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第 5 話 龍、荀彧(じゅんいく)に出会うのこと

第五話、更新しました。

良かったらお読みください。

あの牛猪(ぎゅうい)暴走事件から数日が経った。

華琳殿に仕えていることが知れ渡ったのか、兵士たちとすれ違うと幾分緊張した挨拶をされるようになった。

それはいいのだが、通り過ぎると決まって『龍将軍は今日も綺麗だなぁ』とか『ああ、足蹴にされたい』とか呟きが聞こえてくる。


正直、勘弁してもらいたい。


「はぁ・・・・・・、なんだかなぁ・・・・・・」


日課になりつつある中庭での鍛錬を終えタオルで汗を拭いていると、ふと女扱いについて考えてしまいため息が漏れた。


だって完全に女であると認識されているからね、私。

・・・・・・まぁ、華琳殿に“男発言禁止”という命令をさてたから、仕方がないと言えば仕方がないんだけど。

ポニーテールにしていることも女扱いされる要因かもしれないため切った方が良いと自分でも思う。

しかし、以前短剣で髪を切ろうとしたら華琳殿以下三名に切るなと言われてしまったので、許可なく切る事ができないんだよね。

まぁ、許可を得たとしても数センチしか切る事ができないんだけど。


「さて今日も一日がんばりますか」


愚痴っても仕方がないので、そう呟いて執務室へ向かった。


*****


いつも通り書類を片付けていたら、秋蘭殿から『志願者がいるからお前の判断で雇うか決めてほしい』と言われたので、志願者が待つ部屋に向かった。


私で大丈夫なのかという不安があるにはあるが、まぁ頼まれたのは仕方がない。

やるしかないだろう。


志願者がいる部屋と到着しドアを開けると、そこには猫耳フードの女の子がいた。


この子が志願者なのだろか?


「えっと、志願してきたのは君かい?」

「・・・・・・そうだけど、貴女は?」

「ああ、申し遅れたね。私の名は龍だ。よろしく」

「え? あ、貴女が天の御遣いの・・・・・・」

「ん? もう私のことが広がっているのかい?」


人の噂というものは広がるのが早いもんだな。

ふと女の子の方を見ると、驚いた表情で私をじーっと見つめていた。


「どうかしたのかい?」

「い、いいえ、なんでもないわ」

「そうか。で、君の名前を教えてくれるかい?」

「・・・・・・荀文若よ」


ほぅ・・・・・・、この子が曹魏の名軍師、荀彧か・・・・・・。


「では文若殿。手始めに、この仕事をしてもらえるかい?」

「ええ」


重要ではないが、早急にまとめなくてはいけないものを文若殿に手渡す。

文若殿はそれを効率良くまとめあげていった。


「「・・・・・・・・・・・・」」


まとめあげたものを読んでいく。


さすがは荀文若だ・・・・・・。

見る限り、訂正するところはない。


「文若殿、素晴らしい出来だ。これなら雇っても大丈夫と判断せざる負えないな」

「ふん、同然よ」

「さて私は夏侯妙才将軍に報告するから、文若殿はもうしばらくここで待っていてくれ」

「ええ、分かったわ」


私は文若殿を雇うことにした旨を伝えるべく、彼女を部屋に残し秋蘭殿がいるであろう執務室へ向かった。



**********


「さて私は夏侯妙才将軍に報告するから、文若殿はもうしばらくここで待っていてくれ」

「ええ、分かったわ」


私がまとめあげた竹簡を持ち龍将軍が部屋を出ていく。

一息ついた私はあの龍将軍の事を考えていた。

噂で聞いていた天の御遣いを私は男だと思っていた。

けど、あの龍将軍からは男特有の嫌な臭いが全くしなかった。

あれは間違いなく女ね。


「でも、あんなに美人とは思わなかったわ。しかも教養もあるようだし、天の御遣いという名は伊達じゃないみたいね・・・・・・」


この後、龍将軍が夏侯妙才将軍と戻ってきて、私を監督官にする旨を伝えにきた。


これはチャンスだわ・・・・・・!

