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逃げ場のない鳥籠。


見えぬ退路の中、異形の怪物達が醜悪な顔つきで蹂躙する。


戦闘などに慣れていない村民たちで、膨れ上がった暴力に抗うなど酷である。


見慣れた、いや見飽きたと言える小さな村の風景は、もう跡形もない。


平和とは綱渡りであると、目の前の惨状が物語る。

しかし危機感も、現実味も感じられない。


まるで映画のワンシーンのようにエキストラ達の悲鳴が飛び交う。


『前』の自分と『今』の自分。


流血沙汰など皆無な国で産まれた俺は、魔法もあの化け物も、知らない。


一方、俺は知っている。


小さな村で助け合い支えあった隣人達が目の前で殺されている現状を、悲しみを。


「おい!」


完結しない情報にストップが入る。

後ろから肩を引っ張られ、痛みを感じながら後ろをむく。


「メル爺さんのとこのガキじゃねぇか!なんでこんなとこで立ち尽くしてやがる!爺さんはどうした!」


メル爺ちゃん。


覚えてる、『前』の俺が。


森で捨てられた俺を拾ってくれた優しいお爺ちゃん。血は繋がってなくても、俺の本当の家族だった。


「じ、爺ちゃんは俺を逃がして、、、それで、それで」


死んじゃった。


前兆などなかった。


大きな振動を感じた時には既に『ソレ』はいた。


木の屋根を持ち上げ覗いてきた赤い眼光は、初めて殺意とは何かをありありと伝えてきた。


蛇に睨まれた蛙の如く動けない俺に、爺ちゃんは何かを二言ほど唱えて、俺を逃がした。


振り返った先に見えたのは、爺ちゃんの頭部のない死体だった。


「クソッ、魔法使いの爺さんならもしかしたらと思ったが」


現状を把握することを拒む脳が、悲しみだけを伝えてくる。


「う、うぅわぁぁぁぁぁぁああん」


「おい!男だろ泣くんじゃねぇ!!」


手斧を振り回し、化け物を的確に処理する男に叱責される。


呆然とする俺がまだ死んでいないのは、運良く元冒険者であるこの男の近くに居たからだろう。


片腕を失い流れ着いたこの村で、屯田兵のような役割をしていた彼は焦りこそ見せないが、内心、自身の死を感じ取っていた。


全盛期ならいざ知らず、片腕の無い己一人で、包囲された『怪物種』相手に突破口を開くことすら難しい。


魔法に長けた、あの元同業だと感じた爺さんがいれば或いは、と思ったが。


半壊した建物を背にし、身を潜めるがここがバレるのも時間の問題だと自覚する。



それでいて足手まといが一人。


(向こう側の悲鳴も消えやがったか。そろそろ決めねぇと、待ってるのは袋叩きだ)


地獄とも思える阿鼻叫喚は既に収まりつつあった。


それは事態の収束などではなく、死へのカウントダウン。


ここで大人しくしていても、待っている未来は死のみだろう。


(スキルは使えてあと2回)


