第10話 龍、黄巾党と名付けるのこと
第十話、更新しました。
良かったらお読みください。
華琳殿が州牧になられてから、数カ月が経とうとしていた。
私は今、暴徒と化した町人の鎮圧に出ている。この暴徒は数日前から出始めて、急激に数を増やしていっている印象がある。
その特徴は、敵の数が多いが、隊列も連携も全然成ってなく、すぐに逃げていくというもの。
こんな風に・・・・・・。
「龍将軍! 敵、撤退していきます!」
「分かってる。隊列を整えた後、一応追撃を出しておいてくれ。何度も言うようだが、相手はただの町人だ。殺さず、追い払うだけにしてくれ」
「はっ!」
伝令に指示を出すと、逃げていく敵を見据える。
遠くでも分かる黄色い布。その布を全ての暴徒たちが身に付けている。
「いよいよか・・・・・・」
「どうかしましたか? 龍将軍」
「いや、何でもない。追撃部隊が戻り次第、撤収する。いいね?」
「はっ!」
私の呟きに副長(仮)が問いかけてくる。私は、そう指示を出して誤魔化すと、空を見つめる。
いよいよ、黄巾の乱が始まるか・・・・・・、いや、もう始まっているか・・・・・・。
「龍将軍。追撃部隊、戻ってきました」
「そうか。隊列を整えろ! 撤収するぞ!」
『『『『『おう!』』』』』
まぁいい。私は私の成すべきことをするだけだ。
私はそう考えながら城へと戻った。
*****
「・・・・・・というわけです」
「そう・・・・・・、やはり黄色い布が」
次の日の朝の軍議での議題は、昨日と今日の暴徒たちの鎮圧の報告から始まった。
今日は、春蘭殿と季衣、秋蘭殿が鎮圧に向かったが、その暴徒も昨日の暴徒たちと同様に黄色い布を身に付けていたらしい。
「桂花。そちらはどうだった?」
「は。面識のある諸侯に連絡を取ってみましたが・・・・・・、どこも陳留と同じく、黄色い布を身に付けた暴徒の対応に手を焼いているようです」
「具体的には・・・・・・?」
「ここと・・・・・・、ここ。それからこちらも」
桂花殿はそう呟きつつ、広げた地図の上に磨かれた丸石を置いていく。
私がいた現在とは違って、このごろの時代は地図というのは貴重なため、こういう形で場所を表している。
「それと一団の首魁の名は張角というらしいのですが・・・・・・、正体は全く不明だそうです」
「正体不明?」
「捕らえた賊を尋問しても誰一人として話さなかったとか」
なるほど。史実と同様に張角は相当、信頼を勝ち得る手段を用いているとみて間違いないな。
そして漠然とだが思っていることがある。それは張角も女性であるということだ。
しかし、これはあくまで可能性があるというだけなので、華琳殿たちには言っていない。
明確な根拠のない情報は華琳殿たちの判断を鈍らすからね。
「・・・・・・・・・・・・」
「政也、どうしたの? 何か知っている顔ね」
黙って思案していると、それに気がついた華琳殿が訊ねてくる。
「・・・・・・いいえ。これは明確な根拠ない情報ですので、お耳に入れる段階ではありません。もう少し情報がそろってから伝えたいと思います」
「そう。何か分かったら教えてちょうだい」
「御意。それと敵の名を黄巾党と呼ばれるのはどうでしょう? 敵とか暴徒とか呼ぶよりは良いと思うのですが」
「そうね。今後はそう呼ぶことにしましょう。それで皆、他に新しい情報はないの?」
「はい。これ以上は何も・・・・・・」
「こちらもありません」
「・・・・・・・・・・・・」
私も沈黙で同意する。
「ならばまずは情報収集ね。その張角という輩の正体も確かめないと・・・・・・」
華琳殿のその言葉で少し場に気の抜けた空気が漂った時、一人の兵士が慌てて入ってきた。
「会議中失礼いたします!」
「何事だ!」