この状況を利用して、必ず曹孟徳さまの軍師になってみせる!



**********


「う~ん。いつ見ても、壮観だなぁ」


城壁の下を走り回るのは、完全武装の兵士たち。

束ねられた槍は薪のように積み上げられて、その隣には槍束をふたまわり小さくした束が、さらに大きな山を築いている。

武器に糧食、補充の矢玉。薬に防具に調理の鍋まで、戦に使う備品はその幅広さに事欠かない。

そして何より凄いのが、これら全てが私がいた世界では滅多に見ることのできない本物だってことだろう。


「どうした、そんな呆けた顔をして」

「・・・・・・こんなに沢山の兵士をみるのは久しぶりなので、ちょっと感動してね」


昔、ちょっと父親の仕事で自衛隊の基地に入ったことがある。

その時に規則正しく並んだ自衛隊員を見て、感動したものだ。


「春蘭殿は見慣れてるかもしれないが、私がいた国では、滅多に見れるものではないんでね」

「そうか」


何か言いたげな春蘭殿の方を向いて、苦笑をする。


「・・・・・・何を無駄話をしているの、二人とも」


その時、背後から華琳殿が声をかけてきたため振り返ると、華琳殿がちょっと不機嫌そうに秋蘭殿とこちらに歩いてきてくるのが見えた。


「か・・・・・・っ、華琳さま・・・・・・! これは、龍が!」


やれやれ話し掛けてきたのは春蘭殿の方でしょうが。

まぁ、いいけど・・・・・・。


「はぁ・・・・・・、春蘭。装備品と兵の確認の最終報告、受けてないわよ。数はちゃんと揃っているの?」

「は・・・・・・、はいっ。全て滞りなくすんでおります! 龍に声をかけられたため、報告が遅れました!」


あ、そうだ。私も帳簿を渡すんだったっけ。

外の風景に感動してて、忘れてた


「・・・・・・その政也には、糧食の最終点検の帳簿を受け取ってくるよう、言っておいたはずよね?」

「はい、これです」


持っていた帳簿を手渡す。

一通り読んでみたが、なかなか文若殿も面白いことをする。


さて華琳殿はどうするかな?


