初めての夜
層一と雪が上川町の自宅に戻って、退院の挨拶を済ませて、新居となる離れに入ると、雪のものは運び込まれていて、箪笥や机やベッドなどの家具が整然と置かれていて、雪の使うパソコンも、机の上に置かれていて、化粧道具や衣類はクローゼットに収納されていた。層一の机や部屋にあった箪笥、机が並べられていて、ベッドは雪のベッドの隣に並べられていた。
「ここが、うちらの新しい暮らしの場所になるんだねぇ。ん〜、なんか照れるべさ〜」
「なんかさ、最初に会ったときみたいな気持ちになるべ」
キッチンは壁で隔てられた向かいにあり、
調理器具も、層一や雪の家から、持ってきたものを流用しているので、当面の料理には事欠かなくなっている。
「そうちゃん、役場に婚姻届、出しに行こか〜」
「あぁ、そうだな。行こか」
そうして、歩いて数分のところにある、役場に婚姻届を出しに行った。
「ご結婚、おめでとうございます」
(※ここは役場職員のセリフのため標準語のままでよいかと思います)
そう言って役場の職員は書類を受け取り、はれて層一と雪は結ばれた。歩いて帰宅し、昼食を済ませて、買い出しに出かける。食料品やその他必要なものを購入して、早速料理を開始。今夜はさけのちゃんちゃん焼き。層一が大好きな雪の料理であった。
「ねぇ、そうちゃん。これから私はアスリートの奥さんになるわけだけどさ、しっかり支えていけるように、スポーツ栄養学、勉強しようと思ってんの。それでね、店の仕事しながら勉強するから、そうちゃんもちょっと手伝ってくれんかい?」
「雪が勉強したいって言うなら、オレもアスリートの立場から、アドバイスするっしょ」
「ありがと〜」
そんな話をしているうちにちゃんちゃん焼きが出来上がり、2人で食事。雪の作るちゃんちゃん焼きは、格別であった。
「そうちゃん、どう?うまいかい?」
「雪、ほんとありがとな。めっちゃうまいわ〜」
「そっか〜、よかった〜。いっぱい作ったから、たっぷり食べてけや〜」
「うん、いただきます〜」
食事を済ませて、片付けが終わり、風呂を沸かす。やがて風呂が沸いたチャイムがなる。
「さて、風呂入るか〜」
「そうちゃん、私も一緒に入っていいべか…?」
(恥ずかしそうにもじもじしながら)
「あぁ、いっしょに入ろう」
層一も雪も、お互いの裸を見るのは、初めてであった。ドキドキしながらの入浴。雪から見れば、層一は背が高く、前は筋肉質な体つきであったが、闘病生活ですっかり体が痩せ細って、腕周りや大腿骨が細くなっていた。
「そうちゃん…こっち向いて」
(層一が顔を向けると、雪がそっと唇を重ねてくる)
「そうちゃんに…抱いてほしいんだわ…」
層一は雪の体を優しく抱きしめる。
そして、ベッドに入り、何度も何度もお互いの体を求め、一つになる。二人の熱い鼓動や息遣いが聞こえる。そして、気がついたら、布団に裸でくるまりながら、眠りについていた。
雪が先に目覚めては
「そうちゃん…。うちのこと、好きになってくれてありがとね。うちと一緒に歩んでいくって決めてくれて、ほんとにありがと」
層一も目が覚めて、
「雪…おはよう」
「そうちゃん、おはよ〜。ゆっくり寝られたかい?」
「うん。頭の痛みもだいぶ取れて、スッキリしたわ」
「それはよかった〜。昨日さ、お互いのこと求め合って、一つになれたとき…なんか感動したわ。これがさ、愛する者同士がすることなんだなぁって」
「雪の体、あったけぇし、やわらかくてさ…すっごく良かったわ〜。あ、そうだ。今日から体力の回復も兼ねてさ、雪んちの畑の手伝いでもしようかと思ってたんだけど。なんかできること、あるべか?」
「そだねぇ〜。秋じゃがはまだ早いしさ、玉ねぎもまだもうちょっと先だわ。ちょっとお父さんに聞いてみるかね」
そう言って、雪はスマホを取り出して、康夫に電話をかける。
「お父さん?そうちゃんがさ、体力つけるのに畑の手伝いしたいって言ってるんだけど、なんか頼めることってあるべか?」
「そうちゃんが?体は大丈夫なのかい?」
「うん、復帰に向けて体力つけたいって話してたし、そうちゃん自身が一番自分の体のこと、分かってるっしょ。だから大丈夫だと思うよ」
「そっかぁ〜。んじゃあさ、今草が結構生えてるから、それ抜いてもらえたら助かるべさ。手が回らんくてさ」
「わかったわ〜。んじゃ今から二人で向かうね」
「気ぃつけてこいや〜」
雪と康夫のやり取りを聞いていた層一は、すでに農作業用の作業着を着て、手袋も用意して、準備は整っていた。
「じゃあ、一緒に行こか。夫婦の最初の共同作業だべ〜」
「んだね、行くべ行くべ!」
