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影の猫

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 影の猫。つぶらやくんは、見たことがあるかい?

 猫といえば、飼うものから守り神としてまで、幅広く私たちの暮らしになじんでいる動物のひとつだ。自然の中へ目を向ければ、ライオンをはじめとして素手の人間のスペックを大きく凌駕するものも珍しくない。

 くわえて、神秘的なものもたくさんある。化け猫、月の世界の猫、夢の世界の猫……人の世界やことわりから、大きく外れてしまうかのような姿もちらほらだ。

 その彼らも、ときに驚くほど我々に接近する現象が起きる。宇宙で彗星同士がすれ違うような、世界には紙一重でありながら個としては容易には触れ合えない距離。

 影の猫もまた、そのような邂逅のひとつなのかもしれない。僕もちょっと前に、とうとう出会ったことがあってね。そのときのこと、聞いてみないか?


 あれは日も暮れかけた夕方、踏切待ちをしているときだったな。

 ほら、ここの近くのあかずの踏切、君も知っているっしょ? 一度閉まると、時間帯によっては10分前後待たされる。うまく遠回りしたほうが早いんじゃないか説もあって、よく知る地元民なら避けるかもしれないな。

 でも、このときはそこを突っ切ったほうが都合よくて、遮断機の棒が降りている間、電車たちが横切るのを何本か見送っていたんだ。そうしてまた一本、電車がさっと目の前を過ぎていく。

 だいだい色の車体は、この近辺だと皆無じゃないが、僕自身はなかなかお目にかかったことがない。そしてその車体はこれまでの電車たちに比べて、長いような気がしたんだよ。正確に数えたわけではなかったけれどね。


 そう、待ちぼうけをしているとき。

 ふと、僕のわきを通り抜けていったものがいる。人じゃない、あまりにも背が小さすぎる上に四足歩行。その身体からは尾が生えていた。

 猫だ。真っ黒い猫が、苦も無く遮断機の棒の下をくぐって、中を駆けようとしていく。いまだ電車が通っているにもかかわらずだ。

「待て」と反射的に腕を伸ばしたが、伝わったとは思えない。猫はそのまま足を緩めず、電車の下へ潜り込むや、見えなくなってしまったんだ。すさまじい速さで通り過ぎていく、無数の車輪たちの間へね。

 電車が通り終わり、ほどなくして棒も上がっていく。けれどもそこへ、懸念していたような惨状は広がっていなかったんだ。

 いつも通りの踏切。そこには血痕のひとつもついていなかった。ここは対岸までの長さもあり、猫の足でもいまだ渡り切れるかは怪しいところだ。あの車輪の波を潜り抜けられたとしても、だ。

 疑問は湧いてくるが、もたついているとまた踏切を閉ざされかねない。僕もまた歩き始めたところで、すぐ後ろで待っていた人に声をかけられる。


「これ、落としたものじゃありませんか?」


 なにが? と振り返ってみると、相手の手に握られていたのは、真っ白い一枚のカードだった。

 トランプと同じくらいの大きさだが、裏にも表にも、何も書かれていない。このようなもの、僕自身も持ち歩いていない。違うことを伝えると、相手も首をかしげながらも、こう付け足してくれた。

 カードの右上の隅を、相手が指し示す。そこにはアスファルトのかけららしきものが、こびりついていたんだ。その隅を足元に突き立てるようなかっこうで、カードは刺さっていたのだという。


 結局、猫は見つけることができなかった。

 先ほどよりも、あたりの暗さが若干増している気もする。僕は家への道を急ぐことにしたのだけど、途中で妙なことがあった。

 歩いていると、唐突にかちん、かちんと硬い音が背後から聞こえてくるんだよ。はじめの2回は気にかけなかったが、3回目には足へかすかな熱を感じるとともに、硬いもの同士をこすりあわせたような、独特の摩擦音が続いた。

 振り返ると、先ほど僕が立っていたところにカードが刺さっている。先に踏み切り前で見せてもらったものと同じ。真っ白で、片隅をアスファルトにうずめるかっこうでね。


 先ほどは見せてもらうだけだったから、触るのははじめてだ。

 まず、カードはとても冷たかった。そして、硬かった。工具に取り付ける刃や部品を思わせてね。カードそのもののふちの細さも相まって、こうして地面に刺さるのもおかしくないと思ったよ。

 おそらくは金属製。それがどうして、これほど近くに落ちる? 先ほど足に触れたのは、火花だったのだろうか。

 試しに、来た道を引き返してみて、先の2回の音がした場所もあらためる。やはり、同じような姿でカードが刺さっていったんだ。


 ――狙われている?


 そう思った矢先、また背後で「かちん」ときた。

 振り返ると、4枚目のカードが生えていた。やはり地面に突き刺さりながら、摩擦臭をまき散らしながら、僕のかかと60センチほど離したところにだ。


 そこからは夢中で家へ逃げ帰ったね。

 その間でも、あと3回ほどカードが刺さった気配があったけれど、もう振り返りも立ち止まりもしなかった。

 夢中で玄関の戸を開けて家へ飛び込み、靴を脱ごうとしたのだけど、ふと気が付いた。

 廊下に取り付けられた電球の下、僕には影が存在していなかったんだ。身体にも靴にも、何もかもね。

 思わず顔を上げたとき、あの踏切前で自分を抜き去って先へ行ってしまった猫が、ちょこんと座り込んでいるのを見たよ。

 いや、猫と言っても輪郭だけだ。あのとき、見ることができなかった正面には、顔も何もなかったんだから。

 そいつがまた、僕へ向かってきたと思うと、ふっと消えてしまう。そして見下ろしたときには僕には影ができていたんだよ。


 それから少し調べものをして、僕は影縫いの概念をしる。

 対象の影に、特殊な札などを打ち込むことで動きを封じるという、神秘的なものだ。だが、僕が狙われたものは、尋常じゃない。

 縫い留められるのを避けるため、影の猫はああして先に逃げたのではないだろうか。

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