表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/29

第 7 話 龍、“殺す覚悟”を考えるのこと

第七話、更新しました。

良かったらお読みください。

龍さまと元譲さまが助けた、名前を許緒殿とおっしゃられる少女を一時的に加えた我らは、村を襲う盗賊団を根絶やしにするため本拠地に向かっていた。

我らは孟徳さまを守るように配置されて、元譲さまは前線に、妙才さまはその後方で行軍の指揮を執っておられる。

そして我らの将、龍さまはというと・・・・・・。


「うむ。やはり自分の足で歩かないと、気づかないもんだな」


我ら歩兵と一緒に行軍していた。

しかも、許緒殿が乗馬できると知るや否や、自分の馬をお貸しになり自分は歩いておられるのだ。

そして時々、道に生えている雑草を摘んでおられる。

それは龍さまにとって、大事なことなのだろうから気にはしない、気にはしないが・・・・・・。


「あの? 龍将軍・・・・・・」

「ん? 何だい?」

「何故、歩いておられるのですか?」


どうして我らと一緒に歩いておられるのかが分からない。

龍さまは私の問いに対して、微笑みを返され誤魔化された。


「気にしたら負けだよ、君」

「は、はぁ・・・・・・」


しかし、気にするなと言われても無理な話である。

龍さまは、一介の兵士に過ぎない私にとって、雲の上のお方だ。

それに龍さまは天の御遣い様で、孟徳さまや元譲さま、妙才さまから一目置かれる方なのだ。

我らと一緒に歩いて行軍するお方ではない。


「ねぇ? お姉ちゃん」

「ん? どうかしたのかい?」


そんな事を考えていると、許緒殿が顔を龍さまに近づけて話し掛けてきた。


「さっきから道の草を採ってるけど、どうして?」

「ははは、気にしたら負けだよ許緒」


私の時と同様に、そう言って誤魔化される龍さま。


「ふ~ん、そっか。じゃ、ボク気にしない♪」

「そうそう。許緒は素直だね~」

「えへへへ♪」


許緒殿が笑顔でそう返すと、龍さまは許緒殿の頭を撫でられた。

許緒殿は目を細め嬉しそうにしている。

・・・・・・なんというか、本当の姉妹に見える状況である。


「孟徳さまからの伝令です。敵の本拠地と思われる砦を確認。直ちにこちらに来るようにと」

「分かった。直ぐに行くと伝えてくれ」

「はっ!」


そうこうしている内に、盗賊団の本拠地と思われる砦が見つかったらしい。

その報告を受けた龍さまは馬に跨がると、許緒殿と一緒に向かわれた。

ちらっと見えた龍さまの横顔は、さっきまでのお優しい表情ではなく、凛々しく格好良い表情になっておられた。

私はそれで、いよいよ戦いになると認識したのだった。



**********


華琳殿の下へ戻ると、ちょうど春蘭殿が報告しているところだった。

春蘭殿の話では、盗賊団の本拠地(隠れ家)の砦は、山の陰に隠れるようなひっそりと建てられているという事らしい。


「そう言えば許緒、この辺りに他の盗賊団はいるのかい?」

「ううん。この辺りにはアイツらしかいないから、お姉ちゃん達が探している盗賊団っていうのも、アイツらだと思うよ」


なるほど。おそらくここいらの無法者たちが、一つの盗賊団を作ったのだろう。


「敵の数は把握できている?」

「はい。およそ三千との報告がありました」


三千か・・・・・・、私たちの隊が千とちょっとだから、約三倍・・・・・・。


「思ったより、大人数だな。龍」

「そうだね」


春蘭殿の呟きに頷くと、桂花殿を見つめる。


「もっとも連中は、集まっているだけの烏合の衆。統率もなく、訓練もされておりませんゆえ・・・・・・、我々の敵ではありません」

「けれど策はあるのでしょう? 糧食の件、忘れてはいないわよ」

「無論です。兵を損なわず、より戦闘時間を短縮させるための策、既に私の胸の内に」


桂花殿は自信に漲った表情をしている。


いよいよ、あの荀文若の策が分かるぞ。

そう思うと何だか楽しみだ。

おっと思わず顔が緩んでしまうところだった。

ふぅ・・・・・・、ここはそんな場面ではない。気を引き締めてっと・・・・・・。


緩む顔を何とか表に出さないように抑えながら、桂花殿の説明を聴く。


「まず孟徳さまは少数の兵を率い、砦の正面に展開してください。その間に元譲、妙才の両名は、残りの兵を率いて後方の崖に待機」


華琳殿に少数の兵を率い砦の正面に展開させて、春蘭殿と秋蘭殿に後方の崖に待機させるか・・・・・・。

これはなかなか・・・・・・、流石は荀文若だな・・・・・・。


「本隊が銅鑼を鳴らし、盛大に攻撃の準備を匂わせれば、その誘いに乗った敵はかならずや外に出てくる事でしょう。その後は孟徳さまは兵を退き、十分に砦から引き離したところで・・・・・・」