「はっ! 南西の村で、新たな暴徒が発生したと報告がありました! また黄色い布です!」
兵士が言い終わる時には、私たちは気を引き締め、華琳殿の名を待つ。
華琳殿は『休む暇もないわね』とため息を吐きつつ、気を引き締めた表情で私たちを見つめながら口を開く。
「さて情報源が早速現れてくれたわけだけれど。今度は誰が行ってくれるのかしら?」
「はいっ! ボクが行きます!」
「季衣ね・・・・・・」
華琳殿の言に勢いよく手を挙げたのは季衣だった。
しかし、華琳殿はそれ以上言葉を続けず、思案顔で季衣を見つめている。
いつもならば即断即決をしている華琳殿としては珍しいが、それにはワケがあった。
「・・・・・・季衣。お前は最近、働き過ぎだぞ。ここしばらく碌に休んでおらんだろう」
そう。春蘭殿の言うとおり、ここ最近の出撃ではほとんど季衣が出撃をしているため、休んでいるところをあまり見かけない。
以前の街の視察の時もそうだったが、季衣は自分の村と同じように困っている村をたくさん救えるようになったので、その村のために頑張りたいという気持ちで動いているのだろう。だが・・・・・・。
「華琳殿。この件、私が」
「どうしてなの、お姉ちゃんっ! ボク、全然疲れてなんかないのに・・・・・・!」
季衣は私を睨みつけるように叫ぶ。しかし、季衣の表情や気配は相当疲れが溜まっているのが見てとれる。
「そうね。今回の出撃、季衣は外しましょう。確かに最近の季衣の出撃回数は多過ぎるわ」
「華琳さまっ!」
「季衣。あなたのその心はとても貴いものだけれど・・・・・・、無茶を頼んで体を壊しては、元も子もないわよ」
「無茶なんかじゃ・・・・・・、ないです」
季衣は僅かだが口籠った。自分でも無茶だと言うことを本当は分かっているのだろう。
しかし、まだ自分の村と同じような村を助けたいという気持ちが大きいので、それを素直に認めることができないのかなおも食い下がろうする。
私はそれを制し口を開いた。
「季衣。その一つの無茶で、君の目の前にいる百の民は救えるかもしれない。けど、それはその先救えるはずの何万という民を見殺しにする事に繋がることもある・・・・・・。分かるかい?」
「だったらその百の民は見殺しにするの!?」
「するわけが無いだろう・・・・・・!!!」
「・・・・・・っ!」
私は季衣の言葉に対して、思わず怒鳴ってしまった。 ※1)
「・・・・・・季衣。君が休んでいる時は、私や春蘭殿たちが代わりにその百の民を救う。私の目に見える範囲、白狐が届く範囲は誰も死なせはしない。だから今は休みなさい」
私は華琳殿に大声を上げた事を詫びると、しゃがみ込んで季衣に話しかける。
しかし、季衣はまだ納得できないようで小さく唸っている。
ふぅ・・・・・・、相当な頑固さだなぁ。
「季衣。私たちは今日の百人も、明日の万人も助けなければならないんだ。もし君が倒れたら、救えるはずの民を救うことはできないんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「政也の言う通りよ。民を救う為に必要と判断すれば、無理でも何でも遠慮なく使ってあげる・・・・・・、けれど今はまだその時ではないの」
「・・・・・・・・・・・・」
私や華琳殿の言葉にも、季衣は下を向いたまま黙って何も答えようとしない。
季衣の気持ちは痛いほど分かる。しかし、今の季衣を戦いに行かせるわけにはいかない。
私は立ちあがると、華琳殿の方を向く。華琳殿は頷くと口を開いた。
「桂花。編成を決めなさい」
「御意。・・・・・・では秋蘭、政也。今回の件、貴女たちが行ってちょうだい」
私と秋蘭殿・・・・・・?
今回の出動は、戦闘よりも情報収集が大切になってくるから、秋蘭殿が行くのは分かるんだが・・・・・・、私のいる意味はあるのかね?
