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一日目 協力者 1

「ふぁ、……ぁああ~うぅ。あれ、兄さん?」

 目を覚まして遥は猫のように柔らかく伸びをした。そして辺りを見回す。

 東海は貸出カウンターから戻ってくるところだった。

「起きたか」

「うん、おはよ。んで、おなかへった」

「ああ、ちょうど昼を食いに行こうとしていたところだ」


「そっ! あたしも一緒に食べに行っくよー、ハルにゃん。いいよね、お兄さま?」

 東海の影からひょっこりと顔を出した人物が言った。

 ツインテールを揺らす、活発そうな少女。デニムのショートパンツに薄いタンクトップ。肩掛けカバンに足はサンダルでいかにも夏という装いだった。


「まあ、構いませんが」

「あーっ! ちり先輩!」

「うん、北見千里(きたみちさと)さんだ。そこでばったり会った。お前の先輩だって聞いたけど」

 千里は遥の陸上部の先輩で東海と同じ三年生だ。東海は知らなかったが、遥繋がりで東海のことを知っていた千里が声を掛けてきたのだ。受験の備えとして図書館まで勉強に来たらしい。遥もここに来ていることを話すと、ぜひにと案内を頼まれた。

「久しぶりだね、会うのは。もしかして引退以来?」

「そうですねー、お久しぶりです。ちり先輩、夏練来てくださいよ~、今年はインターハイ行く三年生もいないし、こう、お叱りの声がないんで物足りないんですよ~」

「ふっふっふ、甘いよハルにゃん。短距離はいつもおのれとの戦いなんだから」

 千里の言葉に遥はびくんと反応する。

 リアクションの意味は、いたく感動した、で間違いない。その証拠に鼻息を荒くして尊敬の眼差しで千里を見ていた。

 しかし、今のフレーズのどこが琴線に触れたのかさっぱり分からない。あるいは言葉ではなく、言う人物が影響しているのかもしれない。


 その後二人は近況から雑談へとトークをシフトさせた。久しぶりに再会した先輩後輩の関係に割って入るのもどうかと思い、その間ずっと東海は口を挟まないでいた。

 遥も空腹だと言っていたことだし、すぐに終わるだろう、とそう思ったのが間違いだった。

 彼女らは長い雑談から、学校のこと、今朝の占いの情報、最近のプチ流行ファッション、千里が飼っているという犬のラビィちゃんと話題を変遷させていった。

 その間に東海は昼をどこで食べるかを検討する。さして時間はかからず、やはりバーガー屋か、総合スーパーのフードコートになるだろうなと結論付ける。

 しかし、二人の話はここから再燃した。千里も遥もひと通り話してようやく収束しかけたそのときに「それで、ハルにゃんも勉強?」という問いを呼び水に遥は東海の現状をぼかして伝え始めた。兄をちらりを伺うことを忘れずに。

「その、兄さんを好きっていう人がいてですね……」

「えぇえええーっ!?」

 劇的な反応を見せて千里が食い付く。遥はそれが恋する幽霊であることを告げた。千里は最初こそ引いたように思われたが、すぐに状況を理解して、そしてまだ話を続けた。コイバナだった。

(あれか、空気か何かか俺は……)

 存在のさり気なさは舞台の中の樹木の役ぐらいにまで高まっていた、と思う。

 不思議だったのは遥が幽霊の話を微妙に避けていたように思われたことだ。占いはオープンでも幽霊はNGなのか。


「ま、そういうわけで、無事カップル成立ってわけよ」

「きゃーっ! 大人の恋ってやつですね! それでそれで――」

「ちょっと待った、二人とも。そろそろご飯食べに行かないか?」

 提案を装って話を打ち切りに掛かる。

 このようにガールズトークは男から見ると非常に長い。そこには数多くの無駄が存在し、同じ事を繰り返しているように見える。適切なタイミングを選び出して制止しないと延々と続きそうな気配がしていた。

「そだね、あー、あたしもお腹減ったわ」

 そんな東海の考えを察してか、千里は流れを変える。

「分かりました。どこ行きます?」

「はーい、提案します! 近くにおしゃれなレストランカフェがあってね、お昼はそこ食べに行こうよ」

「カフェ! かっこいい大人、やったー!」

「……じゃあ俺もそこで」

 昼の宛てが決まったところで一行は千里の案内で図書館を出た。


 =


「レストランカフェ、なんていうから入るのに勇気が要りそうだと思ってたが、……普通だな」

 おしゃれ、なのではあろうが。

 そこは十席ほどしかない小さな店だった。大通りから路地に入って歩きで十分ほどした一角にひっそりと佇んでいる。カフェ・サンマルコ。木目調の内装にランプの淡い明かりが落ち着ける場所を演出していた。

「大人の隠れ家……みたいな? 入りにくすぎない、ほどほどに落ち着いた雰囲気なんじゃないかな。まあ、学生も結構来ているから騒がしさもあるけど」

 マスターに三人と示して奥のテーブル席へ。東海と遥、千里に別れて座った。

「でも素敵です。こういう店とかわたしはあんまり知らないですよね」

「そうなのか、遥? ああ、うちで一番食べるから、外食を控えてるってのは分かるが」

「兄さん……言わなくていいことを……」

 遥は兄を睨んで見るが、それは変顔に属する目つきだった、とは東海も言わないでおく。

「そういえばハルにゃん、すっごい大っきいお弁当持ってきてたもんね」

「もう少し控えてくれれば作るも楽なんだがな」

 夕食は遥と東海の三日交代の当番制だったが、遥が朝に弱いことから弁当は主に東海の担当だった。

 しかし、その話を突かれる前に遥は話を逸らした。

「そ、それよりオススメとかあります?」

「それはもちろん、ふわとろオムライスに決まりでしょう」

「ふわとろ……」

「ふわとろよ? 甘めのチキンライスにすっごい合うの」

「うわぁ、ふあぁ……」

 じゅるりと汚い音。腹ペコ娘はいつだって食欲の塊だ。

「決まりました? じゃあ俺は、このワンプレートのランチセットで」

「わ、わたしは……二品、かな? ……ねえ、兄さん」

 何かを期待するような目だ。それぐらいはさすがに東海でも分かる。

 父からもらっている額は高校生になって東海と同額だったが、これでも女の子だ、色々とかさむ費用があるのだろう。一方で特に趣味もない東海には余裕がある。それに今は千里もいる。

「いいよ、払ってやる」

「やたっ!」

 ただ調査費として『遥、奢り』と書き留めておくことは忘れない。ツケとは言わなかったので基本的に回収する気はないが、これがいずれ何かの弱みに変わるときがくるかもしれない。東海は怠りない男だった。


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