「私と姉者で、敵を背後から叩くわけか」

「ええ」


桂花殿の話を引き継いで、秋蘭殿が口を開く。

それに頷いた桂花殿は、真っすぐ華琳殿を見据えた。

すると、今まで黙っていた春蘭殿が怒鳴ってくる。


「ちょっと待て。それは何か? 華琳さまに囮をしろと、そう言うワケか!」


桂花殿は『何か問題でも?』と言いながら、華琳殿の後ろに控える春蘭殿を見据えた。


「大ありだ! 華琳さまにそんな危険な事をさせるわけにはいかん!」

「なら、あなたには他に何か有効な作戦があるとでも言うの?」

「烏合の衆なら、正面から叩き潰せば良かろう」

「「・・・・・・・・・・・・」」


ふっ・・・・・・、春蘭殿らしい意見だ。

まぁ、他の皆はその言葉に呆れてるけどね。

さて、ここは・・・・・・。


「春蘭殿。糧食の件もあるし、我々にとって貴重な兵の損失を最小限にするのなら、桂花殿の策が一番いいと私は思うよ」

「なっ!? 龍までそのような事を!?」

「いいかい? 油断したところに伏兵が現れたとする。当然、相手は大きく混乱する。混乱した烏合の衆はより倒しやすくなるはずだよ」


春蘭殿に桂花殿の策が如何に良いか説明をするが、春蘭殿は最後の悪あがきをする。


「な、なら、その誘いに乗らなければ?」

「・・・・・・ふっ」


しかし、桂花殿は鼻で笑う。


「な、何だ! その馬鹿にしたような・・・・・・っ!」


その態度が気に入らなかったのか、春蘭殿は怒鳴り散らすが、桂花殿はそれを無視し、華琳殿の方に視線を戻して告げた。


「孟徳さま。相手は志も持たず、武を役立てることもせず、盗賊に身をやつすような単純な連中です。間違いなく、元譲よりも容易く挑発に乗ってくるものかと・・・・・・」


あははは。これは単に春蘭殿が単純と言ってるようなものだなぁ・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・な、ななな・・・・・・、何だとぉー!」

「はい、どうどう。春蘭。あなたの負けよ」

「か、華琳さまぁ・・・・・・」


春蘭殿が爆発しそうなのを華琳殿が宥める。

華琳殿はしおらしくなった春蘭殿に微笑むと、桂花殿の方を向き直る。


「・・・・・・・・・・・・とは言え、春蘭の心配も尤もよ。次善の策はあるのでしょうね」

「この近辺で拠点になりそうな城の見取り図は、既に揃えてあります。あの城の見取り図も確認済みですので・・・・・・、万が一、こちらの誘いに乗らなかった場合は城を内から攻め落とします」