そう言いながら、車に乗り込んで、雪農園と名付けられた、広大な敷地のある畑に到着。
「お義父さん、来ましたよ〜」
「おお、そうちゃん、いらっしゃい。今さ、人手が足りんくてほんと助かるわ。でも、あんまり無理はすんなよ?」
「わかってます。適度に休憩とりながらやりますんで」
そう言って、草刈鎌を使って畦や畝に生えている草を抜いていく。根がかなり深いところまではっているので、なかなかに力のいる作業ではある。二人で畝を挟んで向かい合う。時折雪と目が合う。気恥ずかしいような、照れるような。そんな感じがする。一畝当たり30分くらいかけて、雑草を抜いていく。時折バッタやカエルが飛び交い、畑の上をトンビが舞いながら、何か獲物を狙っている。そこへ、日本代表の深井監督から連絡が入る。
「層一、退院おめでとう。ほんとによかったなぁ。お前がよう頑張った証だわ。ほんとにおめでとう。それと、お父さんから聞いたけど、雪さんと入籍したんだってな。そっちもおめでとう。でさ、実は私も今、北海道に来てるんだわ。んでさ、去年の代表メンバーで集まって、ささやかだけどお祝い会やろうかと思っててさ。体調どうだ?いつ頃なら時間とれそう?」
「そうですねぇ、今のところ体力戻すのが中心なので、時間はわりと取れますけど、雪の予定もあるので、ちょっと代わりましょうか?」
「うん、雪さんに代わってもらってもいいかい?」
「雪、深井監督からだわ」
「えっ、監督さんから!?」
「うん、雪に話あるって」
「はいもしもし、代わりました。上川雪です」
「雪さん?あぁどうも。あのね、層一の退院祝いと、あとお二人の入籍のお祝いでね、去年の代表メンバーで集まって、ちょっとお祝い会やりたいなと思ってるの。で、雪さんのご都合も聞きたくてね」
「そうですねぇ、昼間はお店の手伝いやら畑のことやらで動いてるから、お店閉まったあとなら大丈夫だと思うんですけど…。あの、場所はどこでやる予定ですか?」
「できれば、雪さんのお店でお願いしたいなと思ってるのよ。ほら、場所的にも集まりやすいし、みんなも気軽に行けるかなって」
「わかりました。それじゃあ、父と母にも都合聞いてみますね」
一緒に戦ったメンバーも参加してくれるという。オリンピックの代表メンバーが決まるのは12月。それまでに層一としても試合に出て、結果を出し続けなければという思いもあるが、苦楽を共にしたメンバーと会えるのは、やはりうれしい。ずっと一緒に世界を転戦しながら戦ってきた仲間。気心も知れていて、安心できる。そんなことを感じ乍ら畑仕事に精を出して、康夫が
「ここいらで、ちょっと休憩しよか〜」
そう言って、美味しいお茶を淹れてくれた。おやつには店で買ったお菓子。やがて、10時になって、康夫は店の準備のために戻っていった。朝の時間帯は、愛がバイトの皆とで店を切り盛りするのであるが、札幌と網走方面からの特急オホーツクがつくころになると、一番店が込み合う時間帯になるので、それに合わせて、康夫も帰って、厨房に入るのである。やはり自動車に利用客が流れているとはいえ、札幌や網走からやってくる特急の利用は多い。しかし、その上川町を走る石北本線も、維持が困難な先駆としてリストアップされており、厳しい経営が続いている。
康夫が帰った後、二人で引き続き草抜きを手伝って、お昼時を迎えた。
「そうちゃん、お昼にすっぺか〜」
「んだな〜。ひっさびさに体つこたから、腹減ったわ〜」
「そっか〜、んじゃあ一回うち帰って、なんか作るべか?」
「ん〜、雪の特製ラーメン、食いたいな〜」
「じゃあ、スーパー寄って麺買ってくっか〜」
「賛成〜!」
そうして、道具をひとまず片付けて、地元のスーパーに行って、麺を買って、他に畑で採れた野菜を少し持ち帰って、今朝生んだばかりの卵を入れて、チャーシューなども入れて、熱々のラーメンが出来た。旭川が近いということもあって、旭川ラーメンをアレンジした、雪オリジナルのラーメン。おいしく食べて、しばらくの間休んで、草抜きの続きをして、家に帰る。
「そうちゃん、お疲れさん。足、筋肉痛なってねぇべか?」
「いやいや、そったらでもねぇよ〜。ひっさびさに太陽の下で体動かして、ほんと気持ちよかったわ」
「そっか〜、よかったわ。んじゃ、晩ごはん作るべさ。そうちゃん、先にお風呂入るかい?」
「ん〜いや、晩飯づくり手伝うべさ。んで、雪と一緒に風呂入りてぇな〜」
「わかった〜。じゃあ、先に晩ごはん食べてから一緒に入ろうや」
そうして、層一と雪の初夜から二日目は過ぎていった。やがて、10月に入り、層一と雪の入籍祝いと、退院祝いを兼ねたパーティーの日がやってきた。