8 硬派な騎士様ルート
「セドリックは、ごめん…だめだわ…」
「そうか。奔放だがいい奴だから、うまくいけばいいと思ったんだが」
「うん、それはそうなんだけど…」
セドリックはあくまで「モデルとしてのレイリーディア」にしか興味がなく、部室内ではべたべたとレイリーディアに触っているものの、部室以外では彼女に触れようとしない。
むしろ絵の話をするために、私に話しかけてくる始末。
「お前に話しかけてくるって?」
「そだよ」
クラウスがむっとする。
なぜ?友人が不審者と仲良くするのが気に入らない?
シスコンなうえに友達まで束縛するのか。
ーーー
セドリックルートが潰えてしまい気落ちしていた私の前に、救世主が現れた。
「レイリーディア嬢、婚約を解消したと聞きました」
「ええ、レオン様」
レオン・フォン・ルーヴェント。
レイリーディアが王太子と婚約する以前の婚約者候補。
シャイで言葉数少なく、だけど誠実な騎士。勉学や剣に向き合う目はいつだって真剣で、だけどレイリーディアを見るときだけほんの少し柔らかくなる。
(レオレイ…!推しカプ…!ありがとう!)
手を出しすぎるのはよくないと思っていても、どうしてもオタクの血が騒いでしまう。
レオンはシャイだから、プレイヤー側が動かないと進展しないしね。
私は付きまとってくるセドリックを振り切って、こっそりとレオンに近づく。
「レオン様」
「ミナ嬢、どうかしたか?」
「レイリーディアをデートに誘ってください。公園でボートに乗るなどいかがでしょう。レオン様がボートを漕いで、その逞しさを存分にレイリーディアに見せつけてください」
「逞しさは見せつけるためにあるのではないのだが」
真面目かよ。
私は何とか笑顔をつくる。
「わかっておりますが、女子は筋肉が好きです。おそらくレイリーディアも」
「…そう…なのか?」
レオンはガチガチになりながらなんとかレイリーディアをデートに誘い、二人は放課後に学園近くの公園へ向かった。
私は「側仕え」という身分を活用して、公式的に二人を見守る。
「ミナも一緒に…」
「ボートは二人乗りだもん。私はボートが苦手だし、ここで待ってるよ」
湖のほとり、二人は手を取り合い、ゆっくりとボートに乗り込む。
レオンがボートを漕ぎ出した。
レイリーディアが水面に映る夕陽を見つめる。
湖にボートは一艘だけ。
つまり湖で二人きり。
まるで映画のワンシーンのように完璧。
「きれいですわね」
「…ああ」
レオン!そこでもう一声!「君のほうがきれいだよ」って!!
言わないか…
しかしそれは織り込み済み。
アリアネルも体験したこのボートデートは、ここから本番なのだ。
「あっ」
ボートが小さく揺れ、レイリーディアがバランスを崩す。
水音。水面に広がる波紋が、夕陽を砕く。
「レイリーディア!」
わかっていたのに、その瞬間、私は心臓が凍る。
ヒロインが湖に落ちて、マッチョ騎士も湖に飛び込んで、彼女を岸まで運んで助けて、二人の距離は縮まる。
乙女ゲームらしい、ベッタベタの展開。
(大丈夫、絶対にレオンが助けてくれるんだから…レイリーディアに命の危険はないんだから…)
レオンがレイリーディアに向かって泳ぐのを眺めながら、いつの間にか、自分の手のひらに爪が食い込んでいる。
私はレオンとレイリーディアに向かって走り出した。
「レイリーディア!レオン!」
レオンと協力して、レイリーディアを湖から引っ張り上げる。
びしょぬれになって震えている推し。高揚は消え去って、代わりに「本当に大丈夫か」という不安が支配する。
(私のせいだ…わかっててここに来させた…)
「レイリーディア…!レイリーディア…ごめんね…ごめん…」
「どうしてミナが謝るの?」
「私のせいだから…」
「そんなわけないわ」
レイリーディアは息を整えながら、レオンに感謝の言葉を伝える。
「レオン様、ありがとうございました」
「礼を言われるようなことではない。レイリーディア嬢のためなら、俺は…命を懸けたってかまわないんだ」
あまりに誠実で、まぶしい。
「俺を、君の…君だけの騎士にしてくれないか」
「レオン様、それは…一生続く誓いですわ。軽々しく口に出すものではございません」
「軽い気持ちじゃない。俺はずっと、レイリーディア嬢のことを守るのが俺の使命だと思って生きてきた。婚約者候補じゃなくなっても、レイリーディア嬢が王妃になるのなら、その騎士として生きるつもりで生きてきたんだ」
レオン史上、一番喋っている。
レオンはレイリーディアの手にキスをする。
「レイリーディア嬢が湖に落ちて沈んでいくのを見たとき、本当に怖かった。君を失いたくない…」
レイリーディアはすっと手を引いた。
「ごめんなさい」
イベントはちゃんと起きて告白されたのに、カップルにならない…だとっ!?
ーーー
気まずい雰囲気のまま、濡れたままのレイリーディアを馬車に乗せ、公園をあとにする。
「レイリーディア、私のこと殴ってくれない?」
レイリーディアは小さく眉をひそめた。
「どうして?」
「私はあなたが落ちると知ってて、あそこに連れて行ったの。あそこはあなたが人生を繰り返している間、アリアネルがレオンとデートして湖に落ちてた場所なの」
私の身体が震え出す。
なんてことをしてしまったんだろう。
もしかしたら、アリアネルだから助かっていたのかもしれない。
だとしたら、ちょっとした運命のかけ違いで、レイリーディアは助からなかったかもしれない。
(怖かった…)
「だから殴って。素手が無理なら鞭で打って」
レイリーディアはそっと首を振った。
「なぜ私をあそこに連れて行ったの?」
「レオンとの仲を深めてほしくて…レオンが絶対に助けてくれるって思ってたから…」
「そう思っていたのら、謝る必要はないんじゃなくて?私に危害を加えようとしたわけではないのでしょう?」
「だめ!だって実際…レイリーディアは怖い思いをして…」
涙があふれてくる。
罰してもらえないことがこんなに辛いなんて知らなかった。
「ごめん…ごめんなさい…」
レイリーディアはふっと笑みを浮かべる。
「私ね、嬉しいのよ」
「…?」
「私のことで、こんなに泣いてくれるお友達がいることが。あなたのおかげで、大切なことにも気付いたの」
「大切なこと?」
「私の夢は、誰かに幸せにしてもらうことじゃないわ」
夕日に照らされる推しの顔は、女神のように神々しくて、今までに見たことがないくらいに強かった。




