。
僕は手招きに吸い寄せられるように歩いていく。
その後も女の子が手招きをして僕が追いかけるというのを繰り返していた。
夢中になって気づかなかったが、いつの間にか僕がいた場所は墓地だった。
血の気が一瞬にしてひいた。急に恐怖が僕を襲った。脚が震えていた。きっと寒さのせいだけではなかった。
女の子は依然として手招きをしていた。
僕は本能的に女の子に背を向け走り出した。
しかし、恐怖のせいからか脚は空回りするばかりで、思うように進んでくれない。
振り向くことはできなかったが、物凄い速さで女の子が追いかけてくるのが分かった。
足音が聞こえたからだ。それも尋常ではない速さでだ。さらにほとんど奇声に近い声で逃げるなと叫んでいる。
いやだ、怖い。
死にたくない。
怖い。
怖い。
それからしばらくがむしゃらに走った。
どれくらい走ったろうか。気づくと僕は今日遊びにいった友達のアパートの近くまで走ってきていた。周りを見てもあの女の子はいなかった。ようやく、落ち着いて冷静になれた。
そうだ、今日は泊めてもらおう。とてもじゃないが一人は怖すぎる。
友達の住む部屋のインターホンを押す。
「あれ、どうしたんだよ? 忘れ物でもしたか?」
ひょうきんな彼の声のお陰で少し気が楽になった。
「まあ、いいや。入れよ」
そういって彼は僕を手招きする。
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