ほほぅ。流石は桂花殿。

色々な場面を想定して、それに応じた策を巡らしているとは。

ふっ。これでは春蘭殿も納得せざるおえまい。


「・・・・・・龍」

「何だい?」


春蘭殿に視線を向けると、押し黙っていた春蘭殿がこちらを向いて、私の名を呼ぶ。


「華琳さまを必ずお守りするのだぞ。良いな?」

「ああ、分かってる。では、桂花殿。囮部隊は華琳殿と私、伏兵は春蘭殿と秋蘭殿が指揮するでよろしいかな?」


春蘭殿の頼みに頷いた私は、桂花殿に最終確認を行う。

私も伏兵ということでも良いが、春蘭殿に頼まれてしまったから、こういう形にした。


「・・・・・・ええ。孟徳さま、どうでしょうか?」

「それで行きましょう」


桂花殿は一瞬思考し頷くと、華琳殿に視線を向ける。

華琳殿はそう言って微笑むと、


「では作戦を開始する! 各員持ち場につけ!」


力強い声で兵に指示を出していった。


*****


春蘭殿たちの隊が離れていく。

これでこちらの手勢は、本隊と龍隊の数えるほどしかいない。


いよいよ作戦開始だ。

正直、少し自分がどうなるのか分からないけど、まぁ大丈夫だろう。


そう思いながら自分の隊を眺める。


「お姉ちゃん。どうしたの?」

「ん? いや、何でもない。許緒の方は大丈夫かい?」

「うん、大丈夫! あ、そうだ。お姉ちゃん」

「何だい?」


許緒は私の問いに大きく頷くと、何かを思い出したのか笑顔でこっちを見つめる。


「ボクの真名は季衣だよ。季衣って呼んで」

「いいのかい?」

「うん! 春蘭さまも秋蘭さまも、真名で呼んでいいって言ってくれたし」


あらら、いつの間に・・・・・・。


「あはは、そうか。なら、季衣。私と一緒に孟徳殿の護衛をしっかりと務めよう」

「うん。たいやく、なんだよね?」

「ああ、物凄く大役だぞ。何せ、曹孟徳殿を守る仕事だからね」

「うぅ、なんか、緊張してきちゃった・・・・・・」

「ははは、そう気張らなくてもいい。季衣は充分に強い。村の皆のために頑張ればいいんだ」

「うん!」


私はそう自分に言い聞かせる意味でそう口にする。

片目という以外、何も不自由なく平和に過ごしてきた自分にとって、この戦は相当辛いものとなるだろう。

けど、こんな小さな子も戦っているんだ。二十歳の私がこんな弱音を表にだしてはいけない。

それに、仮にも私は華琳殿の配下の武官だ。

ここで頑張らなければ、どこで頑張るというのだ。


「大陸の王ってよく分かんないけど・・・・・・、孟徳さまがボク達の街も、陳留みたいな平和な街にしてくれるって事なんだったら、それってきっといいことなんだよね?」

「ああ」


そう言った季衣は表情を引き締める。

それを見ながら私は、親父が言っていた“殺す覚悟”と“殺される覚悟”の事を考えていた。

この戦で身に付けられるか分からないが、戦いの中で見出さないといけないな。


「そこの二人、早く来なさい! 作戦が始まんないでしょう!」

「おっと、どうやら軍師殿がご立腹のようだ。季衣、これは急いで向かった方が良さそうだぞ?」

「うん!」


なかなか集まらない私たちに桂花殿が怒鳴ってきた。

私は苦笑しながら季衣とともに桂花殿の下へと向かった。


*****


 ドーン! ドーン! ドーン!


戦いの野に、激しい銅鑼の音が響き渡る。


『『『『『うぉおおおおおおおおおおっ!!』』』』』

「「・・・・・・・・・・・・」」


 ドーン! ドーン! ドーン!


響き渡る・・・・・・。


『『『『『うぉおおおおおおおおおおっ!!』』』』』

「「・・・・・・・・・・・・」」


 ドーン! ドーン! ドーン!