程よい筋肉を携え、その様はまるで歴戦の戦士といった見た目。


しかし彼は見た目に反して、役職は『後衛職バッファー』。


自身も戦えないことはないが、他者にバフをしてこそのそのスキルは、自身に与えても劇的な変化は見込めない。


「おいガキ、生きる気がまだあるなら泣いてねぇで話を聞きやがれ」


まだ10歳にも満たないであろう子供に発破をかけるにしても、あまりにもな言い様。


「うぅぅ、ひっく、、ひっく」


周りを彷徨く化け物から努めて声を押し殺すが、慟哭特有の過呼吸が止まらない。


『今』の自分と、『前』の自分。


理解を超えた出来事を、ようやく理解し今命の危機を認識する。


死にたくない。


混ざりあった二つの人格が奇しくも感じた当たり前の本能。


死ぬ気は無いと、男に目線を向ける。


「よし、少しは落ち着いたようだな。もしお前が生き残ってヌーレ王国に行くことがあれば、この手紙をある女性に届けて欲しい」


男が死に際で後悔した一つのこと。


家名を持つある女性への恋文。


綺麗な高嶺の花を追っていた、もう3年は経つだろうか。


片腕を失い、こんな俺を見初めて貰えるわけがないと逃げるように彼女を離れた。


けど、今になって思う。


どうせ後悔するなら、告白ぐらいすれば良かった。


それが死に際で感じた、意外と乙女な男心であった。


「そ、そんなのおじさんが自分で届ければいいじゃん」


口では言わないが、言外に伝える。


まさか、死ぬ気なのかと。


小さい村ではあるが、特に接点がある訳ではなかった。


しかし、この極限状態で産まれた特異な絆は仲間意識と言える。


「バカが、俺はまだピチピチな23歳だ。この手紙は保険だ保険。俺かお前、もし生き残ってたら届けて欲しいってだけのお願いだ。俺が生きてりゃ自分で伝えるっつの。あ、中身は見るなよ恥ずいから」


手紙の内容は教えてくれないが、大事なものだと分かる。


手紙の裏面に書かれている宛名が多分、その女性なのだろう。


「よし、じゃあ覚悟決めろよガキ」


男は既に覚悟を決めたのか、その目には純粋な闘志を孕んでいる。


「今からお前に、俺のスキル『加速支援スピードバフ』を掛ける。俺の合図で注意が向いてない隙を見て真っ直ぐ走れ」


打算は、ある。


(注意を引こうが、あの統率の取れた『ゴブリン』たちはある程度このガキを追うだろうな)


異常事態故、世話になった村民達を見捨て生き残ったが、流石にガキを囮には出来ないと、そんな落ちぶれちゃいないと男は、心の中で悪態をつく。


付近の『ゴブリン』達が追手に頭数をさけば、自身の負担は少なくなる。


そうなれば結果的に自身を救う結果になることもあるだろう。


しかしお互い極薄の可能性。


もしここを振り切れたとしても、街道まではここから距離がある。


あまり楽観視は出来ない。


けれどやるしかない。


「ガキ、名前は?俺の名はハーベスト」


特に意味は無い。


しかし助け合う仲間の名前も知らないんじゃ、カッコもつかない。


「名前、俺の、名前」


『今』と『前』。

何の因果か、名前だけは一緒だった。


「コージ、俺の名前はコージだ」


「そうかコージ、健闘を祈るぜ。『加速支援スピードバフ』」


瞬間、身体に高揚感を感じる共に、ハーベストは走り出し一際大きい怪物に手斧を切りつける。


いきなり現れた乱暴者に、怪物達も多少は驚いているように見える。


しかしそれもつかの間、付近にいた小さい緑の化け物に囲まれる。


「今だ!!行けコージ!!!」


走る。


半壊し、崩れた建物と化け物たちの間を縫うように森に身体を投げる。


気持ちを無碍には出来ない。


渡された手紙をポケットに入れ後ろを振り返らない。


追いつかれた先に見える未来など想像するに容易い。


手入れなどされているわけがない木々に頬を切られ、根に足を取られようが後ろからの下品な息遣いの主を恐れ、走り続ける。


掛けられたバフと呼ばれるものがなければきっと追いつかれていたであろう。


走る


ただ、走る 。


もう自分が何処にいるかなど分からない。


偶に入る森も、こんな深くは入ったことがない。


後ろからの気配を最早感じなくとも恐怖で夢中に走る。


死を感じるほどの息苦しさを感じようやく足を止める。


バフはきっととっくのとうに切れている。


後ろを向き安堵する。


逃げ切ったのだ。


その安心感で足が震える。


死を見て、死を感じて、死から逃れた。


『前』の自分はこんな恐怖から無縁の存在だった。


思考する余地が生まれて、『前』の自分が前世だと理解する。


あんな怪物知らない。


魔法なぞ実在しない。


しかし、魔法は存在していて、『今』の俺は今世を経験し記憶している。


良くも悪くも、あの衝撃的な体験は前世の記憶を取り戻すほどのものだったらしい。


制服を着て、学校に行き勉学に励む。

そんな日常が当たり前の前世の記憶は、18歳のバースデーケーキを食べたところで止まっている。

幸せな記憶だった。


(まずは、隠れられるところを探さないと)