「・・・・・・・・・・・・」


黙々と確認していく華琳殿。

その度に華琳殿の表情が険しいものになっていき、遂には怒った表情になった。


「・・・・・・秋蘭」

「はっ」

「この監督官というのは、一体何者なのかしら?」

「はい。先日、志願してきた新人です。仕事の手際が良かったので、政也と相談し今回の食料調達を任せてみたのですが・・・・・・、何か問題でも?」

「ここに呼びなさい。大至急よ」

「はっ!」


華琳殿の命令により、秋蘭殿は監督官の文若殿のところに向かった。


*****


「・・・・・・・・・・・・遅いわね」

「遅いですなぁ・・・・・・」

「もうすぐですよ」


雲の動きや太陽の位置を見るに、まだ大して時間は経っていない。


華琳殿は相当頭にきてる感じだな、空気が重いし。

まぁ理由は分かってるんだけどね。


「華琳さま。連れて参りました」

「おまえが食料の調達を?」

「はい。必要十分な量は、用意したつもりですが・・・・・・、何か問題でもありましたでしょうか?」

「必要十分って・・・・・・、どういうつもりかしら? 指定した量の半分しか準備できていないじゃない!」


そう。あの帳簿には華琳殿が指定した量の半分しか記載されていないのだ。

おそらく文若殿の策だろうから、ここは見守っておこう。


「このまま出撃したら、糧食不足で行き倒れになる所だったわ。そうなったら、あなたはどう責任をとるつもりかしら?」

「いえ。そうはならないはずです」

「なに・・・・・・? どういうこと」

「理由は3つあります。お聞きいただけますか?」

「・・・・・・説明なさい。納得のいく理由なら、許してあげても良いでしょう」


華琳殿は納得いかなかったら、斬るつもりのようだ。

多分、大丈夫だろうとは思うけど、止める準備はしておこう。


「・・・・・・ご納得いただけなければ、それは私の不能がいたすところ。この場で我が首、刎ねていただいても結構にございます」

「・・・・・・二言はないぞ?」

「はっ。では、説明させていただきますが・・・・・・」


文若殿はそこで話を句切ると、華琳殿を真正面から見据える。


「・・・・・・まず1つ目。曹孟徳さまは慎重なお方ゆえ、必ずご自分の目で糧食の最終確認をなさいます。そこで問題があれば、こうして責任者を呼ぶはず。行き倒れにはなりません」

「ば・・・・・・っ! 馬鹿にしているの!? 春蘭!」

「はっ!(ガシッ)龍!?」


春蘭殿が大剣を抜く前に止めに入る。


ここで首を刎ねられては困るからね


「華琳殿、冷静に。理由は後2つあります。判断は、それを聞いてからでも遅くはありませんよ」

「龍の言う通りかと。それに華琳さま、先ほどのお約束は・・・・・・」

「・・・・・・そうだったわね。で、次は何?」


華琳殿が聞く体制に戻ったので、春蘭殿の腕を放す。


「次に2つ目。糧食が少なければ身軽になり、輸送部隊の行軍速度も上がります。よって、討伐行全体にかかる時間は、大幅に短縮できるでしょう」

「ん・・・・・・? なぁ、秋蘭」

「どうした姉者。そんな難しい顔して」

「行軍速度が早くなっても、移動する時間が短くなるだけではないのか? 討伐にかかる時間までは半分にはならない・・・・・・、よな?」

「ならないぞ」

「よかった。私の頭が悪くなったのかと思ったぞ」

「そうか。よかったな、姉者」

「うむ」


そう。春蘭殿の言う通り、移動だけじゃなく戦闘も休憩の時間も必要だ。

また食料がちょっと軽くなった程度で、移動速度は倍になるわけではない。


さて、このことを文若殿はどう説明するのかな?


「まぁ、いいわ。最後の理由、言ってみなさい」

「はっ。3つ目ですが・・・・・・、私の提案する作戦を採れば、戦闘時間はさらに短くなるでしょう。よって、この糧食の量で十分だと判断しました」


文若殿はそう言ってから、華琳殿を真正面で見つめると言い放った。


「孟徳さま! どうかこの荀文若めを、孟徳さまを勝利に導く軍師として、貴下にお加えくださいませ!」


はは。そうくるか、荀文若殿・・・・・!


「な・・・・・・っ!?」

「なんと・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「どうか! どうか! 孟徳さま!」


さて、華琳殿はどう裁くかな?


「・・・・・・荀文若。貴女の真名は?」

「桂花でございます」

「そう・・・。貴女、この曹孟徳を試したわね?」

「はい」


お、度胸があるなぁ。


「な・・・・・・っ! 貴様、なにをいけしゃあしゃあと・・・・・・、華琳さま! このような無礼な輩、即刻首を刎ねてしまいましょう!」

「貴女は黙っていなさい! 私の運命を決めていいのは、孟徳さまだけよ!」

「ぐ・・・・・・っ! 貴様ぁ・・・・・・!」

「春蘭殿、落ち着きなさい。文若殿の言う通り、これは華琳殿との約束だ。私たちがとやかく言うことではない」

「ぐぅぅ・・・・・・」


春蘭殿は納得がいかない表情をしながらも姿勢を正す。

私はそれを確認して、視線を華琳殿と文若殿に戻した。


「桂花。軍師としての経験は?」

「はっ。ここにくるまでは、南皮で軍師をしておりました」

「・・・・・・そう」


南皮というと、この時代は袁紹の本拠地だったな。

ふむふむ、華琳殿の様子を見るかぎり、袁紹とは知り合いのようだ。


「どうせあれのことだから、軍師の言葉など聞きはしなかったのでしょう。それに嫌気が差して、この辺りまで流れてきたのかしら?」

「・・・・・・まさか。聞かぬ相手に説くことは、軍師の腕の見せ所。まして仕える主が天を取る器であるならば、そのために己が力を振るうこと、何を惜しみ、躊躇いましょうや」