響き・・・・・・。


『『『『『うぉおおおおおおおおおおっ!!』』』』』

「「・・・・・・・・・・・・」」


響き渡る銅鑼の音は、こちらの軍のもの。

しかし、響き渡る咆哮は、城門を開けて飛び出してきた盗賊達のもの。


「・・・・・・桂花」

「はい」

「これも作戦のうちかしら?」

「いえ・・・・・・、これは流石に想定外でした・・・・・・」


その様子に少しばかり呆気にとられる華琳殿と桂花殿。

もちろん私もだ。


「連中、今の銅鑼を出撃の合図と勘違いしているのかしら?」

「はぁ。どうやら、そのようで・・・・・・」

「・・・・・・そう」


華琳殿はそう呟くと、不服そうな表情をする。

おそらく、挑戦の言葉でも考えてあったのだろう。


まぁ、それは次の機会までとっておいてもらう事にしよう。


そう考えていると、軍隊の様子を見ていた季衣が叫ぶ。


「孟徳さま! お姉ちゃん! 敵の軍勢、突っ込んできたよっ!!」


おお、凄い人数だ。

いや~、こうも馬鹿正直に全軍で出撃してくるとはねぇ~。


「ふむ・・・・・・、まぁいいわ。多少のズレはあったけれど、こちらは予定通りにするまで。総員、敵の攻撃を適当にいなしつつ、後退するわよ!」


まずは作戦通りだ。

これで春蘭殿と秋蘭殿のもとまで後退すれば良い。

私は華琳殿と佳花殿を守りつつ後退していった。



**********


「報告! 孟徳さまの本隊及び龍将軍の部隊、後退してきました」

「やけに早いな・・・・・・。ま、まさか・・・・・・、華琳さまの御身に何か・・・・・・?」

「心配しすぎだ姉者。龍がそう容易く華琳さまに敵を近づけさせるわけがなかろう」

「・・・・・・う、うむ」

「見る限り、隊列は崩れていない。おそらく相手が血気に逸ったか、作戦が予想以上に上手くいったか・・・・・・、そういうところだろう」

「そうか・・・・・・。ならば総員、突撃準備!」


春蘭の指示で動き出す兵士たち。その時、後退してきた本隊が春蘭たちの方へと近づいてきた。


「ほら姉者。あそこに華琳さまは健在だ。季衣も龍も、ちゃんと無事のようだぞ」

「おお・・・・・・、良かった・・・・・・」


華琳、季衣、政也、桂花の無事な姿を確認した春蘭は安堵の表情になる。

そして華琳たちが通り過ぎた数十秒後に、敵が群れをなして現れた。


「・・・・・・これが盗賊団とやらか」

「隊列も何もあったものではないな」

「ただの暴徒の群れではないか。この程度の連中、作戦など必要なかったな、やはり」

「そうでもないさ。龍も言っていたが、作戦があるからこそ、我々はより安全に戦う事ができるのだからな」


敵の群れを見ながら会話をする、秋蘭と秋蘭。


「ふむ。・・・・・・そろそろ頃合いかな?」

「まだだ。横殴りでは、混乱の度合いが薄くなる」


そして敵の中腹辺りになった時、春蘭は攻撃を仕掛けようとする。

しかし、秋蘭はまだ早いという事でそれを止めた。


「ま、まだか・・・・・・?」

「まだだ」


秋蘭はまだ時機ではないという感じで、今にも敵をぶっ飛ばしたくてウズウズしている春蘭を抑る。


「もういいだろう! もう!」

「まだだと言っているのに・・・・・・、少しは落ち着け姉者」

「だが、これだけ無防備にされているとだな、思い切り殴りつけたくなる衝動が・・・・・・」

「気持ちは分かるがな・・・・・・」


春蘭はもう待ちきれずにウズウズが最高潮に達していた。

しかし、それを秋蘭は苦笑しながら抑える。


「敵の殿だぞ! もう良いな!」

「うむ。 遠慮なく行ってくれ」


そして敵の殿が現れた時、秋蘭の攻撃の許可がおりた春蘭が、嬉々として剣を抜く。


「頼むぞ、秋蘭」

「応。夏侯淵隊、撃ち方用意!」

「よぅし! 総員攻撃用意! 相手の混乱に呑み込まれるな! 平時の訓練を思い出せ! 混乱は相手に与えるだけにせよ!」


秋蘭の部隊が弓を構えると、春蘭は兵士たちに指示を出していく。


「敵中央に向け、一斉射撃! 撃てぃっ!」

「統率など無い暴徒の群れなど、触れる端から叩き潰せ! 総員、突撃ぃぃぃぃっ!」


秋蘭の合図と共に矢を射る兵士たち。

そして、春蘭は兵士たちと共に盗賊団の群れへと突撃していった。



**********


「後方の崖から元譲さまの旗と、矢の雨を確認! 奇襲成功です!」

「さすが秋蘭。上手くやってくれたわね」

「春蘭さまは?」

「そうだなぁ。恐らく敵の横腹あたりで突撃したくてたまらなくなっていたのを、秋蘭殿に抑えられていたのではないかと推測できる」

「私もそう思うわ」


おっ。桂花殿と同意見みたいだ。

まぁ、あの春蘭殿だし、同意見なのは皆も同じかな?


「さて、お喋りはそこまでになさい。この隙を突いて、一気に畳み掛けるわよ」

「はっ!」

「季衣。あなたの武勇、期待させてもらうわね」

「分っかりましたーっ♪」

「政也も期待しているわよ」

「・・・・・・はっ」


華琳殿は私と季衣に期待していると言って笑顔を向けてきた。


やれやれ・・・・・・、これは否応にも途中で倒れるワケにはいかなくなったなぁ。


私と季衣の返事を聞いた華琳殿は、兵士さん達の方に視線を向けて、声高らかに叫んだ。


「総員反転! 数を頼りの盗人どもに、本物の戦が何たるか、骨の髄まで叩き込んでやりなさい!」

『『『『『うぉおおおおおおおおおおっ!!』』』』』


それに呼応するかのように雄叫びをあげて反転する兵士さん達。


「総員突撃!!」

『『『『『うぉおおおおおおおおおおっ!!』』』』』


私たちは華琳殿の号令により、混乱中の敵の中へと雪崩れ込んでいった。


*****


 ザシュッ!


