3 悪役令嬢が幸せになるまで終われません!
公爵家に滞在するようになってから、貴族学園の新学期が始まるまで、私はクラウスからしごきにしごかれた。
歩き方、座り方、食べ方、飲み方。
彼曰く、私の勉強のほうは問題ない。ただ私の動きは「田舎貴族という言葉では誤魔化せないくらい、貴族離れしている」らしい。
そりゃ、先祖代々由緒正しい地方都市の庶民ですもん。
「レイの爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ」
「ええ、飲ませていただけるのなら喜んで」
「口だけは減らないな」
「おかげさまで」
ダンスも貴族学園の必修科目だそうで、クラウスが自ら相手になって教えてくれる。
「ねえ、あんた暇なの?」
「そんなわけあるか、私は公爵だぞ!」
「じゃあなんで私につきっきりなのよ」
「お前が学園で粗相したら、恥をかくのは私だ。公爵家で預かる令嬢ということになっているからな。それにレイに何かしないか、監視の意味もある」
「とか言って、隙を見て秘密をバラされないか心配なのね」
「黙れ!」
クラウスは口うるさくて嫌になるけど、レイリーディアが私たち二人の様子を見て嬉しそうにクスクス笑っているのが尊いから、よしとする。
(そう言えば…)
レイリーディアは「新学期が憂鬱」と言っていた。
今はまだヒロインが編入してくることも明らかになっていない。
才色兼備で文武両道で友人も多いレイリーディアが、新学期を憂鬱に思う要素が見当たらない。
(クラス替えが不安とか?いや違うな。レイリーディアや王太子や他の攻略対象がいる特進クラスは、三年間同じメンバーだし。どうでもいいことからもしれないないけど、なんか引っ掛かる)
心配になってレイリーディアを見ると、さっきまで笑っていた唇の端から、表情がゆっくりとはがれ落ちた。
まるで、誰かが舞台の照明を消したみたいに。
(え…なに…)
「おい、止まるな」
クラウスが私の視線を追って、同じように動きを止めた。
「…レイのあんな顔は初めてだ」
そのとき私は思い出した。
やっとの思いで進んだ、ボーナスステージのキャッチコピーを。
《悪役令嬢が幸せになるまで終われません!》
終われない…つまり…
「もしかして、繰り返してるの…?」
だから憂鬱なんじゃないか。
いつまで経っても終われないから。
何度も繰り返して、これから起きることを知っているから。
私はすっとクラウスから離れる。
「レイリーディア様」
レイリーディアは即座に顔に柔らかい笑みを浮かべた。
私は泣きそうになる。
ああ、この子は…いつでもこうやって。
完璧な笑顔を浮かべて、自分の気持ちを覆い隠して生きてるんだ。
ライブ配信で「自分に合わないコンセプトだと思っても、一生懸命やります。バラエティも負担だけど、笑顔でいるようにしています。だってファンの皆さんが喜んでくれるから。でも時々…少し疲れちゃいます」と本音を教えてくれたアイドルのユナ。
「疲れないで。どんなあなたでも好きだから、やりたいことをやって」と、何とか韓国語で書き込んだっけ。
コメント数が多すぎて、すぐに流されていったけれど。
公爵令嬢も、いつでもどこでも公爵令嬢らしく振る舞う必要があるのだから、疲れるなんてものではないだろう。
それでも与えられた役割を全うするために、必死で仮面をかぶって生きている。
それが幸せなんだろうか。
私は彼女の前に膝をついた。
「無理して笑わないで」
レイリーディアは目を見開いた。
彼女が幸せになれずに、人生を繰り返しているのだとしたら。
「レイリーディア様は…これから何が起こるか、知っているんですか」
レイリーディアは困ったように私を見て、それからクラウスを見た。
「レイ…正直に話してくれ」
レイリーディアは「知っています」と答えた。
「人生を繰り返しているんですか」
レイリーディアは大きな目をさらに大きく見開いた。
「…ええ、何度も」
彼女の声は美しいのに、ひどく疲れていた。
「…三年生の一年間を過ごして、卒業式の日に死ぬのです。そして気づいたら、また三年生になる春に戻っているのです」
彼女の手が震え始める。
「荒唐無稽なことで…あまりにおかしな話だから、誰にも言えなくて…」
「レイリーディア様、大丈夫です、私が…」
そう言いかけたとき、クラウスがパッと割り込んだ。
完璧な姿勢で、レイリーディアの手を取る。
「レイ、大丈夫だ。この兄が何とかするから」
なんて美麗な兄妹スチル。
じゃなくて!
私はクラウスを突き飛ばす。
「すっこんでてよ!むしろあんたがレイリーディアの断罪をアシストしちゃってんのよ…!」
「どういう意味だっ!」
私はクラウスに「これから起こること」について説明する。
光魔法を覚醒させた平民女子アリアネルが、王太子の心を奪うこと。
王太子はレイリーディアを冷遇し、レイリーディアの周りから人がいなくなること。
事情を知ったクラウスが激怒してアリアネルを貶めようとするも証拠を掴まれ、レイリーディアが卒業式の日にクラウスの罪までも被って断罪されてしまうこと。
私の話を信じようとしなかったクラウスも、レイリーディアが私の話を頷きながらすべてを肯定するので、ようやく諦めた。
「そんなことが…」
レイリーディアは頷いた。
「私になりに、いろいろ工夫してはみたのです。アリアネル様と仲良くなろうとしてみたり、王太子殿下のお邪魔をしないように身を引いてみたり…工夫が功を奏したのか、卒業式の日に断罪されないこともありました」
「え、そうなの?」
「ええ。けれど断罪されないにしても、卒業式の帰りに馬車が襲われたり、校舎の壁が崩れたりして死んで…結局目覚めると三年生が始まる前に戻っているのです」
ゲームだったら何回でもやり直しできないと困るけど、生きてる人間からしたら何度も何度も同じ人生を繰り返して、それでも幸せになれないのは地獄に等しい。
彼女の目から、涙がこぼれる。
その瞬間、時が止まったように感じた。
私は思わず彼女を抱きしめた。
泣き止んでほしくて。
大丈夫だよって。
あなたを幸せにするために、私が来たんだよって。
そう言ってあげたくて。
「レイリーディア様、私が幸せにしてみせます」
「ミナが?」
「ええ」
レイリーディアは半信半疑という目で私を見つめる。
「だって、私がここに来たのは、何回も繰り返すループの中で初めてじゃないですか?だったら、きっと何か変わるはずです。変えるために私がここに来たはずなんです!」
レイリーディアはふっと微笑んだ。
「そうかも…しれませんね」
守りたい、この笑顔。
「…私、頑張りますから」




