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一日目 『レポート』 1

『レポート1』


―――――――――――――――――

          20XX年8月X日


 表題:幽霊の実在性について(仮)


        栄和高等学校三年

            伊坂東海

              page.1

―――――――――――――――――



 これは日記というより報告書だ。

 論文のような形を取るのは本当になんとなくだった。

 きっとどちらもろくに書いた経験がろくになかったからこんな硬い形式になってしまったのだろう。

 といっても、やはりこれは論文にはなり得ない。

 もし論になってもそれは水掛け論で、きっとまともなものにはならないだろうから。

 だが、それが分かっていても何かをタイプせずにはいられなかった。


 =


『1. はじめに』

 本レポートは幽霊の実在性について幾つかの検証を交えた考察をするものである。なお、筆者は幽霊の実在に否定的であるが、客観性を維持するため、また偏見を限りなく排するために中立を保つこととする。

 幽霊は古いものでは日本書紀にも記述された存在である。日本では夏になればまず間違いなく話題に登り、幽霊スポットを巡るツアーなども開催されるなど、オカルトにおいては非常にメジャーなものといえる。

 しかしながら、科学を語る場合においてこれほど曖昧模糊としたテーマはないといえる。それはまともに取り組むことすら憚られるほどだ。

 なんといってもこのレポートの趣旨であるところの幽霊の実在性――いるか、いないか――が定まっていないのだ。それゆえに幽霊というものの定義付けも極めて難題であり、個人の意識に帰属した価値観があるだろう。

 本レポート及び調査の段においては実在すると仮定して進めていく。

 観念的なもの――例えば幽霊が死者の残留思念であるとか、疲れやストレスからくる幻聴・幻覚であるといった議論は慎重を期して調査を進めたいと思う。

 検証の方法については後述する。

 結論についても保留する。


 締めくくりとして私、伊坂東海のごく個人的な所見を述べることにする。ただ、先ほど中立を宣言した建前上、表現を控えめにせざるを得ないが、以下は私の紛れもない本音だ。


 "ファッキューオカルト。お化けなんて嘘さ"


 =


「…………」

 少し悩んでから余計な一文を削除する。

 そんなことを書いては、信じていないしこれから信じる気もないと自分で言っているようなものだ。

 少なくとも調査中は、信じることと疑うことを出来る範囲でフラットにする。前文にもそう書いた、そう心掛けなければならないだろう。

 だが、もともとが本心とほとんど合致しない心掛けだ。上手く回るはずもない。

「ブレすぎだな……」

 東海はひとりごちた。


 ベッドに寝転んで一日を振り返る。

 千里との約束をしたあとの午後、遥を家に送り届けてから東海は一人で調査をした。遥が真剣にダウンしていたので仕方のない措置だった。日が傾ぐまで図書館で調べ物を続けて、そのあとは市内にある心霊スポットの見回りをした。

 所在が曖昧な怪談なら場所の詳細な位置を探して回り、どこにあるかはっきりしていればその場所が本当に存在しているかを確かめておく必要があった。

 何件か回ってみたが、やはり怪談という性質のせいか多くは入り組んだ場所やひっそりとしたところにある。それらしき場所が住宅街に変わっていたというところもあり、予め探して確認していなければいざ観測に行こうとしたときに迷うはめになっていたはずだ。

 作業を一人でやることについて、黙々とこなす分にはあまり苦にならなかったが、気が楽だったというのは確かにあった。文献を漁ることに関して遥はあまり役に立たないし、下見にしても人数を増やしてフットワークを重くするより身軽な方が都合が良かったのだ。ただ観測の必要がある今後の調査では遥が必要になってくる場面もあると思う。

 ともあれ東海はいずれの場所にしても霊的なものを感じなかった。それがまだ明るいうちだったというのもあるだろうが、夜になって不気味さをましたところではたして出るものだろうかと、疑いを深くした感が否めない。

(いや、考えるのはあとだ)

 窓ごしの空を見上げると月は雲の笠をかぶっていてぼんやりとしたものになっていた。

 月が傘をかぶると翌日は雨が降る。これは先人の経験則だが、科学でも裏打ちされていることだ。月が透けるような雲は低気圧が近付いている証拠であり、このままその雲が厚みを増すようなら明日は雨が降る確率がかなり高いのだ。雨具を準備しておく必要はあるだろう。

 迷信には理由がある。

 人間の歴史は科学がなかった時代のほうがまだ長い。よく言われる話というのはほとんどが経験則で、今となっては否定されているものもあるが、当然のことながら生きているものもあるのだ。

 では幽霊に、理由はあるだろうか。



 よく考えると妹の話からまだ二十四時間も経っていなかった。

 遥はかなり、いやほとんど昔に戻っているように見えた。仲の良い兄妹、そんな見せかけが今日一日は出来たのではないかと思った。

 もしかしたら、このままかつてのように――

 腕で目を覆う。

(なれるわけがないな)

 なにより東海自身がそれを拒むのだから。

 科学者になろうと必死になるのはまったく道化師の滑稽劇だった。

 まだ一日だ。何も進んでいなくて当然で、何も分かっていなくて当然だ。焦るなよ、また何もかもダメにしたいのか。

 だけど、……あと六日もあるのだ。

 不安だった。

 必死に妹を慮ってごまかすしかないのだ。

 兄は妹を、呆れつつも面倒を見る。そんなポーズを延々と取り続けるほかない。

 泣かせるようなことは、しないのだ。もう二度と。

 そう決意する。

 眠りながら東海は、その決意が絶対に破られることがないように祈っていた。

 だが、東海にとっては、そんなことに決意をしなければならない自分が何より不安だった。




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