あの時のちゅー、今のキス。
【※ボーイズラブ注意※】
「ママー、きすってなあにー?」
四歳の息子の質問に、母親は笑って答えた。幼稚園で何か聞いてきたのだろう。
「お口をちゅーってするの。ママとパパがいつもしてるでしょー?」
うんうん、と息子は頷く。
「ママはパパが好きで、パパはママが好きだから、お口にちゅーってするんだよ」
「ちゅー」
口をタコにしている息子に、微笑みながら母親は続けた。
「たっくんのいっちばん好きな人が、たっくんのことをいっちばん好きだったら、ちゅーして良いんだよ」
「いっちばん?」
「そー。いろんな人にしちゃいけないんだからね。わかった?」
「わかった!たっくんいっちばんすきないとにしかちゅーしない!」
右手を高く上げながら飛び跳ねる息子に、母親は良くできました、と言って洗濯物の取り込みを始めた。
翌日の幼稚園にて。
「かーくん、おれかーくんにちゅーしたい!」
「ちゅー?」
突然の友人の発言に、頭上にハテナマークが浮かぶ彼。
「いっちばんすきないとにすうの!かーくんはおれのこといっちばんすきー?」
「いっちばんすきー」
にへら、と笑むかーくんに、たっくんはなんだか今まで感じたことのない気分になった。それをトキメキと知るには幼すぎたのだ。
「じゃあちゅーすうー?」
「いいよー?」
周りには人が居るにも関わらず、二人はタコのように突き出した唇でちゅーをした。それは幼い姿も相まって可愛らしく、ちらりと見た先生は微笑ましく思ったが、二人に恋心を抱いていた女の子達には怒りの対象でしかなかった。
「やー!だめー!!」
この年の女の子というのは若干男の子よりも体格が良く、力も大差ない。むしろ強かったりする。哀れ二人は、引き離されてしまった。
「きすはおとこのいととおんなのいとがすうのー!」
「おとこどーしでしちゃだめー!!」
「だめなの?」
痛みに耐えながら、たっくんは尋ねた。こくりと頷く女の子達。
「みき、たっくんすきだもん、みきときすしよー」
「あいはかーくんすきー」
積極的な女子二人に、男子二人は若干苦手意識を持っていた。
「おれ、かーくんのほうがすきだもん」
「おれも、たっくんのほうがあいちゃんよりすきー」
仲良く手を繋ぎながら言う二人。
子供は正直だ。正直は素晴らしいが、ここで言うのは少し不味かった。
好きな男子に振られ、さらには二人のラブラブっぷりを見せつけられ、みきちゃんとあいちゃんはぷっつんしてしまった。
みきちゃんはかーくんを、あいちゃんはたっくんを、散々罵り殴ると、先生に見つかる前にどこかへ行ってしまった。
女の子に暴力を奮ってはいけない。そう教え込まれていた二人は理不尽な暴力に耐えるしかなく、最後には涙目になりながら、どんなに好きでも男同士でキスしてはいけないことを学んだ。
・・・哀れ。
それから時は流れ。
二人は仲の良い幼馴染のまま成長し、高校生になった。言葉づかいが恥ずかしくて、幼い頃の愛称はとっくに使われなくなっていた。
「なあ、数馬ー」
「んー?」
拓弥は数馬のベッドに寝そべりながら、ベッドに寄りかかって漫画を読んでいる数馬に声をかけた。互いの部屋は、最早自分の部屋も同じだった。
「キス事件覚えてるかあ?」
「・・・あー、幼稚園の?怖かったよなー」
記憶と言う物は、感情が付随すると引き出しやすくなると言う。余程恐怖を感じたのであろう。
・・・可哀想に。
「数馬ー、俺さぁ・・・」
「・・・?なんだよ?」
急に黙る拓弥を振り向くと、真剣な顔をして座りなおしていて。
「俺さぁ、数馬にキス、したい」
今度はハテナマークは浮かばなかった。数馬の顔が、紅潮していく。
「やっぱり、数馬が誰より好きだ。・・・引くよな、ごめん」
なんでそんなに弱気なんだいつもの強気はどうした何で泣きそうなんだ謝るなよだって俺だって―――
頭に浮かんだ言葉は口から出ず、数馬はただ、拓弥の唇に自分のそれを重ねた。