まぁ、桂花殿の事だから考えがあってのことだろう。私はそれに従うだけだ。
「決まりね。秋蘭、政也。くれぐれも情報収集は入念にしなさい」
「分かりました」
「では直ぐに兵を集め出立致します」
華琳殿の言葉に私と秋蘭殿がそう返答すると、今まで下を向いていた季衣が顔を上げた。
「・・・・・・あの、・・・・・・えっと、・・・・・・ボクの分まで、よろしくお願いしますっ!」
「ふ・・・・・・、うむ。お主の想い、しかと受け取った。任せておけ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・季衣はしっかりと休むんだぞ?」
季衣の本当の想いを感じ取ったが、敢えて無視し謁見の間を後にする。
それから四半刻(三十分)で準備を整えた私と秋蘭殿は、黄巾党が現れた南西の村へと馬を走らせた。
**********
私は龍隊の副長(仮)、王継です。
実際には私は副長ではありませんが、副長と同じような仕事をしているため(仮)を付けさせてもらっています。ですので、皆さんには副長(仮)と呼ばれております。
先程、龍様に城に残り仲康様の話し相手になってほしいと言われたので、仲康様を探しています。
私に務まるかどうかは分かりませんが、頑張りたいと思っています。
多分、仲康様は龍様たちの見送りで城壁におられると思うのですが・・・・・・、あ、見つけました。
「・・・・・・・・・・・・」
仲康様は龍様が仰られた通り、いつもの元気がないようです。
「仲康様」
「あ、副長(仮)さん・・・・・・、どうしてここに・・・・・・?」
「龍様に今回は残るように言われましたので、城の見回りをしていたのです」
「そうなんだ・・・・・・」
龍様に頼まれたとは言えませんので、そう弁明します。
仲康様はそう呟きつつ、ぼんやりと城壁の上に腰掛けて足をぶらぶらさせています。
いつもの元気の良さはどこもなく、頭のお団子何だか萎れ気味です。
「どうかしたのですか・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・ボク、全然疲れてないのに―――」
私の問いかけにポツポツと話しだした仲康様。私はその内容を聞いて、どうやって話をしようか悩んでしまいました。
仲康様の気持ちも龍様たちの気持ちも分かるからです。
そうです。ここは準備の時に龍様が仰られていた言葉を言いましょう。
少しは仲康様の気持ちが和らげられると思います。
「ああ、そう言えば龍様から仲康様に伝言を頼まれていました」
「え・・・・・・?」
「『今は、黄巾党と張角の正体を突き止めるための情報を集める時。君に本気で働いてもらうのは、そいつらの正体が分かった後だよ。だから今は、休める時はちゃんと休んで、こんな騒動を起こした奴をやっつけるための力を、溜めといてくれ』と仰られておりました」
「・・・・・・・・・・・・うん。分かった」
仲康様は幾分か元気を取り戻したらしく、そう答えてひょいっと城壁の上に飛び乗りました。
「あ。危ないですよ、仲康様」
「大丈夫だよ~。それに今、何ていうか、力が湧いてきて、我慢できない感じなんだ!」
心配する私を余所に、仲康様はそう仰られると、城壁の上で歌を歌い始めました。
それは失礼ですが、けっして上手くはありません。ですが、なんだか仲康様の元気をそのまま分けてもらってるような、聞いてるだけで嬉しくなるような歌声です。
門を出ていく仲間の兵士たちが、こちらを見上げて手を振ってきます。彼らの顔も私と同じように嬉しそうです。
あ。龍様も手を振っておられます。私が会釈をすると、笑顔で頷いてくれました。
「・・・・・・良い歌ですね。なんという歌でしょうか?」
「さぁ? ちょっと前に、街で歌ってた旅芸人さんの歌なんだけど・・・・・・、確か名前は張角・・・・・・・・・・・・、あっ! 副長(仮)さん!」
「は、はいっ! な、なんでしょうか!?」
「華琳さまに報告してくるね!!」
「あ、はいっ!!」
仲康様はそう仰られると、城壁を駆け下りていかれました。
私は何がなんだか分かりませんでしたが、仲康様が元気になられた事を喜びに感じていました。
「・・・・・・さて本当に見回りでもしましょうか」
しばらく仲康様が向かわれた場所を見つめていた私は、そう呟いて見回りをすることにしました。
**********
私たちが討伐兼情報収集から戻ったのは、その日の晩遅くのこと。
いつもなら報告は翌朝に回す時間だったが、今夜ばかりは主要メンバーが集められて、すぐに報告会が開かれていた。
話によると、季衣と副長(仮)の何気ない会話で、歌を歌う旅芸人の一人の名前が張角だということを思い出したらしい。
「・・・・・・間違いないのね」
「確かに今日行った村でも、三人組の女の旅芸人が立ち寄っていたという情報がありました。恐らく季衣の見た張角と同一人物でしょう」
「はい。ボクが見た旅芸人さんも、女の子の三人組でした」
「季衣の報告を受けて、黄巾の蜂起があった陳留周辺のいくつかの村にも調査の兵を向かわせましたが・・・・・・、大半の村で同様の目撃例がありました」
「その旅芸人の張角という娘が、黄巾党の首魁の張角ということで間違いないようね」
「これで張角の正体は判明か・・・・・・」
やはり張角も女性だったか・・・・・・。
村での情報、季衣の情報を鑑みて旅芸人というのは、街の視察で見た三人組ということになるな。
それにしても旅芸人か・・・・・・。
「正体が分かっただけでも前進ではあるけれど・・・・・・、可能ならば張角の目的が知りたいわね」
「・・・・・・目的ですか・・・・・・、歌い手ということなら、本人たちはただ楽しく歌っていただけで、周りが暴走しているだけかもしれませんね」
ほんの冗談のつもりで『わたし、大陸が欲しいのー』とか言って、熱狂的ファンがそのために暴れ出した・・・・・・、とか?
