File.002
「……ん……」
うっすらと目を開けると、最初に飛び込んできたのは、ひび割れた天井の照明だった。チカチカと頼りなく点滅を繰り返していて、まるでホラー映画のワンシーンみたいだ。全身が軋むように痛くて、特に頭と、さっき無茶した右腕がズキズキと脈打ってる。
「……あ、れ……? あたし……生きて、る……?」
ゆっくりと上半身を起こそうとして、激痛に顔をしかめた。そこら中がめちゃくちゃだ。ひしゃげた金属の破片、焦げ臭い匂い、そして足元には……なんだこれ、シオリ姉の非常食用の乾燥ミミズ!? うげぇ、やっぱりマズそう。
「シオリ姉! トコトコ! どこー!?」
声を張り上げたつもりだったけど、掠れた音しか出てこない。喉もカラカラだ。
見渡すと、そこは見るも無残なアルカディア・ノヴァのブリッジだった。いや、ブリッジだった「何か」だ。壁は大きく裂けて、そこから赤黒い霧が遠慮なく吹き込んできてる。あたしたち、本当に墜落しちゃったんだ。
「ハル! 無事なの!?」
不意に、ガレキの山が動いたかと思うと、埃まみれのシオリ姉が顔を出した。額から血を流してるけど、その目はいつもの冷静さを失ってない。……いや、ちょっと潤んでる? 気のせいかな。
「シオリ姉こそ! 怪我は? 痛いとこない?」
「私は問題ない。それよりあなた、頭を打ったんじゃ……さっきから乾燥ミミズを凝視してるけど」
「だって、こんな状況でも食欲をそそらないビジュアルがすごいなって……」
「今はそんなことどうでもいい! トコトコは!?」
そうだ、トコトコ! あのおしゃべりAIドローンはどこだ? まさか、あたしが無理やり組み込んだオーパーツ・コアごとバラバラに……。
『……起動シーケンス、再実行……。マスター・ハル、およびシオリ主任のバイタルサインを確認。損傷レベル、軽微。……まあ、見た目はボロボロですが』
計器盤の影から、ひょっこりと小さなレンズが覗いた。トコトコだ! いつもの丸っこいボディは傷だらけで、片方の浮遊ユニットが明後日の方向を向いちゃってるけど、ちゃんと生きてる!
「トコトコ! よかったぁ~!」
「よくありません。私のボディの損傷率は推定48%。マスターの無茶な命令でシステムに致命的なエラーが発生しかけました。あと、さっきの衝撃で保存していた旧世界のアイドルソングデータの一部が破損した可能性があります。これは由々しき事態です」
「あんたのアイドルの趣味は今はどうでもいいの! ここ、どこなの!? あのデカブツは!?」
シオリ姉が、裂けた壁の隙間から鋭い視線で外を警戒しながら尋ねる。トコトコは小さなレンズをくるりと回して、答えた。
『現在位置、旧奥多摩山中、標高約700メートル地点の森林地帯と推定。周囲の赤霧濃度、レベル3。……そして、例の大型敵性存在ですが……』
トコトコが一瞬、言葉を区切った。その機械的な音声に、ほんの少しだけ、ためらいのようなものが混じった気がした。
『……現在、約500メートル前方にて活動停止中。ただし、そのエネルギー反応は依然として……極めて強大です』