私は騎乗しての攻撃は、やはり慣れていないと危ないと判断して、馬から降り襲ってくる敵を斬り伏せていく。

表情は無表情で通しているが、その分白狐を握る手に汗が滲んでいく。

動物を狩る時とは違って、人を斬るというのは不快感たっぷりだ。


「くそっ!! この女!!」

「・・・・・・・・・・・・ふん!」

「ぐはっ!?」


兵士たちの隙をつき襲ってきた敵を、また一人切り伏せる。

これを何十回ほど繰り返している。

最初は斬る度に吐き気に襲われていた(まぁ、吐くことはしなかった)が、次から次へと襲ってくる敵を斬り伏せていくうち、その感覚は薄れていった。


まぁ、吐く暇がないというのが正しいといえば正しい。

敵は容赦なく私を殺しにきているのだから。


そんな事を考えながら、兵士たちに指示をしていると、ほかの場所で敵と待機していた季衣がやってきた。


「お姉ちゃ~ん」

「どうした、季衣?」

「文若がお姉ちゃんと春蘭さまと敵を追撃しろって」

「そうか。よし、春蘭殿が痺れを切らす前に合流するとしよう。行くぞ、季衣!」

「うん!」


私は副官(仮)にここを任すと、季衣と共に春蘭殿の下へと向かった。



**********


「逃げる者は逃げ道を無理に塞ぐな! 後方から追撃を掛ける、放っておけ!」


孟徳さまの下で、兵たちに指示をとばす。

正面から下手に受け止めて噛み付かれないようにするために。


「華琳さま。ご無事でしたか」

「ご苦労様、秋蘭。見事な働きだったわ」


その時、妙才が私たちの方に近づいてきた。

元譲が見えないのは、どうせ追撃したいだろうから、許緒に元譲と追撃するよう、指示しておいたから。

多分、今頃喜々として追撃してるに違いない。ついでに抑え役として、龍を一緒に向かわせたけどね。


※人間性はともかくとして、人使いが上手い娘


はっ! 今、誰かが私に対して無礼なことを考えている気配が・・・・・・!


「桂花も見事な作戦だったわ。負傷者もほとんどいないようだし、上出来よ」

「あ・・・、ありがとうございます!」


や、やったわ! 孟徳さまに褒められた!