「だとしたら余計タチが悪いわ。大陸制覇の野望でも持っててくれていた方が、遠慮なく叩き潰せるのだけれど」
「確かにそうですが・・・・・・、ああ。都から軍令が届いたんですね?」
「ええ、夕方にね。早急に黄巾の賊徒を平定せよ、とね」
「今更ですね・・・・・・」
「ええ、今更よ」
やれやれ、これだけ大騒ぎになった後に出すような命令ではないだろうに。
どんな瞳で物事を見定めてるのだろうか・・・・・・。
まぁ、それがこの時期の朝廷の実力ってことで片付けとくか。
それにこの軍令のお陰で、大手を振って大規模な戦力も動かせるようになったワケだし、一応は感謝しておこう。
「華琳さまっ!」
その時、兵の準備をしていた春蘭殿が入ってきた。
あらら、これは・・・・・・。
「また件の黄巾の連中が現れたと報告がありました。それも、今までにない規模だそうです」
「・・・・・・そう。一歩遅かったということか」
やはり後手に回ってしまったらしい。
華琳殿はイライラした様子でそう呟くと、その怒りを吐き出すように、ため息を一つ。
「・・・・・・ふぅ。春蘭、兵の準備は終わっているの?」
「申し訳ありません。最後の物資搬入が、明日の払暁になるのそうで・・・・・・、既に兵に休息をとらせています」
あらら、かなり間の悪いこと、悪いこと・・・・・・。
「・・・・・・おそらく連中は、いくつかの暴徒が寄り集まってできたもの。しかも今までにない規模の集団となると・・・・・・、指揮官がいると見た方がいいね。仮にいなかったとしても・・・・・・、それだけの能力を持つ奴は、集団に一人二人はいるもの。そいつが必ず指揮官に祭り上げられる」
「政也の言う通り。万全の状態で当たりたくはあるけれど、時間もないわね。さて、どうするか・・・・・・」
「華琳さま!」
どうするか悩んでいると、手を挙げたのは今まで黙っていた季衣だった。
「・・・・・・・・・・・・」
「華琳さま! ボクが行きます!」
「・・・・・・季衣! お前はしばらk――(スッ)龍?」
私は春蘭殿を手で制し、季衣の目を見つめる。季衣もまた、私の方を見つめ返してくる。
季衣の今の気配は朝の気配とは全然違うものだ。これなら・・・・・・。
「季衣、今のお前なら大丈夫だ。それに今日の百人、明日の万人・・・・・・、全てを助けないといけないしな」
「お姉ちゃん・・・・・・」
私がそう告げて微笑むと、季衣の表情が明るくなった。
その様子を見ていた華琳殿は、分かったとばかりに微笑むと口を開いた。
「春蘭。直ぐに出せる部隊はある?」
「は。当直の隊と、最終確認をさせている隊はまだ残っているはずですが・・・・・・」
「季衣。それらを率いて、先発隊として直ぐに出発なさい」
「はい!」
華琳殿の命に力強く返事をする季衣。その表情にも力強い気配を感じた。
「それから補佐として政也を付ける」
「え・・・・・・? お姉ちゃん、が・・・・・・?」
「政也にはここ数日無理をさせているから、指揮官は任せたくないの。やれるわね? 季衣」
「あ・・・・・・、は、はい・・・・・・、お姉ちゃん、よろしくお願いします」
「ふぅ・・・・・・、ああ。よろしく頼むよ、季衣」
私はそう言うと、季衣の頭を撫でていく。季衣はくすぐったそうに目を細めた。
「ただし、撤退の判断は政也に任せるから、季衣はそれには必ず従うように。直ぐに本体も追いつくわ」
「はっ」
「分かりました!」
こうして私たちは先発隊として出撃する事になったのだった。
さて、サポートをしっかり頑張りますか・・・・・・、季衣が動き易いように、ね。
第十話をお読みいただきありがとうございます。
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※1) その声は季衣だけではなく、春蘭や秋蘭ですら身を縮ませるものだった