11 運命の再来
「出て行く…だと?」
「うん」
「なぜだ」
どうしてそんなことを聞くんだろう。
「だって、当然でしょ。レイリーディアは学園を退学して卒業式には出ないんだから、死ぬこともない。しかも歌手として立派に成功して幸せに暮らしてるから、もうループすることもないはず。だったら、もう私がここでやることはないじゃん」
机の上の書類が一枚、風に舞って床に落ちた。
クラウスの拳がぎゅっと握られている。
「ここを出てどうする。あてはあるのか」
「うん。セドリックが経営している絵画教室があって、新しい教室をつくるのに講師が足りないんだって。給料もひとりで暮らしていくには十分みたいだから、そこで働かせてもらうつもり」
クラウスの眉がぴくりと動く。
「セドリック…だと?」
「そう。彼、意外と優秀な経営者なんだよ。将来的には私がフランチャイズオーナーになってもいいかもって相談してて…」
クラウスの目が細まる。
「お前、セドリックと…これからの人生をともに生きていくつもりか」
「人生でお世話になるのは確かだけど、そんな大げさなものじゃなくて、ただ経営者と従業員ってことだよ。いい条件だしさ…」
「甘い!」とクラウスが叫ぶ。
「経営者と従業員から、それ以上の関係に発展することもあるだろう!」
なに?なんでそんなに怒ってんの?
そんなにセドリックが心配?セドリックに不審者が近づくのが、そんなに嫌なの?
一緒にレイリーディアの幸せのために奔走してきて、ちょっとは仲良くなれたと思ったのに…
「そりゃ可能性はゼロじゃないかもしれないけど、クラウスに関係ある!?いくら友達が心配だからって、恋愛にまで口を挟むのはどうなの!?」
「私が心配しているのはセドリックではなくっ…!」
言い合っていると、廊下の向こうから慌ただしい足音が響いた。使用人が駆け込んでくる。
「閣下!お嬢様が…レイリーディア様が倒れられました!」
空気が一瞬で凍りついた。
「…なんだと?」
「なんですって?」
クラウスが走り出す。私も、思考が追いつかないまま後を追った。
馬車で公爵邸に戻ってきたレイリーディアは、顔色が紙のように白かった。
寝台の上で薄く目を開け、かすかに笑う。
「ただいま…」
クラウスが駆け寄る。
「なんで…」
医師がすぐに診察を始め、沈黙が落ちた。長い、長い沈黙だった。
やがて、医師が深く頭を下げる。
「残念ですが、お嬢様のお身体は…もう長くはもちません。長くて一ヶ月ほどかと」
クラウスが息を呑む音がした。
「そんな…そんなはずは…!」
私は震える手で、レイリーディアの手を握った。氷みたいに冷たい。
それが医師の言葉を裏付けているようで、私はゾッとした。
少しでも彼女の手を温めたくて、両手で握る。
「先生、何か…何かできないんですか?」
「苦しみを和らげる薬を差し上げるくらいしか」
なんで…どうして…
あんなに幸せだったのに、どうして神様はこんなにひどいことをするの?
レイリーディアは「そんな顔をしないで」と弱々しく笑った。
「一カ月後はちょうど貴族学園の卒業式…その日に死ぬ運命は、変えられないのかもしれないわね」
「そんなこと言わないで!」
レイリーディアは首を振った。
「いいのよ、ミナ。私、悔いはないの」
静かな寝室に、レイリーディアの声と、私とクラウスが息を整えようとする音だけが響く。
「何回も何回もこの一年を繰り返しても、幸せにはなれなかった。いつも誰かに…王太子殿下やお兄様に、幸せにしてもらうことを考えてたから。甘えていたのね」
クラウスが俯く。肩が震えている。
「だけど今回は本当に幸せだったの。自分の声で自分の人生を生きられたことが、本当に幸せだったの」
舞台から見る客席。
たくさんの人が自分だけを見てくれる。
歓声と拍手が、自分を照らす光になって降り注ぐ。
それがどれほど美しいか。
「本物の幸福を、舞台で初めて知ったわ」
聞きたいけど、最後になるなら聞きたくない。
「嫌だよ、レイリーディア…」
「諦めるな、レイリーディア。頼む」
レイリーディアは微笑んだ。
弱く、でも本当に幸せそうに。
やりきったという笑顔で。
「寂しいけど、二人に見守られながら逝くなら、悪くないわ」
その声が、まるで春を告げる風のように、静かに部屋に溶けていった。
私とクラウスはレイリーディアが寝息を立てるのを見届け、廊下に出てそっとドアを閉めた。
言いたいことは山ほどあるのに、言葉にならない。
医師でも手の施しようがない病。
(どうしたら…どうしたらいい?何もできないままレイリーディアを見送るなんて嫌だよ)
私の心に、何かがコツンとあたった。
「アリアネルだ…」