ふふふ、これで私は晴れて孟徳さまの軍師になれるわ。


「そして・・・、政也も流石ね、秋蘭」

「ええ。兵への的確な指示で死傷者が皆無。そして敵を一太刀で切り伏せる武。それでいて何事にも動じない心も概ね持ち合わしておりますね」


妙才が龍をそんな風に評価している。私も同意見ね。

あの武を見るに孟徳さまや元譲が一目置くのがよく分かる

元譲の様な荒々しさはなく、川魚が水中で泳ぐが如く自然に、葉が水面に浮いているが如く静かに。

そう、まるで演舞を見ているかのような美しさが龍の武にはある。

多分、あの凛々しい表情とゆったりとした雰囲気がそう見せているに違いないわね。


「龍将軍から伝令!」


その時、城の方から一人の兵士が近づいてきてこう告げた。


「城門を突破。城の制圧に入るとのこと!」

「分かったわ。私たちも向かうわよ!」

「「はっ!」」

『『『『『うぉおおおおおっ!!』』』』』


その知らせを聞いた私たちは、城の制圧に加勢すべく、足を向かわせた。



**********


城の制圧、盗賊団の残党の片付けなどが終わった頃には、日が暮れて夜となっていた。

陳留には明日向かう事にした私たちは、制圧した城の近くで野営を敷くことにした。

ちなみに私は負傷者がいる救護班の天幕にいる。


「どうだい、痛みは消えたかい?」

「あ、はい。嘘のように痛みが消えています」

「それは良かった。でも、無理はいけないよ。治ったワケではないのだから」

「はい、ありがとうございます」


目の前の兵士は負傷した右腕を左腕で支えながら、私にお礼を言ってくる。


お礼を言われるというのは、やはり良いもんだなぁ。


「さてと・・・・・・」


すべての負傷者の手当てを終えた私は天幕の外に出る。

ふと上を見ると星たちが輝いていた。

この時代は現代よりも空気が澄んでいて、電球のような光もないからよく見える。


「・・・・・・華琳殿、何かご用ですか?」


空を見上げながら、背後に感じた華琳殿に声をかける。


「・・・・・・いいえ。貴女の姿を見かけたから来ただけよ」

「そうですか・・・。そう言えば季衣はどうしてます?」

「ふふ。あっちで大量の食事をしているわ。あれだと持ってきた糧食は、陳留に着くまでに底をつきそうね」

「ははは、そうですか。なら私から少し言っておきましょう」

「ふふ、お願い。じゃないと桂花の首をとらないといけなくなってしまうわ」

「ははは、そのつもりはないでしょうに」

「ふふ、それはどうかしら」


私と華琳殿は笑い合う。


ああ。この他愛のない時間がたまらなく好きだなぁ。

この時間を守るためなら・・・・・・、私は戦で蛇にも鬼にもなりましょう。

それをこの夜空に誓いますよ、華琳殿・・・・・・。



**********


天幕から出てきた時は腹に一物も抱えているように思えた政也。

けど、今は何だかフッきれた晴れやかな表情をしているわ。


そう。その笑顔よ、政也。

憂いを帯びた表情より、その凛々しく笑顔に満ちた表情の方が貴女の魅力を最大限に引き出すのだから。


「・・・・・・あら?」


そう思いながら政也を見つめていると、手に見慣れない小瓶を持っているのに気が付く。


「ん? どうかしましたか?」

「その手に持ってるものは何かしら?」

「ああ。これは薬です。先程、作りました」

「薬?」


私は思わず首を傾げてしまった。

このような小瓶に入っている薬など見たことも聞いたこともなかったからだ。

すべての薬を見たワケではないけれど、書物の中にもそんなものはなかったはず。


「これは我が家に伝わる秘伝の薬。私も先日知ったのですが、初代。龍政宗が作ったのだそうです」


政也はそう前置きすると、淡々と語りだした。


「政宗もまた私と同様に生まれつき左目に視力がなく、さらに光による目の腫れに悩まされていました。そのため目に良いと言われる薬などを買い、試していく日々を過ごしていました。ですが、どれも効果が薄い上に高価だったため直ぐになくなってしまったのです。そこで政宗は考えたのです。自ら薬を作ろうと」

「・・・・・・それで、できたのが・・・・・・」

「はい。この薬です」

「そう・・・、いい話を聞かせてもらったわ、ありがとう」


私は小瓶を見つめながらお礼を言う。

政也は少し呆気にとられたのか首を傾げる。


「よく分かりませんが、お気に召しましたのであれば良かったです?」


あら、その顔も良いわね♪


「ふふ。さて夜も更けてきたわ。明日も早いし、もう寝ましょうか」

「はい」


私と政也は挨拶を交わすと、それぞれの天幕へと戻っていった。



**********


私たちが盗賊団の本拠地(隠れ家)を出発してから数日が経過した。

その間に残党狩りや他の盗賊団の退治など、色々な事があったが、予定にはさほど影響が出ず、順調に行軍している。


あ、そうそう。兵士たちの間で、私を『“独眼龍”』とか『“龍狐姫(りゅうこひめ)』とかそんな二つ名で呼んでいるらしい。華琳殿と秋蘭殿がこっそりと伝えてくれた。

 『独眼龍』とは秋蘭殿曰く、片目の将軍という意味で、兵士たちが畏敬の念をもって、その名を付けたらしい。そんな器量を持ち合わせてはいないが、悪い気はしない。

 『龍狐姫』とは、華琳さま曰く、狐の尻尾のようなフワフワとした感じの髪を靡かせて、龍の如く敵を一刀両断する姫将軍という意味らしい。

狐の尻尾のようなフワフワとした感じの髪って、一応ポニーテールなんだけどね。

まぁ、それはいいけど、姫将軍って・・・・・・。


「・・・・・・しかし華琳さまが気にかけておられた古書が見つからなかったのは、本当に残念だ」


秋蘭殿が話の流れでそう呟いた。


そう言えば、それも目的の一つでもあったんだっけ。

すっかり忘れてたよ。


「太平要術の書でしたっけ?」

「うむ。大変用心の書だな」


私は“太平要術”と言ったが、春蘭殿から予想を斜め上を行く発言が飛び出した。


“大変用心”って・・・・・・。


「・・・・・・太平要術よ」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「言ったよな! わたし、そう言ったよな!」