「・・・・・・ならばその力、私のために振るうことは惜しまないと?」

「一目見た瞬間、私の全てを捧げるお方と確信いたしました。もしご不要とあれば、この荀文若、生きてこの場を去る気はありませぬ。遠慮なく、この場でお切り捨て下さいませ!」


文若殿はそう言い切ると、華琳殿を見据えて立つ。


その潔さは感服するよ。


「・・・・・・・・・・・・」

「孟徳さま・・・・・・」

「春蘭」

「はっ」

「孟徳さま・・・・・・っ!」


おや、華琳殿の顔が笑顔だな。これは・・・・・・。


「桂花。私がこの世で尤も腹正しく思うこと。それは他人に試されること・・・・・・。分かっているかしら?」

「はっ。そこをあえて試させていただきました」


華琳殿が春蘭殿から受け取った大鎌を突き付ける中、文若殿は恐れもせず、淡々と告げる。


「そう。・・・・・・ならば、こうすることも貴女の手の平のうえということよね・・・・・・」


そう言うなり、華琳殿は振り上げた刃を一気に振り下ろす。


「「「・・・・・・・・・・・・」」」

「・・・・・・・・・・・・(ふっ)」


華琳殿には全く殺すきがないと分かっていたから、思わず笑みがこぼれてしまった。

振り下ろされた大鎌は微動だにしなかった文若殿の首筋に寸止めされていた。

そして、退いた刃の先に文若殿の淡い色の髪の毛が絡んでいる。

華琳殿は笑みを浮かべながら文若殿を見据えた。


「・・・・・・桂花。もし私が本当に振り下ろしていたら、どうするつもりだった?」

「それが天命と、受け入れておりました。天を取る器に看取られるなら、それを誇りこそすれ、恨むことなどございませぬ」

「・・・・・・嘘は嫌いよ。本当のことを言いなさい」

「孟徳さまのご気性からして、試されたなら、必ず試し返すに違いないと思いましたので。避ける気など毛頭ありませんでした。それに私は後ろに控える御三方のような武官ではありませぬ。あの状態から孟徳さまの一撃を防ぐ術は、そもそもありませんでした」

「そう・・・・・・」


小さく呟いた華琳殿は文若殿に突き付けていた大鎌をゆっくりと下ろす。


ふっ。これで文若殿の軍師入りは内定済みかな。


「・・・・・・ふふっ。あはははははははっ!」

「か、華琳さま・・・・・・っ!?」

「最高よ、桂花。私を二度も試す度胸とその知謀、気に入ったわ。貴女の才、私が天下を取るために存分に使わせてもらうことにする。いいわね?」

「はっ!」

「ならまずは、この討伐行を成功させてみせなさい。糧食は半分で良いと言ったのだから・・・・・・、もし不足したならその失態、身をもって償ってもらうわよ?」

「御意!」


おや? 華琳殿のその『身をもって償ってもらう』というニュアンスがどうも引っかかるなぁ。

切り捨てるというより――。


「ん? どうかしたか、龍」

「いや、何でもないよ。私は自分の仕度をしてくる」

「ああ、早くこいよ」

「分かってるさ」


私は返事をすると、身支度を整えるため自分の部屋へと向かった。


さて、私にとって初めての討伐だ。

どうなるか分からないが、気を引き締めてかからないとな。

第五話をお読みいただきありがとうございます。

ご意見・ご感想、お待ちしております。

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