兎にも角にも、もう追っ手が来ないとも限らない。


そして記憶を整合し、あの化け物達が『ゴブリン』であると認識する。


森の中には『ゴブリン』の他に小型のモンスター、俺の知らないモンスターがいる可能性がある。


(だからまずは体力と気力の回復が先)


子鹿のように小刻みに震える足をなんとか気力で歩かせて、辺りを見渡す。


与えられる情報は、鬱蒼とした木々の間から零れる夕暮れを示すオレンジ色の光と、右手に見える岩壁だ。


今の所、気配はしないが四方八方を警戒するなど不可能。


岩肌を伝い、村からできるだけ遠ざかりながら歩く。


すこし歩いた先に、口の空いた洞穴を見つける。


「モンスターが居ないとも限らないよな…」


足も、混乱していた脳も休息を求め、洞窟に入ろうとする欲望が高まる。


しかしこの洞窟の中にモンスター、もしくはモンスターの巣穴だった場合、もう逃げる体力が無い俺は一瞬で餌となるだろう。


息を潜め慎重に洞穴の中を探る。


高さは1メートルもなく、身体を屈ませて中に入る。


夕暮れになり光が差し込みづらくなっていたので気づかなかったが、この洞窟思ったより深くない。


奥行は2メートルもないほど、中に人気ひとけも、何かが住んでいた痕跡もない。


今の俺にとってはオアシス。


森の中を彷徨い、街道の方向も分からなくなってしまったが、この疲れた身体を休める一時しのぎにはなる。


洞窟の中で崩れた胡座をかき、岩肌に背中を預ける。


本当は横になりたいが、不測の事態にできるだけ備えておきたい。


もしここで警戒を解いて、眠ってしまったらもう目を覚ます事が無いかもしれない。


そんな危機感を持ちながら、意識をしっかり保つ。


なんと気なしにポケットを漁る。


今俺が持っているのはこの渡された手紙のみ。


(ハーベストさんって言ってたっけ。庇ってくれて、、無事だといいけど)


今まで親切にしてくれていた、メル爺さんは死に、助けてくれた片腕の男は生死不明で散り散りに。


逃げ切った安心感もつかの間、孤独感に苛まれる。


成熟した精神を持ち合わせておらず、持ち合わせもない。


頼れるのは身一つ。


しかし記憶が正しければ、『今』の僕はまだ9歳。


頼りない。


頼れるものがない。


そして感じる喉の渇き。


時が経てば空腹も感じるだろう。


怖い。


全てが怖い。


モンスターも、


孤独も、


渇きも、


飢餓も、




けど、覚悟を決める。


メル爺ちゃんに、ハーベストさんに救われた命。


足が竦んで何も出来ないじゃ、助けてくれた二人に申し訳が立たない。


それに、手紙を預けられたんだ。


内容は分からないが、渡すまでは死ねない。


己を奮い立たせ、思考を始める。


『今』も『前』も、成人には達していない。


しかし、『前』がなければここまで冷静でいられなかった。


『今』がなければ、生に執着出来なかった。


生き残る。


『今』の俺も、『前』の俺も使って平和を終わらせた理不尽に抗う。












ズズズ。








ズズズ。









臆病な少年に覚悟が灯った時。


世界は、少年を試すかのように『分岐点』を見せた。


評価やブクマは確かな励みになります。

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