春蘭殿・・・・・・、残念ながら言っていないよ・・・・・・。


「無知な盗賊に薪にでもされたか、落城の時に燃え落ちたのか・・・・・・、まぁ、代わりに桂花と季衣という得難い宝が手に入ったのだから、良しとしましょう」


苦笑しながらそう告げる、華琳殿。

そう。華琳殿の言う通り、季衣は私たちのところに残ることになった。

この辺り(季衣の村も含む)を治めていた州牧が、盗賊に恐れをなして逃げ出したらしく、華琳殿が州牧の任も引き継いで治めることになったため、季衣が自ら華琳殿を守りたいと言ってきたからだ。


「さて後は桂花の事だけれど・・・・・・」

「・・・・・・はい」

「桂花。最初にした約束は覚えているわよね?」

「・・・・・・はい」

「城を目の前にして言うのも何だけれど、私・・・、とてもお腹がすいているの。分かる?」


そう。結果は桂花殿の負けである。

何とか桂花殿を勝たせようとやりくりをしていたが、昨夜、ついに糧食が尽きてしまい、ここにいる誰もが朝食抜きなのである。

もちろん華琳殿も例外ではない。

理由としては、こちらの損害が少なすぎて、兵士たちが予想以上に残ってしまった事と、この食べ盛りの季衣がたくさん食べてしまった事が挙げられる。


まぁ、季衣は私の言で少しは抑えてくれたんだけどね・・・・・・・。


「・・・・・・言い訳はしません。不可抗力や予測できない事態が起きるのが、戦場の常。それを言い訳にするは、愚の骨頂。これは一重に私の不徳のいたすところ・・・・・・」


桂花殿は素直にそう告げ華琳殿の沙汰を待つ体勢をとって、更に言葉を紡いでいく。


「・・・・・・首を刎ねるなり、思うままにしてくださいませ。ですが、せめて・・・、最後はこの元譲ではなく、孟徳さまの手で・・・・・・!」

「よく言ったわ。では・・・、その望み叶えてやりましょう」


華琳殿はそう告げると、自分の得物を桂花殿の首にあてる。

そして桂花殿が目を閉じる。

それを固唾を飲んで見守る私たち。

しばらく首に当てまま桂花を見つめていた華琳殿が、フッと笑い得物を首から退けた。


「孟徳さま・・・・・・?」

「・・・・・・そう思ったけれど、今回の遠征の功績を無視できないのも事実・・・・・・。いいわ。死刑を減刑して、お仕置きだけで許してあげる」

「孟徳さま・・・・・・!!」

「それから季衣と共に、私を華琳と呼ぶことを許しましょう。より一層、奮起して仕えるように」

「あ・・・・・・、ありがとうございます! 華琳さまっ!」

「ふふっ。なら桂花は城に戻ったら、私の部屋に来なさい。たっぷり・・・・・・、可愛がってあげる」

「はい・・・・・・っ!」


桂花殿は恍惚とした表情で大きな声で返事をして、華琳殿を見つめていく。


というか、お仕置きというのは・・・・・・、やはり・・・・・・?


ふと、の三人を見ると、春蘭殿・秋蘭殿は羨ましそうな表情で桂花殿を見つめており、季衣は全く分かっていないようだ。


まぁ季衣はまだ知らなくてもいいことだから、良しとしよう。


「お姉ちゃん。ボク、お腹すいたよー。何か食べに行こうよ」

「そうだな。片付けが終わったら、皆で何か食べに行こうか」

「やったぁ! それじゃ早く帰りましょう!」


季衣は嬉しそうに飛び跳ねがらそう言うと、私を引っ張り始めた。


ははは、本当に元気だなぁ、季衣は・・・・・・。


「ほら、春蘭さまも早く早くー!」

「分かったというに。ほら、秋蘭行くぞ」

「うむ」


こうして私たちは盗賊退治の大仕事を終えて、城へと帰ってきた。

新しい仲間を、二人も手に入れて・・・・・・。

第七話をお読みいただきありがとうございます。

ご意見・ご感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