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一日目 文献調査 2

 調べ始めた序盤、手にとったのは科学検証系だった。

 オカルトの分野とはいえ中にはまともに検証をしているものもある。ただし、そういったものの多くは特定の超常能力者の検証に終始しているものがほとんどで、また結末としてそれを否定する立場にある。

 これではそれは偽物であって、本物を見つけられなかったという反論が許されてしまう。

 まあ、反論だとかそんなことを言い出したらきりがないが、東海にとって読みやすい科学検証系には求めるものは少ないことが分かってきた。

 次に手にとったのは、怪談集だ。

 知識として取り込む分には、やはり怪談をまとめたものがもっとも適しているようで、東海もそこそこ熱心に読むことができた。が、途中明らかに作り話と思しきエピソードに出会ったあとは、それが載っていた一冊まるごと信じる気が失せてしまう。まことしやかに語られるなんていかにも嘘臭い。最後のほうはもはや苦痛でしかなかった。

 意外にも役に立ちそうだったのは、某かに遭遇したという体験記だ。こういった超常現象の様々なケースを散文的に紹介しているものは、東海たちも実際に遭遇できる可能性を示している。今後の検証の材料になりそうだった。

 だが、これも一長一短で、場所や年代、季節や時間帯など必要なデータを正確に記していないものがある。この場合、ほとんどが作り話と変わらない。検証以前の問題だった。



 空調の効いた室内に閉じこもってしばらく。

 ざっと流し読みにしているのでかなりの冊数を捌いてきたが、残る資料をちらりと見ただけで漂ってくる鼻がひん曲がりそうな胡散臭さに東海は限界を感じていた。

「これは……」

 手に取る。

 何かもう表紙を見るだけでうんざりする。

 カリカチュアされた恐怖に歪んだ男たちの顔がぎっしりと表紙を埋め尽くしている。インパクトがでかすぎだ。

 渋面を浮かべながらやっとの思いで読み終える。脳が内容を記憶することをためらっている。

 それは一人称形式で、ページのほとんどがピンぼけの写真と会話や悲鳴というもはやフィクションなのではないかというぐらい写実性に欠けた体験記だった。

「はあぁあああ……」

 ぱたりと本を閉じ、深く深くため息を吐いた。

 こうした本を読み解く中で改めて東海は実感していた。

 自分の中にはこういったものを受け入れる素直さがまるっきり欠けている、と。

「あと一冊か」

 そろそろ小休止を入れよう、と時計を見ると昼前だった。それを見てまたため息。こんなところでも自分の悪い癖が出た。


 熱中癖とでもいうのだろうか。東海は一度何かに手をつけると何時間も没頭してしまうことが非常に多かった。それを単に集中力が高いからとすれば聞こえはいいが、実際には集中しているその間は周りが一切見えないという問題があった。

 これは去年の話だが、夏の水泳の授業でクラスで潜水の練習をすることになった。潜水は、浮いてこなくなるという危険もあるので細心の注意を払って、潜り続けるのは水に特に慣れた人だけと定められる。その中に東海も選ばれた。そして、二十五メートルプールを三往復するという水泳部顔負けの記録を打ち立てたのだが、同時に溺れかけたのだ。

 息を継ぐこと、それを酸素を使わない泳ぎに集中するあまりに忘れてしまったという理由である。脳に酸素が行かない潜水は、ただでさえあらゆる判断力を奪う。平時でもそれを見極められない東海は当然のように厳重注意と潜水禁止が言い渡された。

 死にかけたというのに、いまだに直らないこの熱中癖を東海はほとほと疎ましく思っていた。


 だが、それも今回ばかりはきりがいい。あと一冊、さらっと読んで昼飯を摂ろう。

「あれ、そういえば遥はどこに行った?」

 すっかり忘れていた妹を今さらながらに探す。すぐに見つかった……というか同じテーブルを挟んで目の前にいた。一瞬目に付かなかったのはソファの縁に突っ伏して「すぴー」と気持ちよさそうに寝息を立てていたからだ。


「あぁん?」

 そして、見つけなくていいものを見つけてしまった。

 抑えがたい理不尽な怒りが東海の胸に湧き起こる。

 寝ている姿にではない。

 東海も遥が起きて、真面目に調べているとは思っていなかったので、それはいいのだ。むしろ昨日の今日で、しかも部活の疲れが残っているであろう妹が寝ているだけであったなら、毛布の一枚でも掛けてやろうという慈愛すら見せる余裕があった。

 問題は遥が持ってきたらしい本である。東海が知らぬ間に探してきていたようで、机に何冊か積んであった。

 そのタイトル――漫画『ブラックジャック』著・手塚治虫。


「はぁーるぅーかぁあー? はーるかクーン?」

 机にある中で一番装丁が分厚く固く重い本を手にとった。『恐怖! 都会に忍び寄る魔の手大図鑑』。辞典だけあって大きく、凝った本のようで角が凶悪な補強を施されていた。

 音を立てずに立ち上がり、遥の側に回りこむ。

「ふ、ふふ、ふふふふふ」


 さらに状況がよく見えてきた。

『ブラックジャック』の第四巻をだらんと垂れ下げた片手でがっちりホールドしたままなのだ。どうやら三巻までは読んだらしい。

 調査のために図書館に来て堂々と関係のない漫画を探してくる。遥は、あくまで調査は東海がやるべきなんだと全身でもって主張していた。体育会系で絶対に活字を読まないという自負もあるのかもしれない。いずれにせよ見上げた根性というべきだろう。まさに協力する気が皆無だったのだから。

 そんな妹には天誅を下さねばなるまい。

 その一撃をもって朝から徐々に溜まった憤懣やるかたない気持ちも一緒に流そう。邪悪な笑顔を浮かべて東海は決断する。


「うぅん、むにゃ……」

 と、その鈍器を振り上げたとき、遥がぬっと寝返りを打った。机の本が手に引っかかって『ブラックジャック』数巻の小さながけ崩れが起こった。

「む……」

 その一番下にあった本を見て、東海は天誅の執行を取り止める。


『幽霊に出会うための百の方法』


 遥は幸せそうに眠り続けたままだった。

 東海は席に戻り、残り一冊と遥の一冊を読み始めた。どちらも得るものは少なかった。


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